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タマと赤いきつね  作者: 紫藤しと


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12/12

12.道行(みちゆき)

 それは私にとって突然の出来事でした。夜明け前、薄明かりの中朝食を作っていると、いきなり玄関の戸が激しく叩かれたのです。

 私はどうしていいかわからず固まっていると、奥から険しい顔をした姐さまが出て来て言いました。

「あんたはそこを動くんじゃないよ。」

 私が無言で頷いたのを見て、姐さまは一人玄関へと出ていきました。

「どうしたっていうんですか、こんな朝早くに。」

「妻君か。竹田大吾殿はおられるか。」

「おりますがまだ寝てるんじゃないですかねぇ。なんせまだ早いですから。」

「直ちに出て来られたし。これはお上からの命である。」

「あらあらそんなことを大きな声で。後生ですからもう少し声を押さえてはもらえませんかねぇ。」

「問答無用。竹田氏さえ出てくれば済むこと。隠し立てすれば容赦ないぞ。」

「隠すほど立派な亭主じゃありませんよぅ。」

 いつもと違う姐さまの声に、私は震えが止まりませんでした。なにか、よくないことが起こっているようです。先生は、あの人達に連れて行かれてしまうのでしょうか。

 その時二階から足音が聞こえ、外套を着た先生が現れました。

「先生、行っちゃダメです。外に変な人達が。」

「わかってる。タマは何も心配しなくていいんだよ。」 

「でも…」

「いいんだ。」

 先生はニコリと笑うと私の頭を撫で、それから振り返ることなく玄関へ出て行かれました。

「お待たせしました。」

「貴君が竹田大吾か。」

「いかにも。」

「うむ。ではついて参れ。」

「はい。…あぁキツネ、玄関の電球が切れてるから替えておいてくれ。」

「承知しました。旦那様。」

 そうして先生が離れていく気配がしました。私は耐えきれずそっと玄関の戸を開けました。黒い服の男の人二人に挟まれて歩いていく先生の背が見えました。思わず追いかけそうになりましたが、姐さまに腕を捕まれ無言で玄関に押し込められました。

「どうして…」

「動くなって言ったろ。」

「どうして、電球の話なんかしたんですか?この家の電球なんか先生の部屋以外全部切れてるのに。」

「あたしは電気なんか嫌いだからね。」

「どうして旦那様なんて言ったんですか?承知しましたなんて、そんなの」

「タマ!」

 姐さまはしゃがむと私の両肩を掴んで言いました。

「タマ、まずは朝ごはんを食べるよ。その後この家を出る。説明は全部後だ。」

 私はただ姐さまの顔を見つめることしかできませんでした。姐さまは黙って頷くと台所の方へ行かれました。朝ごはんの続きを作ってくれるようです。先生と姐さまと私の為に作っていた三人分のごはん。

 心の片隅が真っ暗になりました。大事にしていた何かが唐突に黒く塗り潰され、もうどんなに目を凝らしても見えません。

 それから全ての音が遠くになりました。ただ急かされるままに食事をたらふく食べ、言われるがままに厚着をしました。

「もうここへは戻らないのですか?」

 姐さまが頷くのを見て、先生から貰ったリボンを胸元へ押し込みました。ポンチョを被り洗っていない食器を横目で眺め下駄を履きました。

「あぁ靴も買っておけぱよかったねぇ。」

 外に出ると雪がちらついていました。ですがポンチョのお陰であまり寒くありませんでした。姐さまは今日の為にポンチョを選んだのかもしれないなと思いました。

 ただ黙って道を歩きました。私は少し前を歩く姐さまの足ばかり見ていました。歩いて歩いて歩いて。日が斜めになった頃、姐さまは一軒の宿屋の前で立ち止まりました。

 姐さまがいてもより愛想よく店主と話すのをぼんやり眺め、勧められるがまま足の泥を落としました。小さな部屋に入ると、姐さまは荷物からおにぎりをだしてくれました。きっと、先生が食べるはずだった、米です。私はそれを泣きながら食べ、泣きながら眠りました。

 目が覚めると外には一面雪が積もっていました。宿の人は温かい朝食をだしてくれました。姐さまは私を娘だということにしているようでした。暴力亭主の元から逃げ出して母子で郷里に帰るのだと…そういえば姐さまをついぞ母さまと呼ぶことはなかったなと思いました。今となってはどうでもいいことですけど。

 宿の人は途中で食べろとおにぎりを沢山持たしてくれました。昨日びしょびしょだった足袋が乾いているのもきっとこの人達のお陰に違いありません。私は小さな声でお礼を言いましたが、きっと聞こえやしなかったでしょう。あぁなんて、私は悪い子なのでしょう。

 幸いなことにこの日はよく晴れていましたので、雪がそれ以上積もることはありませんでした。ですが姐さまは山を登り始めたので、また足元は泥だらけになりました。人の気配もなくなり、ただ二人分の足音と私が息をする音だけが聞こえました。苦しくて苦しくて倒れそうになった頃、急に木々が開けました。どうやら崖の上のようです。見下ろした景色はとても綺麗で、遠くに人が豆粒みたいに見えました。

 私は姐さまに差し出された水を飲み、久方ぶりに口を開きました。

「何処へ、行くのですか?」

「神様の所だよ。」





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