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調和な質問と、扉越しの孤独



 

1. 姫の質問とアリアの動揺

リリアンヌ姫が数理要塞フォルティス・マティカを訪れる頻度は、さらに高まっていた。彼女の目的は相変わらずアリアの錬金術の教授だったが、その裏には、前回自分を庇ったアリアへの複雑な感情と、婚約者シエルへの不満があった。

 

いつものようにポーションの調合に関する講義が終わった後のこと。姫は珍しく、優雅な茶菓子に手をつけながら、唐突にアリアに尋ねた。

 

「ねえ、アリア。貴方、あの完璧な執事をどう思っているの?」

 

アリアは思わず息をのんだ。姫がシエルについて尋ねてくるのは初めてだった。

 

「どう、とは…シエルは、この要塞にとって、そして私にとって、完璧な補佐役です」

 

アリアは**「執事」**という言葉で、自分の感情を覆い隠そうとした。

 

「そんな数理的な回答は求めてないわ!もっと感情的な答えよ。貴方はなぜ、あの感情のない機械のような男に、そこまで信頼を置くの?彼はいつも完璧な仮面を被って、私たちを冷めた目で値踏みしているようにしか見えないわ。貴方には、彼のどこが良いの?」

 

姫の言葉は乱暴だったが、その瞳はシエルの心を理解できない焦燥を帯びていた。

 

アリアは、姫の質問と、その裏にあるシエルへの深い不満に刺激され、抑え込んでいた禁断の想いが溢れ出しそうになった。

 

「シエルは、機械なんかじゃないわ!彼は…」

 

アリアは必死で言葉を選んだが、姫の無遠慮な追及に、ついに冷静さを失った。

 

「彼は、この面倒な砦の重圧も、私の孤独も、誰よりも理解している!彼は誰よりも人間的で、誰よりも温かい数式を持っているわ!あなたたちが彼を完璧だと遠ざけるから、彼は仮面を被らざるを得ないのよ!」

 

アリアは興奮し、席を立ち上がった。彼女の秘めた愛が、シエルを擁護する怒りとなって噴き出したのだ。

 

「私には、彼の不完全さが見える!彼は私だけの前で、だらしない愚痴をこぼすのよ!あなたは、彼の完璧な外見しか見ていないから、そんなことが言えるのよ!」

 

2. シエルの介入と関係の亀裂

アリアの激しい反論に、リリアンヌ姫は驚き、顔色を変えた。姫は、アリアの目の中に執事への強い感情が燃えているのを見て取った。

 

「な、なんですって…?あの完璧な男が、貴方の前でだらしない?そんなの…」

 

姫が言葉を失っていると、部屋の扉が静かに開き、シエルが入ってきた。彼は、お茶菓子と紅茶のおかわりを用意してきたところだった。

 

シエルは、部屋の極限まで高まった緊張感を瞬時に察知した。

 

「失礼いたしました、お嬢様、姫様。お話の最中だったようですが……」

 

シエルは完璧な笑顔を貼り付けたまま、二人の間に割って入った。彼は、アリアの感情的な爆発が、禁断の愛を露呈させるのを恐れたのだ。

 

「お嬢様、どうか落ち着いてください。私のことは問題ありません。姫様の仰る通り、私は執事として完璧で冷たい存在でいることが、国家の数理的安定に寄与します」

 

シエルは、自らを貶めることで、この場の鎮静化を図ろうとした。

しかし、アリアは収まらなかった。シエルの自己犠牲的な言葉が、彼女の心をさらに深く傷つけた。

 

「シエル、黙って! 貴方はいつもそうだ!自分の感情を**『問題ない』**と切り捨てる!私の前では、そんなことは言わないのに!」

 

アリアは、シエルに向き直り、震える声で、ついには決定的な言葉を口にした。

 

「シエル……貴方の婚約相手が私だったら、こんなこと思わなかったのに!」

 

その言葉は、アリアの禁断の恋の告白であり、同時にシエルの宿命と姫の立場を否定する、取り返しのつかない一言だった。

 

シエルは顔色を変えた。完璧な仮面が、一瞬にして砕け散った。

 

「お嬢様…!」

リリアンヌ姫は、何も言わず、ただ静かに席を立ち、アリアを一瞥すると、言葉もなく部屋を出て行った。その場には、シエルとアリアの間に走った深い亀裂だけが残された。

 

3. 扉越しの孤独

部屋の扉が閉まった瞬間、シエルは崩れ落ちるようにアリアを抱きしめた。

 

「お嬢様、なぜ…なぜそんなことを……」

 

「ごめんなさい、シエル。でも、私にはもうあなたの孤独を見ていられなかった。家族であるあなたを、誰も理解しないことが耐えられなかったのよ!」

 

二人の間に交わされた激しい感情の数式は、主従の境界線を完全に破壊した。シエルは、アリアの愛を理解し、その愛が自分を人間たらしめていることも知っている。しかし、勇者の宿命は、彼らの関係を永遠に禁断の愛に留める。

その頃、部屋を飛び出したリリアンヌ姫は、要塞の廊下の曲がり角で、息を潜めていた。彼女は、アリアとシエルの会話を、扉越しにすべて聞いてしまっていたのだ。

 

姫は、自分が**「完璧な男」**と心底毛嫌いしていたシエルが、**アリアの前で「だらしない素顔」**を見せているという事実に、大きな衝撃を受けた。そして、アリアの最後の言葉。

 

姫の目には、涙が滲んでいた。彼女は静かに、誰にも聞こえないように、唇を震わせて呟いた。

 

「私だって……私だって、あの完璧な男と望んで婚約したわけじゃないのに……。私だって、数理魔法が苦手で、王族の役割を果たせない不完全な人間なのに……」

 

姫の心の中も、シエルと同様に孤独に満ちていた。彼女の乱暴な態度は、王族としての不完全さと、完璧すぎる婚約者への劣等感の裏返しだったのだ。

 

扉の向こうの**「禁断の愛」と、廊下の「孤独な姫」**。三人の不調和な関係は、婚約の儀式を目前にして、最も複雑な局面を迎えた。

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