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完璧な紅茶と、不調和なポーションの茶会



 

1. 増えた来客と冷たいお礼

数理要塞フォルティス・マティカの日常は、以前にも増して慌ただしくなっていた。ホムンクルス襲撃を機に、リリアンヌ姫がアリアお嬢様に会いに来る回数が格段に増えたのだ。

 

姫の目的は、前回自分を庇い、共闘したアリアへの不器用なお礼と、彼女の錬金術の技術への強い興味だった。

 

姫が要塞に来るたび、シエルは完璧な執事として出迎え、お茶と菓子を用意する。

 

「ご苦労様。完璧な執事」

 

姫はシエルに対し、相変わらず冷たい態度を崩さない。しかし、その言葉の最後には、前回命を救われたことへの微かな感謝が、「完璧な執事」という皮肉の中に薄く隠されていた。シエルは、その不調和な感情を演算し、形式的な一礼で返答する。

 

アリアは、姫との関係を改善しようと、ある日、優雅なお茶会の開催を提案した。

 

「姫様、たまには優雅な午後のひとときはいかがでしょう?シエルがとっておきの紅茶を用意します」

 

2. ポーションへの熱意と執事の疲弊

しかし、リリアンヌ姫の関心は、優雅な茶菓子や社交的な会話には一切向かなかった。

 

「お茶なんていいわ!そんなことより、アリア!貴方が作るポーションを見せて頂戴!」

 

姫は目を輝かせながら、錬金術の研究棟へとアリアを引っ張ろうとする。

 

「この間、貴方が使った**『カリブルヌス鎮静剤』は、普通の錬金術ではありえない構造をしていたわね!あれ、どうやって調合したの?特に、麻痺毒用ポーションや石化ポーションの元素結合式**に興味があるのよ!」

 

姫の質問は、王族とは思えないほどマニアックで、その熱意は純粋だった。

 

アリアは、シエルにしか見せない**「温かい家族愛」とは違う、「錬金術の令嬢」**としての誇りを感じ、嬉しそうに姫の質問に答えた。

 

「ええ、姫様。では、まずは解毒用ポーションの**「数理的な逆変成構造」**から御教授します」

 

こうして、**「優雅なお茶会」は、「ポーションと呪詛の講義」**へと変貌した。

 

シエルは、完璧な執事として、二人の令嬢が使用する部屋で給仕を続ける。しかし、彼の心の中は、限界に近いストレスで満たされていた。

 

シエルの内心の独白(限界演算中):

 

「(ああ、姫様。あなたの非論理的な熱意は理解できますが、僕の執務時間はすでに限界です。なぜお茶菓子に一切興味を示さないのですか)」

 

「(この琥珀色の紅茶は、王都でも入手困難な最高級品です。そしてこのミルフィーユは、幾何学的に完璧な層で構成されているのに!)」

 

「(お願いです。ポーションの話は一刻も早く終了し、要塞から帰還してください。このままでは、僕の**『疲労蓄積の数式』が臨界点**を超えます!)」

 

「(しかも、石化ポーションの成分を扱う横で、最高級のティーセットを給仕しなければならないなんて、僕の完璧な執事のプロ意識が許しません!)」

 

シエルは、心の中で悲鳴を上げながらも、表情一つ変えずに、リリアンヌ姫のカップが空になったタイミングを完璧な精度で察知し、紅茶を注ぎ足した。

 

「姫様、ご休憩を。このショコラ・カレは、ポーションの調合で疲れた頭の数理的安定に寄与します」

 

<h3>3. 秘めた愛と愚痴の解放</h3>

ポーションの講義は夕方まで続いた。リリアンヌ姫は、アリアから教えを請うことに満足し、「フン、完璧な執事は見ていて不愉快だが、貴方だけは認めるわ、アリア」と、不器用な賛辞を述べて王都へと帰っていった。

 

姫が要塞から去ったことを確認した瞬間、シエルは自ら扉を施錠し、アリアの私室へと向かった。

 

シエルは、執事服のネクタイを緩めるやいなや、ソファに大の字になって倒れ込んだ。その姿は、まるで激闘を終えた勇者そのものだった。

 

「お嬢様……。僕は、完璧な執事として、あんなにも優雅な空間にそぐわない、毒物と数式が飛び交う茶会に給仕を続けたことを、心から後悔しています」

 

シエルは、いつものように愚痴をこぼし始めた。

 

「石化ポーションの原料の横に、完璧な幾何学構造のミルフィーユを置く。これは、僕の執事の美意識に対する、非論理的なテロです!」

 

アリアは、そんなシエルの様子を見て、優しく微笑んだ。

「ありがとう、シエル。姫様は、あなたに対してはああいう態度だけれど、私の錬金術を真剣に評価してくれている。あなたと私が、それぞれ別の形で国に貢献していることを、彼女は理解し始めたのかもしれないわ」

 

アリアは、シエルの頭を撫でながら、秘めた愛を込めて囁いた。

 

「大丈夫よ、シエル。あなたの完璧なサービスのおかげで、姫様はきっとまた、ポーションの講義を受けに来るでしょう。そして、あなたは、その度にここで愚痴をこぼせばいい。私は、あなたの不完全な安息の場所を、永遠に守り続けるわ」

 

シエルは、アリアの温もりの中で、再び完璧な執事の重圧から解放された。彼の心の中で、「姫の理不尽な熱意」と「アリアの無償の愛」という、相反する二つの数式が、奇妙な調和を保ち続けていた。

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