戦いの後始末と「強欲」の謎
シルファを撃退し、王都魔力核への危機を阻止したグリムとシエルだったが、左肩を貫通した矢の傷は深かった。
勝利の協奏曲とシエルの解析
シエルは王都塔の制御室で、グリムの左肩を貫いた矢の傷に応急処置を施していた。シエルは自身の演算魔力を回復に回しながらも、先ほどの戦いの論理を解析していた。
「グリム。貴方の**『不安定な情熱』を最大出力で込めるという行為は、僕の『絶対的な安定』を狙うという演算に対し**、最も完璧な、そして最も非論理的な論理でした」シエルは眼鏡を押し上げた。
「理がどうとかは知らねぇが、言われた通りにやっただけだ。左肩は痛ぇがな。アンタの**『愛の論理』ってやつが、フォルティッシモを固定した隙を見せてくれた**。まさに、『協奏曲』ってわけだ」グリムは痛みに顔を歪めつつも、満足そうに笑った。
「僕の愛は、システムを絶対的な安定に導く。しかし、その安定が逆に、計算不能な情熱という**『不安定』によって破壊される弱点を持つことを、シルファは予測できなかった。僕の演算にも、感情と命の重さを加味する項が必要ですね」シエルは静かにそう結論づけた。
街中の収束とマスターの帰還
グリムとシエルが塔から出たとき、王都の街の混乱は急速に収束し始めていた。シルファの魔力が完全に****引き剥がされたことで、ゴレモリーの魅了による異常な情熱も減衰していたのだ。
そして、街の広場で、ボロボロになりながらも、狂気の愛の魔力を纏った、マスターの姿があった。
「グリム、シエル!無事か!」マスターが駆け寄った。
「マスター!ゴレモリーは!」グリムは左肩を抑えながら問う。
「ちっ……逃げられた。シルファの魔力が消えた途端、奴はあっさりと引いたよ。愛を語るにしては、非効率的でつまらない退場だったな」マスターは舌打ちをした。
残された七天と「強欲」の存在
シエルはすぐさま、王都の魔力反応とホムンクルスの魔力の残滓を演算した。
「マスター、グリム。シルファは撃退、ゴレモリーは撤退しましたが、王都の地下からビアスのものとは別の**、極めて強力な魔力の痕跡が検出**されました」
シエルは眼鏡を強く押さえ、青白い顔で告げた。
「七天ホムンクルスのうちの一人、「強欲」のホムンクルスが関与している可能性が極めて高い**。彼の魔力は、我々が持っているはずの、「七賢者の秘宝」の一つに強く共鳴しています。まるで、王都の地下にある**、秘宝を**「欲して」、既にそこにいる**かのように……」
シルファとゴレモリーが陽動を行っている間に、最強の奪い手が王都の地下深くへと侵入していたのだ。彼が狙うのは、王都が最も厳重に秘匿してきた**「賢者の遺物」**だった。
暴食の残滓と「強欲」の波動
シエルの演算が示した**「強欲」のホムンクルスの存在**に、グリムとマスターの表情は一変した。陽動の裏で、最悪の奪い手が既に行動を開始していたのだ。
地下から響く「強欲」の魔力
「強欲のホムンクルスだと!? 奴が王都の地下にいるってのか!」マスターは血で汚れた拳を強く握りしめた。
グリムも左肩の痛みを無視し、唐紅の弓懸に魔力を集中させた。「陽動に引っかかってる場合じゃなかった!最初から秘宝が狙いだったんだ!」
シエルは青白い顔のまま、王都塔の方向、正確にはその地下を指さした。
「僕の演算によると、強欲のホムンクルスの魔力は極めて特殊です。彼は単に物理的に侵入しているだけでなく、王都の地下に存在する**、膨大な魔力の流れそのものを**「自分のもの」として吸収**し始めている」
恐怖の違和感:数ヶ月前の“消滅”
グリムは、シエルの言葉に激しい違和感を覚えた。
「待て、シエル。強欲のホムンクルス……その名はベリアルだったか?」グリムの声は震えていた。
「はい、彼の名は、七天ホムンクルス、ベリアルです」シエルは演算結果を信じ、即座に答えた。
マスターもはっと目を見開いた。「ベリアルだと!? 馬鹿な!以前ベルゼブブに喰われたはずだぞ!あの闘技場で、俺たちの目の前で、黒いドロドロの液体になって消えたんだ!」
闘技場での凄惨な光景。あれから、自分たちは数々の戦いを経てきたが、あの時の記憶は鮮明だ。冷徹な「暴食」のホムンクルスが、ベリアルの強靭な肉体を腐食させ、巨大な顎に吸い込んだ――あれは、誰もが疑いようのない**「消滅」**だった。
「僕の演算にも矛盾が生じています…」シエルは顔色をさらに悪くした。額に冷たい汗が滲む。「僕たちは確かに、数ヶ月前にベリアルの肉体が完全に消失するのを確認しました。しかし、今地下から感知される魔力は、彼の固有の波動パターン……強欲のホムンクルス、ベリアルのものです。時間経過を考慮しても、この魔力の痕跡は彼のものです。誤差はありません!」
ベリアル:全てを欲する者
シエルはその場で膝を突き、演算を最大に高めた。
「これは……強欲のホムンクルスの魔力の波動です!彼の名は、ベリアル……「強欲」を司る七天ホムンクルス**。彼の魔力は、存在する全ての価値あるものを「欲する」という論理で構成**されている!」
ベリアルの魔力は、王都の地下から巨大な、底なしの欲望となって噴出していた。その波動は、グリムの弓懸に込められた「情熱」や「理」といった価値ある概念すらも「自分のもの」にしようと引っ張るかのようだった。
「グリム、耐えてください!彼の魔力は、貴方の唐紅の弓懸に込められた、炎の賢者の**「理」を欲しています**!貴方の情熱そのものが、彼の獲物になっている!」
「冗談じゃねぇぞ!この熱意まで奪う気か!」グリムは弓懸を握りしめ、強欲の波動に抵抗した。ねっとりとした**「熱」**が、弓懸から腕全体へと広がっていく。
「暴食」が「強欲」に与えたもの
マスターは、この信じられない現象に一つの可能性を突きつけた。
「ベルゼブブの野郎は、ベリアルを**「残骸」と呼んだな。そして、その残骸を喰らった**……」マスターの顔には、怒りではなく純粋な恐怖が浮かんでいた。
「まさか……!ベルゼは、ただベリアルを殺したんじゃない。数ヶ月かけて、吸収し、処理した後、その『強欲』の核を、地下の魔力ネットワークに転送したってのか!?」
「暴食」のベルゼは、不要なものを処分するだけでなく、利用可能な「概念」や「論理」を、さらに合理的に再配置する非情なプログラムだったのだ。ベリアルの「強欲」は、肉体を失うことで、より純粋で、触れることのできない**「欲望の概念」**として、数ヶ月の時間を経て地下の魔力そのものに宿ってしまった。
それは、物理的な攻撃が意味をなさない、究極の「強欲」の幽霊。倒したはずの敵が、より恐ろしい形で、そして周到な計画の下に復活したという、非情な真実だった。
地下への突入、新たな敵
マスターはシエルの解析を聞き、怒りに震えた。狂気の愛の対象である王都の宝を奪われることは、彼の愛の論理が絶対に許さない行為だった。
「シエル!地下への道を開けろ**。王都の宝、そして、グリムの情熱を欲するというなら……この俺の「狂気の愛」も奪えるものなら奪ってみろ**!」
マスターは王都塔の入り口へ急ぎ、強欲の魔力が最も強く噴出している地面に向かって、渾身の一撃を叩き込んだ。
ドォォン!
マスターの拳が生み出した破壊と愛の波動により、王都塔の地下へと続く、巨大な亀裂が開いた。
亀裂の奥からは、金のような、ねっとりとした、強烈な欲望の魔力が噴き出していた。
グリムとシエルは顔を見合わせた。ベリアルは消滅したのではない。「暴食」を経て、数ヶ月の時を経て、より純粋な「強欲」の概念と化し、王都の心臓を狙っていたのだ。新たな戦いは、王都の心臓、地下で始まろうとしていた。




