情熱を測る修行と弓道の源流
情熱の修行と唐紅の理
グリムがクレナイ(紅の錬金術師)の前に立ち、理不尽とも言える修行が始まった。一方、緑の錬金術師は、相変わらず女学生たちに囲まれ、異国の恋愛論を優雅に語り続けている。
「理とは、情熱を永遠に燃やし続けるための数式だと言ったね」
クレナイはグリムを、朱塗りの広大な演武場に立たせた。そこには、数十体の木製の人型が、様々な方向に、**一瞬しか開かない「小さな標的」**を掲げて配置されていた。
「貴方の情熱は素晴らしいが、それは沸騰し、やがて冷める水のようなもの。ホムンクルスとの戦いは、一瞬の爆発では勝てない。一日の始まりから終わりまで、貴方の炎を均一に保ち続けなさい」
修行の内容は、単純かつ過酷だった。
1. 「理の呼吸」:グリムは、朝日から夕日まで、特定の呼吸法を乱さず、魔力の炎を一定の温度に保ち続けることを強制された。少しでも温度が上がれば炎が暴走し、下がれば錬成が不安定になる。
2. 「瞬間の理」:クレナイの合図と共に、人型の標的が一瞬だけ見せる**「理の弱点(小さな紋章)」を、一日に一万本**の錬成の矢で射抜く。一発でも外せば、最初からやり直し。
「情熱が理になる、というのは、感情が無意識の反射として完璧な論理を常に出力し続けることだ!」
クレナイは厳しい指導の合間に、静かな声で語り始めた。
「貴方が今行っているのは、単なる錬成術ではない。これは火の国に数世紀受け継がれてきた伝統であり、弓術の原点だ。貴方たちの王都で弓術と呼ばれるものが、かつて我々の先祖が七賢者から受け継いだ**「情熱を形にする理」を武術として昇華させたもの。弓は、炎の賢者が理を学ぶために用いた最も神聖な道具**なのだ」
グリムは、緑の錬金術師の優雅なサボりに憤怒しながらも、その怒りの感情すらも修行の燃料として**「理の呼吸」で制御**しようともがいた。
唐紅の理の覚醒
数日後、グリムの錬成に劇的な変化が現れた。
彼の炎の矢は、もはや揺らぐことがなかった。究極の集中と一定の呼吸により、情熱は安定したエネルギーへと昇華された。
「良いよ、グリム」クレナイが満足げに頷いた。「貴方の炎(情熱)は、永遠に燃え続ける理を得た。次に、貴方の闘志を理の極致まで高める。それが、唐紅の理だ」
クレナイは、グリムに炎の理を究極の形へと昇華させる「最終秘術」を学ばせた。それは、氷の冷却ではなく、情熱と理が限界まで圧縮され、最高の色彩として定着する論理だった。
グリムが弓を引き絞る。彼の情熱の炎が理の制御によって最高潮に達した瞬間、生成された矢は、燃えるような深い紅色、唐紅の輝きを放っていた。
「これが……唐紅の理……」
グリムの口から、自然と新しい奥義の名が漏れ出た。
錬成の純度と弓懸
修行の最中、グリムはクレナイに尋ねた。「クレナイ師匠。俺の炎の矢は、シエルがいた時の連携奥義以外、純度が安定しないんです。どうすれば、この情熱を淀みなく込められますか?」
グリムがその場で炎の矢を一本錬成してみせる。矢は確かに熱い炎を纏っているが、僅かに魔力の揺らぎがあった。
クレナイは、グリムの錬成した矢を静かに見つめた。
「貴方の情熱は、弓を握る手のひらで暴発している。弓術において、全てを決定するのは**「離れ」だ。理は、指先から一切の迷いなく**放たれなければならない」
そう言って、クレナイは自身の腰に下げていた深紅の革でできた手袋、すなわち弓懸を外した。それは、歴史の重みを感じさせる古く美しい、唐紅色の弓懸だった。
「これで作ってみなさい」
グリムは戸惑いながらも、クレナイから弓懸を受け取り、右手の親指と人差し指に装着した。革の冷たさと、微かに感じる温かい魔力の残滓が、グリムの指先を包んだ。
そして、グリムは深く息を吸い込み、「理の呼吸」で情熱の炎を一定に保ちながら、新しい矢を錬成した。
弓懸が語る「理」の意味
矢は、先ほどとは比べ物にならないほどの純度の高い、透き通った赤を放っていた。炎の揺らぎは完全になく、まるで固定された光の柱のようだ。
「……すげぇ。魔力のロスが全くねぇ」グリムは驚愕した。
クレナイは、静かな目でグリムの弓懸を見つめた。
「その弓懸は、炎の賢者が最初に**「理」を指先に込めるために用いた道具だ。そして、それは単なる革製品ではない**」
クレナイの言葉に、歴史の重みが乗る。
「弓懸の革は、情熱の炎を優しく受け止め、その熱を外に逃がさず、内側で理へと圧縮する装置なのだ。弓は力の器。弓懸は理のフィルター。火の国の弓術は、情熱という爆発的な力を、この小さな布で完璧な論理へと昇華させる技術から始まった」
「貴方の錬成は、魂の情熱から始まる。その魂が弓懸によって理へと磨き上げられた時、完璧な矢が生まれる。その矢こそが、唐紅の矢。永遠に燃え続ける理の炎を纏う、不滅の矢だ」
クレナイの言葉を聞き終えたグリムは、弓懸が指先に伝える魔力の安定感を噛みしめた。
まさにその時、アザゼルの無気力の霧が演武場に到達し、紅葉の木々がねっとりとした緑色に変色した。
「ああ、見事な理だね。しかし、その理も、無気力という絶対的な論理の前では無意味だよ」
アザゼルの静かな声が響く。グリムは、右手の弓懸を強く握りしめた。彼の情熱の理は、もう揺らぐことはない。
危機一髪の乱入者
その時、演武場を囲む紅葉の木々が、ねっとりとした緑色に変色した。
「ああ、見事な理だね。しかし、その理も、無気力という絶対的な論理の前では無意味だよ」
静かな声と共に、黒いローブのアザゼル(怠惰)が無気力の霧を伴って、演武場の上空に現れた。
「グリムくん。怠惰という論理に対抗するには、純粋な活動が必要だ。さあ、逃げなさい」
緑の錬金術師は、女学生たちを優雅に保護しながら、グリムに無責任な忠告を与えた。
「ふざけんな! 逃げるかよ!」




