紅葉と静寂の国
辿り着いた「紅の静寂」
グリムと緑の錬金術師は、王都から遥か東に位置する**「火の国」**へと旅立った。
火の国の国境は、王都の堅牢な石造りの城壁とは対照的に、簡素ながらも巨大な木造の鳥居が立つ門だった。一歩足を踏み入れると、空気が変わる。
周囲の山々は年中紅葉に染まり、地面には赤や朱色の落ち葉が敷き詰められている。建物は全て朱塗りが施された木造建築で、静寂が支配する独特の雰囲気を持っていた。国の住民は簡素な和服のような装束をまとい、誰もが規律正しく、穏やかだ。
「わあ……なんか、空気が重てぇな」
グリムは、自分の情熱的な炎の魔力が、この静かな空気に吸収されていくような感覚を覚えた。
緑の錬金術師は、優雅に袖を翻しながら歩く。「ふむ。情熱の国というよりも、情熱を秘めて静かに維持する国だね。良い場所だ」
「アンタの優雅さが悪目立ちしてるんだよ! 早く変装しろよ!?」
グリムのツッコミは、この静寂の中で妙に響き渡り、周囲の住民から一斉に注目を浴びた。
「無作法だよ、グリムくん。ここは情熱を内側に秘める国だ」
紅の錬金術師との邂逅
紅の錬金術師が学園長を務める場所は、巨大な朱塗りの塔のような本殿を持つ、錬成と武術を教える学園だった。
門番に緑の錬金術師が名刺代わりに放った魔力が伝わると、すぐに本殿の奥へと通された。
そこにいたのは、情熱的な赤の着物を優雅に着こなし、白髪ながらも背筋がピンと伸びた、小柄な老婦人だった。彼女の瞳は、まるで燃え盛る炎のように、熱を帯びていた。
「よく来たね、緑。そして、情熱の若者よ」
老婦人、紅の錬金術師が、グリムを優しく、しかし鋭く見つめた。
緑の錬金術師は、久しぶりの友人を前に、珍しく親愛の情を示した。「お久しぶり、クレナイ。相変わらず、熱量が凄いね」
「貴方こそ、相変わらずよ。奥さんは置いてきたの?」とクレナイが小声で尋ねた。
緑の錬金術師は肩をすくめた。「君に会うために、一時的にね」
グリムは頭を下げ、事情を説明しようとした。「実は海底神殿に眠っていた水晶に描かれた古代のシンボルについて、紅の錬金術師様に伺いに来ました」
「分かっているよ、そこの緑から少し前に手紙で話は聞いていたからね、若者。貴方たちの熱い思いは、この国の炎の魔力が伝えてくれた」クレナイはシエルが描いた古代のシンボルのスケッチを受け取った。
「これは、私たちの炎の賢者が残した秘宝**『不滅の理』の紋章だ。そして、貴方の弓**……それは賢者の創造の術を宿しているね」
クレナイはグリムの錬成の弓に手をかざした。「しかし、貴方の炎は不安定だ。情熱は素晴らしいが、それを理で制御できていない。これでは、七天ホムンクルスの論理的な炎に焼き尽くされるよ」
「不安定……?」
「その炎を不滅のものにするには、情熱を究極の理へと高める必要がある。そして、それは君の師や友が教えてはくれない、火の国の秘術だ」
情熱の理と、無責任な緑
紅の錬金術師、クレナイから**「情熱を究極の理へと高めよ」と、炎の錬成に関する核心的な指摘をされたグリムは、その重み**に一瞬立ち尽くした。
「い、いきなり色々言われても分からねえよ!」
グリムは、クレナイの熱い眼差しと、その鋭い指摘に感情が爆発した。自分にとって炎は、シエルとマスターを護りたいという純粋な闘志から生まれる衝動的な力だ。それを**「理」**で制御しろと言われても、すぐに理解できることではなかった。
クレナイはグリムの激しい反応に、むしろ満足したように頷いた。
「それで良い。貴方の情熱は、嘘偽りがない。だが、究極の理とは、「情熱を永遠に燃やし続けるための数式」だ。炎は制御できなければ、自分自身を焼き尽くす。貴方の不安定な氷は、その炎を消すための保険に過ぎない」
クレナイの言葉は、グリムの錬成の根幹を揺さぶった。彼は、二つの属性を操ることでバランスを取っていたつもりだったが、それは**「制御」ではなく「相殺」**だったのかもしれない。
イケメン力と、放置されたグリム
その間、緑の錬金術師は、グリムとクレナイの熱い議論から完全に蚊帳の外にいた。彼は、涼しげな顔で優雅に庭を散策し、この火の国の静けさを堪能していた。
すると、紅の学園の若い女学生たちが、緑の錬金術師の尋常ではない「顔の良さ」と異国の優雅さに目を奪われ、そっと彼の周りに集まり始めた。
「あの……お客様は、どちらの国からいらしたんですか?」
「その美しい緑の衣装は、どこの国のものですか?」
緑の錬金術師は、質問攻めにあっても一切焦ることなく、完璧な笑顔を浮かべた。
「ああ、ごきげんよう。私はただの旅人さ。美しさと生命の理を追い求めている」
彼のイケメン力は、火の国の静謐な女性たちの情熱を意図せずして刺激した。彼は熱心な女学生たちに囲まれ、異国の恋愛論や美容術について、優雅な声で語り始めていた。
クレナイは、その光景を一瞥し、大きなため息をついた。
「まったく、あの男の女癖と気まぐれは、昔から一つも変わらないね」
そして、クレナイはグリムに向き直った。「無視して良い。彼は放置しても、女性たちが面倒を見てくれるだろう。さて、情熱の若者よ。貴方の不安定な錬成を不滅の理へと高めるための、修行を始めようか」
グリムは、熱血な議論と情熱的な修行を前に、全く頼りにならない緑の錬金術師が若い女たちに囲まれて優雅にサボっている様子を見て、二重の憤怒に襲われた。
「くっそ、ふざけんな!此処まで来るまでに連れ回した癖に1人だけ優雅にしやがって!あの女好き野郎は……!」
彼の怒りは、錬成の炎を一瞬だけ強くしたが、すぐにまた不安定に揺らぎ始めた。




