使者の荷と過去の確執
シエルとマスター(シズク)の冷徹な協力により、石油の強化兵は全て打ち砕かれ、王国の使節団は窮地を脱した。砂漠の街道には、黒い油と砕けた氷の残骸だけが残された。
拒絶の重圧
シエルの父、使節団の代表である騎士アビスは、剣を杖代わりにして立ち尽くしていた。彼の視線は、「王国の錬金術師」として振る舞う息子と、長年消息不明だった妻、シズクに釘付けだった。
「シズク...シエル...」アビスは掠れた声で呟いた。「なぜここに...なぜ、そのような死を伴う力を使っている!?」
マスター(シズク)は振り返りもせず、冷静な声で言った。「使者殿、私たちは個人的な事情でここにいるわけではありません。あなたの安全確保は済んだ。我々の目的は、あなたが所持している交易品の中に含まれる**『深海魔力結晶』**です。それを渡していただきたい」
アビスは怒りと戸惑いから、顔を真っ赤にした。「ふざけるな! 私は王国の使者として、王命によりこの荷物を運んでいる。そして、お前は家を出て、何の音沙汰もなかった...」
グリムはたまらず口を挟んだ。「おい、あんた! あんたの私情より、命が懸かってるんだ! その荷物は短命の呪いを解く鍵を持ってるかもしれないんだぞ!」
過去の傷
アビスはグリムの言葉を聞いて一瞬硬直したが、すぐにシズクに向けた。
「短命の呪い? 私の言ったことが理解できなかったのか、シズク! あの力は、短命という代償を払って安定する! それを無理に解こうとすれば、奥義は暴走し、世界を巻き込む大惨事になる!」
シズクはゆっくりとアビスに向き直り、その冷たい瞳に一切の感情を宿さずに答えた。
「その安全論が、あなたが家を出た私の決断だ。あなたは王国の安寧を選び、私は息子の命を選んだ。シエルの命が代償になることを、私は決して受け入れない」
アビスはシズクの氷のような拒絶と、息子への強い愛情を目の当たりにし、言葉を失った。
シエルは、演算を終え、その二人の間に割って入った。「父さん。その**『深海魔力結晶』は、僕の究極奥義の制御**に不可欠です。僕の命を危険に晒す訳にはいきません。どうか、渡してください」
シエルは勇者一族の血と、理性の鎧を纏った錬金術師という、二つの面を父に突きつけた。
取引の成立
アビスは重い息を吐き、敗北を認めた。「...分かった。騎士団の荷物の中に赤い木箱がある。そこに入っているはずだ。持って行け」
アビスは、シズクの狂気的なまでの愛情と、シエルの冷徹な決意を前に、もはや王命を盾にすることを諦めた。彼は、目の前にいるのが、かつて愛した**「シズク」ではなく、「息子の命を護る最強の戦士」**であることを悟ったのだ。
グリムが歓喜の声を上げて木箱を回収し、シエルは淡々と感謝の言葉を述べた。
マスター(シズク)は、一瞥もせずに馬車へと乗り込んだ。
「行くぞ。武術大会の登録時間が迫っている」




