タイトル未定2025/10/24 05:05
数式
シエルは夜の帳が降りた砦の屋根の上に立ち、眼下に広がる王都の灯りを眺めていた。その背後で扉が開き、夜風と共に喫茶店のマスターが姿を現した。
「暇なのか?」
マスターの問いに、シエルは一瞬目線だけを向ける。
「ここに来るなんて珍しいですね」と返しながら立ち上がるシエルに、マスターは静かに歩み寄った。
「息子の悩みを書いてあげるのも親の役目だろ?」
シエルは冷めた目でマスターを見つめ、吐き捨てるように言った。
「今更、息子扱いですか? 本当に図々しいにも程がある人ですね」
マスターは夜景から目を逸らし、初めて真正面からシエルに向き合った。その顔には、長年の後悔が滲んでいた。
「あの時は、色々あって……。構ってやれなかったんだ。本当にすまなかった」
シエルの表情が凍り付く。
「辞めてください」とシエルは言った。「今の貴方を攻めてしまうと、僕は今いるこの時間が幸せなのか疑ってしまう。今の僕があるのは、アリア様がいるからです。それがあるのは、マスターのあの時の選択によるもの。だから、謝らないで下さい」
マスターはただ静かに頷いた。「……優しいな」
「甘いだけです」シエルは簡潔に答えた。
甘いコーヒーと血の繋がり
その様子を部屋の入り口から眺めていたアリアに、メイド長が声をかけた。
「混ざらなくても良いのですか?」
アリアは微笑んだ。
「せっかく二人っきりになれた血の繋がった親子の仲を、私は引き剥がす資格なんてありません」
メイド長は深く一礼した。「無粋な事を言ってしまいましたね。では」
メイド長が立ち去った後、アリアは用意されたコーヒーを手に取った。いつものように角砂糖を5つ淹れ、甘い液体をスプーンでゆっくりと混ぜる。
屋根の上で、マスターはアリアの方を向きながら、シエルに言った。
「お前のお嬢様だが、砂糖漬けなのは止めてやれよ? 執事の仕事だろ?」
シエルは、一瞬の沈黙の後、いつもの執事の顔を緩めて答えた。
「今日くらい良いじゃないですか」
オーパーツとポーションの依頼
マスターは一つ息を吐き、ようやく本題に入ると、グリムが見つけたオーパーツをシエルの目の前に差し出した。その奇妙な形状の水晶には、確かに妙な魔力が封じ込まれているのを感じる。
「それは何ですか?」シエルが尋ねた。
「分からん。研究所に持って行ったが、私達勇者の一族の関係と思っていたのだが、そうでも無かったようだ。本当にどこから来たのか、身元も不明らしい。古代の物だから当然だとは思うが」
「では、なぜそれを」
「このオーパーツは、ポーションの素材を付けることによって色が変化する。普通の水や聖水の類では何故か反応しないのに、だ。つまり、お宅のお嬢様のポーションを研究所に貸してくれないかと、頼みに来たんだよ」
アリアの錬金術の血が作ったポーションが、古代の謎を解く鍵となる。シエルはすぐに理解した。
「分かりました。打診してきますよ」
盾の術式と未来への覚悟
マスターはシエルの顔をじっと見つめ、核心的な質問を投げかけた。
「まだ精霊との契約は考えているのか?」
シエルは首を振った。
「俺は、リリアンヌ姫の持ってきた過去の文献の資料から得た情報を基に、新しい力が解明されるかもしれないと考えています。命を削る契約ではない、制御の数式を」
シエルは改めてマスターの方を向き直り、尋ねた。
「マスター。その文献には、盾の究極奥義についても記されていた。リフレクトカウンター。その術式について、貴方ほどの弓術の使い手から見た戦術的な価値を、詳しく知りたい」
シエルは、自らの命を懸けた剣だけでなく、防御と反撃の**「論理」**を手に入れようとしていた。




