海底神殿への緊急招集
剣と弓、それぞれの執務
王都に緊急招集がかかったのは、真夜中を過ぎた頃だった。
シエルが王宮の謁見の間に向かうと、そこには既にマスターと、不機嫌そうなリリアンヌ姫が立っていた。重々しい表情の錬金術師たちが、古びた文献の写しを広げている。
「シエル、聞けばわかるな。ビアスが狙う七賢者の秘宝の一つが、遠く離れた海域の海底神殿に眠っていることが確認された。文献の記述は曖昧だが、事態は急を要する」
シエルの顔は一瞬で引き締まったが、任務の編成を聞き、わずかに驚きを見せた。
「編成は、私とグリムの二人だ」
シエルが海域へ向かうことは許されなかった。王宮の奥深くに隠された**「もう一つの七賢者の秘宝」をビアスの手から護るため、シエルは王都を守る番人**としてここに残る必要があった。
「承知いたしました。王都の防衛は、この完璧な執事が必ず遂行いたします」
シエルはそう答えながらも、最前線に立てない無念さを胸の奥に押し込めた。
弓矢のアルケミストへの全幅の信頼
当初、海底神殿への任務はマスター単独で行くよう命じられていた。しかし、マスターは錬金術師たちと国王を前に、静かに、しかし力強くグリムを推薦した。
「私一人で向かうよりも、グリムを同行させる方が安息の維持にとって合理的です」マスターは言った。「もう彼は私を超えるほどの実力を持っています。彼は勇者の一族では無い(錬金術師の血が濃い)のに、それ以上の戦力となることを期待できます」
グリムの非論理的な火力と弓矢のアルケミストとしての無限の可能性は、師であるマスターすらも超えたと認められたのだ。
☕️ 決意と不満の別れ
その言葉を静かに聞いていたグリムは、無表情のままマスターの横に立つ。一方、リリアンヌ姫は不満げに眉をひそめた。
「ちょっと!あなたたち二人、ちゃんと聞いてるの? 無事に喫茶店に戻って来ないと承知しないわよ!」
その言葉は不満げであったが、姫の瞳の奥には、大切な弟を戦場に送る少しの寂しさが滲んでいた。
グリムは、心の中でそっと吐き捨てる。
(コーヒーが飲めないお嬢様が店に来ても、安息の数式は成り立たねぇだろ)
だが、彼は公には一言も漏らさず、深く頭を下げた。
「承知しました」
その場を離れたグリムの背中には、新たな最強の称号と、究極の執務という名の重圧がのしかかっていた。勇者の剣に代わり、アルケミストの矢が海底神殿の闇を貫くことになる。
「お帰りなさい、シエル。無事でよかった」
王都の防衛という大役を担いながらも、シエルは帰宅後すぐに、マスターとグリムの海底神殿への緊急招集についてアリアに伝えた。
アリアはシエルの無事な姿を見て安堵したのも束の間、弟のグリムが危険な最前線へ向かうことに、すぐに深い不安を覚えたようだ。その顔には、ホッとした表情と、危険への恐れが半々に浮かんでいた。
剣の制御と残された不安
「マスターがいるから大丈夫だとは思うわ。マスターは絶対にグリムを危険な目に遭わせたりしないもの。でも、正直、ホムンクルスたちと対峙することになるでしょうね……」アリアは不安げに呟いた。
シエルは、アリアの頭を優しく撫でながらも、自身の胸に巣食う不満と焦燥を感じていた。
「申し訳ありません、アリア様。私自身、海底神殿がどのような環境か分からず、何の情報も提供できません。そして、おそらく私は、まだ剣の力を完璧に扱えていない分、戦力として数えられていないのかもしれません」
山脈を割るほどの絶大な力を解放したにもかかわらず、その力を完全に制御できていないシエルは、王都の番人という名の**「お留守番」**を命じられたことに、無力感を覚えていた。
王族の責務と研究会議
そんなシエルの不安を察したアリアは、すぐに思考を切り替えた。彼女は王族としての責務と、錬金術の血筋としての論理的な解決を求めた。
「いいえ、シエル。あなたの力は、この王都と、もう一つの秘宝を守るのに必要不可欠よ。それに、無力だなんて思わないで」
アリアは手を叩いて、決意を込めた眼差しをシエルに向けた。
「今から、私はリリアンヌと勉強会を兼ねた会議を開くわ。リリアンヌ姫は、王宮の図書館にある古い文献の中に、勇者の武器についての記述があるのを知っているそうよ」
アリアは、グリムの無事な帰還と世界の安息の維持のため、自分にできることを冷静に探し始める。
「私たちも、私たちの執務を遂行するわ。シエル、あなたの剣を振るう力の制御に繋がる何か、論理的なヒントでも見つかればいいと思うの」
アリアは、甘い紅茶を淹れながら、ほろ苦い現実を前に、希望という名の甘味料を必死に探そうとしていた。




