完璧な演算と、弟の新たな執務
1. 観覧席の評価と「安息の数式」
シエルとグリムの決闘が終わり、演習場には静寂が戻った。アリアは勝利者であるシエルではなく、倒れたグリムを抱きしめ、その成長を心から喜んでいた。
観覧席では、マスター(シエルの母)が優しげな顔のまま、手元のタブレットを操作するメイド長に問いかけた。
「メイド長。グリム様の成長の数式と、シエル様の対応の数式は、完璧に計算通りでしたか?」
「はい、お母様」メイド長は完璧な無表情で答えた。「グリム様の半年間の修行による成長率は、予想された魔力増強ポーションの使用を含め、98.5%の精度で演算されました。シエル様の防御・承認の軌跡も、誤差0.001%未満で予測範囲内です」
リリアンヌ姫が口を開いた。「結局、あの無駄に努力した弟は、完璧な執事には勝てなかったということかしら」
「いいえ、姫様」マスターは微笑んだ。「グリム様の目標は、シエル様に勝つことではなく、姉を守る力を得ることでした。そして、あの最後の魔力増強の一撃は、シエル様に最高の警戒心を与えました。これは、シエル様の過労を未然に防ぐという、新たな安息の数式において、極めて重要な変数となります」
メイド長は結論を述べた。
「グリム様は今後、シエル様への直接的な決闘という非論理的な干渉ではなく、シエル様の執務の数式を安定化させるための協力者として演算されます。我々の裏の執務は、これで第一段階を完了しました」
「ふふ、ご褒美のおごりが高くつくわ」マスターは小さく顔を引き攣らせた。
2. 裏の真実と新たな使命
一方、演習場の片隅では、アリアの抱擁から解放されたグリムが、静かにシエルと向き合っていた。
「負けだ。完敗だ、シエル・ヴァルカス」グリムは清々しい表情で言った。「だが、次は剣を出すような非論理的な状況を、俺が作ってみせる」
シエルは槍を消し、静かに頷いた。「お待ちしていますよ、グリム様。貴方の数理的な成長は、執事の僕にとっても最高の喜びです」
グリムは一瞬躊躇した後、半年間の秘密を打ち明けることにした。
「一つだけ、貴様に裏の執務で知ったことを伝える。貴様の母上は、この半年間、勇者の一族の裏切り者とホムンクルスの襲撃から王都と要塞を守っていた。そして、その裏切り者の顔は……貴様にそっくりだった」
シエルは、一瞬完璧な表情を崩しそうになったが、すぐに冷静な微笑みを貼り付けた。
「……なるほど。僕の存在確率を脅かす非論理的な変数が、家族にいたということですね」
シエルはそう言うと、グリムの前に深々と頭を下げた。
「グリム様。貴方が真実を僕に伝えて下さったこと、心から感謝します。貴方の力は、僕が一人で抱え込もうとしていた執務を二人で分担できる完璧な材料となります」
シエルは顔を上げ、**グリムに新たな「執務」**を提案した。
「貴方はもう、僕の安息を脅かす決闘者ではありません。今日から、貴方はシエル家の「裏の執事」として、僕の「公的な執務」が届かない王都の影で、母上の助けとなる監視と護衛の執務を遂行していただきたい。これは、僕の安息、ひいてはお嬢様の安息を護るための、最高の数式です」
3. 三者の契約と新たな混沌
グリムは、憎しみの対象だったはずのシエルから、協力者としての新たな使命を与えられたことに戸惑った。
「……裏の執事、か。チッ。俺を貴様の部下にするつもりか」グリムは不満を漏らしながらも、勇者の弓を小さな腕輪へと戻した。
「構わない。だが、俺の執務の対価は、貴様が姉さんを絶対に泣かせないことだ。もし泣かせたら、今度こそ貴様を討つ」
「ええ。完璧な契約です」シエルは微笑んだ。
その時、グリムの妹とシエルの主であるアリアが、二人の間に割って入った。
「ちょっと!あなたたち、二人だけで数式を完成させないで!」アリアは頬を膨らませた。「シエルが裏の執務をするなら、私も家族として、王族の執務と裏の執務の**『完璧な連携係』**を担うわ!」
シエルは心底嬉しそうに、完璧な笑顔を崩さなかった。「お嬢様……!貴方の非論理的な愛情こそが、僕たちの完璧な動力源です!」




