増強ポーションと完璧な演算
1. 試合開始と観客たちの視線
メイド長の完璧なホイッスルが響き渡り、シエルとグリムの最後の決闘が始まった。
グリムは、リリアンヌ姫、マスター、アリア、メイド長という異様な観客たちの視線が非論理的に集中していることに苛立ちながらも、即座に行動に移した。彼は隠し持っていた魔力増強ポーションを一気に呷り、ゆかけをつけた左腕に全魔力を集中させた。
キュィィン!
グリムの腕輪が、純粋な魔力によって生成された黄金の弓へと変形する。ポーションの効果で魔力リソースが跳ね上がっているため、矢の生成はこれまでにない速度で完了した。
「受けてみろ、完璧執事!」
グリムは、半年間の修行で習得した最小限の動作で弓を引き絞り、増強された魔力の矢を連射した。矢は重さは変わらないのに威力だけが跳ね上がっており、その弾道はグリムが数理的に最も安定すると演算した軌道を描いた。
2. 槍一本の完璧な防御
対するシエルは、いつものように**黄金の槍**を構えたまま、微動だにしなかった。
彼の瞳が黄金色に輝き、演算を開始する。
(なるほど。ポーションによる魔力リソースの増強と、最小限の動作を組み合わせた非論理的な攻撃ですね。以前のグリム様であれば、僕の槍術の数式は80%の余裕を持って対処できましたが、この増強された威力は、数値を105%まで引き上げています)
シエルは、余裕を捨てて完璧な執務を開始した。彼は、グリムの矢の軌道と魔力構成の不安定さを一瞬で解析し、最小限の動きで槍を繰り出した。
キン!キン!キン!
グリムの増強矢は、一本たりともシエルの身体に届くことなく、槍の先端に数理的に正確に弾かれ、空中で無力化されていく。シエルは、一歩も動かずに、嵐のような増強矢の連射を防ぎきった。
グリムは驚愕した。「馬鹿な……!威力を上げたのに、なぜ一歩も!」
「残念ながら、グリム様」シエルは微笑んだ。「貴方の成長率は、僕の演算を5%上回っていますが、僕の槍術の数式は、120%の効率で対応可能です。貴方の攻撃には、まだ論理的な隙間があります」
3. 接近戦と師弟の技術の衝突
グリムは、遠距離戦では完璧執事に数理的な優位性があることを悟り、弓を消し、接近戦へと持ち込んだ。
「ならば、この裏の執務で鍛えた体術はどうだ!」
グリムは、マスターに教え込まれた無駄のない体術でシエルに肉薄する。彼の動きは、喫茶店での皿拭きや床磨きで磨き上げられた、極限まで無駄を削ぎ落とした最短距離を突き進む。
シエルも槍を短く持ち直し、執事の護衛術で対応する。グリムの拳とシエルの肘が、数理的に完璧な軌道で交差した。
観客席のマスターは、グリムの動きを見て満足げに頷いた。シエルの動きと、グリムの動きは、本質的な技術の構成において完全に一致していた。まるで、師弟が同一の型で競い合っているかのようだった。
4. 決着と安息の承認
攻防が続く中、グリムはポーションの持続時間が終わりに近づいていることを感じた。彼は最後の賭けに出た。
グリムは渾身の力を込めてシエルの防御を崩そうとフェイントを仕掛け、シエルが一瞬槍を動かした隙を突き、もう一度魔力の矢を生成し、ゼロ距離で放った。
シエルに剣を使わせる、これがグリムの最後の目標だった。
しかし、シエルは冷静沈着だった。彼は、グリムが体術から弓に戻るという非論理的な選択を、最初から演算していた。
シエルは、グリムが矢を放つ直前、槍の柄の先端をグリムの弓を持つ腕に、最小限の力で、そっと触れるように突いた。
ガシャッ!
その完璧な一撃は、グリムの魔力回路を一時的に無効化した。グリムの弓の形を保っていた腕輪が解除され、生成途中の矢は光の粉となって消滅した。
シエルは、すぐに槍を引いた。グリムは、膝から崩れ落ちた。
「シエル……」
シエルは、倒れ込んだグリムを見下ろし、勝利の宣告ではなく、承認の言葉を贈った。
「グリム様。貴方の成長は完璧です。僕の安息を脅かすほどに。ですが、執事の執務は、まだ僕に数理的な優位性があります。この決闘は、僕の執務の継続をもって終結とさせていただきます」
シエルは、剣を使うことなく、槍一本でグリムの半年間の努力を受け止め、そして承認した。
マスターは、倒れたグリムを見下ろし、優しい笑顔の中に一族の誇りを滲ませた。
「お疲れ様でした、グリム様」
マスターは、半年間、最も厳しかった師として、最も深い承認を与えた。
「あなたの魔力の少ない体は、最高の精密さと強靭な集中力を手に入れました。あなたはもう、勇者の血統を誇る資格があります。あなたの非論理的な勇気と執念は、完璧な執務を遂行する私の息子の弱点を補える唯一の変数となり得るでしょう」
その言葉は、シエルからの承認よりも深く、グリムの半年間の孤独な努力を全て報いるものだった。グリムは、敗北の悔しさを忘れ、静かに師の言葉を受け止めた。




