裏切り者の顔と、マスターの鉄拳
1. 貫かれた黒装束と驚愕の真実
グリムが非論理的な怒りと半年の集中力を込めて放った魔力の矢は、光の粉になることなく、夜の闇を裂いた。
シュッ!
その矢は、人質を盾にしていた黒装束の男の肩に正確に命中した。男は体勢を崩し、痛みの叫びを上げて人質を放した。
その一瞬を、勇者の一族の戦士であるマスターが見逃すはずがなかった。
「感謝します、グリム様!」
マスターは呻きながらも、路地に倒れ込む民間人を瞬時に抱え上げ、安全な壁際に押しやった。そして、よろめく黒装束の男に素手で接近する。
ドスッ!
マスターの拳が、男の腹部に重くめり込んだ。その一撃は、メリケンサックを使ったときよりも重く、魔力を凝縮した一撃だった。殴り飛ばされた黒装束の男は、仮面とフードが吹き飛び、その顔が露わになった。
「……これは驚いた」
マスターの冷静な表情が、初めて衝撃に歪んだ。その男の顔もまた、忌々しいほどシエルに似ている、完璧な美貌を持っていた。しかし、その顔には無数の切り傷の跡と、口元には大きく爛れた火傷の跡があり、完璧さを数理的に破壊していた。
2. 裏切り者の叫びと転移
マスターは、倒れた男を見下ろし、静かに断罪の言葉を口にした。
「お前が、まさか勇者の一族の裏切り者だったなんてな。てっきり、他のホムンクルスと同じ、ただの空虚な模造品だと思っていたが」
男は、激しい苦痛に耐えながら、怒りに満ちた憎悪の視線をマスターに向けた。
「裏切られた?勇者の一族ってのは、最初から世界を見捨てて王族に鞍替えした奴等だろうが!血の呪いを恐れ、安息と保身に走った偽善者どもだ!」
男は、爛れた口元から嫉妬と怨念を吐き出した。
「お前ら勇者の一族と、俺を一緒にするな! 俺は……俺たちは、この世界を根本から変えるために、血統の呪縛に抗う道を選んだんだ!」
男の言葉は、シエルの一族の抱える闇の歴史を示唆していた。マスターは、男の言葉に反論することなく、ただ冷たい眼差しを向けた。
男は、自分の敗北を悟ると、急いで地面に魔法陣を書き写した。光が路地を包み、シエル似のホムンクルスたちは、転移魔法で一瞬にして姿を消した。
3. マスターの鉄拳と理不尽な叱責
ホムンクルスたちが去り、路地に静寂が戻った瞬間、マスターは、瀕死の傷を負っているにもかかわらず、隠れていたグリムの前にカンカンに怒りながら出て来た。
「グリム!」
マスターは、鬼のような形相でグリムを睨みつけた。彼女の怒りは、先ほどの激しい戦闘の比ではなかった。
「お客様を置いて、ノコノコ私に説教されに来たのか、馬鹿者!」
「なっ……」グリムは、命を懸けて助けたのに、感謝どころか罵倒されたことに、頭が真っ白になった。
「私が**『野暮用』で席を外した時、喫茶店を完璧に維持するのが新人の執務だろう!貴様が店を閉めたせいで、もしコーヒーを飲みに来たお客様がいたらどうする!私の執務の数式を貴様の独断**で崩壊させた罰だ!」
グリムが**「だが、あんたはホムンクルスと……!」と言い返そうとする前に、マスターはゲンコツを一発**、グリムの頭に重く落とした。
ゴツッ!
その重い拳は、グリムが半年間の修行で得た体術の成果も数理的に無効化した。
「ゲンコツ一発で許してやるから、さっさと仕事に戻れ!」
グリムは、頭を抱えながら喫茶店へと走って戻った。顔面蒼白になりながら、彼は心の中で理不尽な叫びを上げていた。
(くそっ!俺がいなかったら絶対死んでただろ! なんで俺が怒られなきゃならないんだ!あの完璧すぎる執事の母は、理不尽さまで完璧なのか!)
グリムは、命の危機と勇者の一族の裏の真実を知りながら、理不尽な喫茶店の新人執務を再開するしかなかった。




