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「裏の執務」の崩壊と、弟の非論理的な一矢



 

1. 隠された真実と騒音の正体

グリムが喫茶店の**「裏の執務」を、「新人の執務」として完璧にこなすようになって数週間が経った。彼の身体からは無駄な動きが消え、淹れるコーヒーには数理的な安定感**が宿り始めていた。

 

しかし、最近になって、マスターが**「野暮用」とだけ言って突然姿を消す頻度が増えていた。その時に限って、外から硬質な衝突音や、魔力の爆発音のような大きな音**が聞こえる。グリムは、修行に集中するため、特段気にしないように努めていた。

 

ある日の午後、客足が途絶えた時、マスターが再び静かに「野暮用」でカウンターの裏へ消えた。直後、今までで一番大きな轟音が王都の裏通りに響いた。

グリムは、思わず窓の外を覗いた。暗がりの路地で、喫茶店のマスターではない、勇者の一族の戦士の顔をしたマスターが、黒い影と対峙しているのが見えた。

 

「まさか……この半年間、マスターは……!」

 

グリムは、修行を終えた自身の執務の限界を知るため、誰にも気づかれないように喫茶店の扉をロックし、マスターの**「裏の執務」**の跡を追った。

 

2. シエルの顔を持つホムンクルス

グリムがたどり着いた路地の奥では、マスターと黒装束の男が対峙していた。グリムは壁の影に隠れ、耳を澄ませた。

 

「ほう。まさかここまでホムンクルスと実力の差が浮き彫りに出るとはな。この半年、我々の襲撃をすべて一人の女に追い返されるとは、頭領に合わせる顔がない」

 

黒装束の男の言葉は、グリムの数理的な推測を事実に変えた。この半年、グリムが安息を得るために雑務に勤しんでいる間、マスターは命懸けの裏の執務を遂行していたのだ。

 

男は苛立ちを露わにし、地面に杖を叩きつけた。

 

「良い加減、攻めきれないから数で勝負を付けに来ましたよ」

 

男の呼びかけに応じ、五人のホムンクルスが路地に姿を現した。そして、その顔を見たグリムは、思わず吐き気を催した。

 

(気持ち悪い……!)

 

五体のホムンクルスの顔は、全て忌々しいほど完璧な、シエル・ヴァルカスそっくりの顔をしていた。

 

マスターは、右手の指輪からメリケンサックのような金属製の得物を錬成すると、瞬時に5体のホムンクルスへと突撃した。その無駄のない動きと最小限の魔力消費は、グリムが半年かけて学ぼうとした技術の極致だった。

 

マスターは、次々とホムンクルスを撃退し、黒装束の男を追い詰めていく。

 

3. 命の盾とマスターの甘さ

黒装束の男は、マスターの圧倒的な強さに焦り、周囲を見回した。そして、路地を通りかかった民間人を掴み、盾にした。

 

「動くな、勇者の一族の女!その武器を捨てろ!でなければ、この女の命の数式はここで崩壊するぞ!」

 

マスターの動きが止まった。彼女は家族の愛を守る者として、民間人の命を犠牲にすることは数理的に不可能だった。

 

彼女は、言われた通りメリケンサックを地面に捨てた。

 

「……愚かな。貴様らのような甘い勇者の血が、我々の完璧な理想郷を阻む」

男は嘲笑し、ホムンクルスたちに命じた。「やれ!」

シエルそっくりのホムンクルスたちの、非情な攻撃がマスターに集中した。マスターは、メリケンサックという最小限の武器を失い、素手で攻撃を受け続けた。彼女の身体は血に濡れ、瀕死寸前まで追い詰められていた。

 

4. 非論理的な一矢

グリムは、壁の陰でその惨状を目の当たりにした。自分の師であり、姉が愛する男の母が、自分の命を削ってまで、見知らぬ民間人を守っている。

 

(くそっ!俺は……俺はいつも姉さんに**「この男は弱い」だの、マスターの雑務に「うるさい」だの愚痴**を溢すくせに……!いざという時、命を懸けることもできない自分に腹が立つ!)

 

彼は、論理も師の教えもプライドも全てを捨てた。彼の心に残ったのは、大切な人を傷つける存在への純粋な怒りだけだった。

 

グリムは、弓道着もゆかけもない状態で、左手の腕輪に全魔力を込めた。マスターが**「無理だ」**と言った、非論理的な行為だった。

 

腕輪は、グリムの感情的な衝動に呼応するように、黄金の弓へと不完全ながらも変形した。グリムは、魔力の矢を無理やり練成した。矢は、一瞬で光の粉になりかけるが、半年間の集中力が最後の粘りを見せた。

 

グリムは、矢が完全に霧散するまでのわずかな時間を計算し、一か八か、民間人を盾に取る黒装束の男めがけて、会心の一矢を放った。

 

矢は、グリムの復讐と怒り、そして姉の安息を願う執念を乗せて、夜の闇へと飛び出した。


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