六ヶ月間の非論理的試練と、弟の執念
1. 喫茶店の日常と非論理的な数式
グリムが喫茶店の**「裏の執務室」で働き始めてから、数日が経った。彼の任務は、ひたすら清掃と雑用**だった。
カウンターの奥では、マスター(シエルの母)がグラスを磨きながら、グリムの動きを常に数理的な厳しさで評価し続けた。
「遅いぞ、新人のグリム君。その床の拭き方では、ホムンクルスの汚れも取りきれない。もっと一点に集中し、魔力的な無駄を削ぎ落としなさい」
「早くしてくれないか。そのグラスの拭き方には、非論理的なムラがある。完璧執事の弟としては、完璧な成果を期待しますよ」
グリムは内心、「うるさい、やってるだろ!俺は貴族だぞ!」と何度も叫びたくなった。しかし、「帰ってくれても構わない」というマスターの言葉が、彼のプライドを縛り付けていた。
グリムは、怒りと反骨心をエネルギーに変え、床やテーブル、食器の掃除から洗い物まですべてを、軍事アカデミーのトップにふさわしい完璧なスピードと正確さでこなすのだった。
「終わったぞ!次持ってこい!」
グリムは業務を終えるたびに宣言したが、それは単なる次の執務への移行を意味するだけだった。
2. 最初の壁と走り込みの追加
最初の週が過ぎ、楽しみにしていた修行の日がやってきた。グリムは、山で弓道着を纏い、腕輪を弓に変形させ、的を狙った。
矢を放つと、以前より飛距離は少しだけ伸びたものの、結果は変わらなかった。矢は空中で魔力の制御を失い、光の粉となって消えていった。
「先週と魔力操作の数式が全く変わりませんね。これでは、シエル様の最小限の演算には程遠い」マスターは、グリムの努力を数理的に無効だと指摘した。
「拭き掃除にはなれて来た頃合いだろうし、次からは仕事の後、ここで走り込みをしていて下さい。身体的な体力と魔力のリソース管理を同時に鍛えます」
マスターはそう言い残し、さっさと山を下りて行った。
(舐めやがって……!ただの体力バカにさせるつもりか!)
グリムはイライラしながらも、「言われた通りには絶対に負けない」という反発心を動力源に、毎日王都の裏通りを走り続けた。
3. 三ヶ月の停滞と自前の矢
そこから三ヶ月が経過した。グリムの肉体は引き締まり、喫茶店での動きには数理的な無駄が消えていた。
三ヶ月ぶりの修行の日。グリムが矢を放つと、ついに矢は的に当たるようになった。しかし、矢は的を貫くことなく、衝撃と共に光の粉となって消えた。
「飛距離が伸びても、魔力操作がまるでなってないですね。矢を物質として固定化する技術が欠けている」
マスターは、グリムの小さな喜びを数理的な事実で打ち砕いた。
「次にやるべきことは、矢を自分の魔力で創り出せるように訓練して下さい。今までは私が事前に用意した矢を使わせていましたが、本来勇者の武器は自分の魔力で構成されます。ゆかけの力を使えば魔力の出力は得られますが、その構成の数式を覚えない限り、矢は存在確率の低い非論理的な物質のままだ」
「自前の弓矢」の訓練は、さらに非論理的な苦行だった。彼の腕輪は矢を生み出そうとしても、すぐに魔力が霧散した。
4. 半年の到達点と卒業
さらに三ヶ月が過ぎ、修行開始から半年を迎えた頃。
グリムが集中して魔力を込めた。カチッという小さな音と共に、腕輪から放たれた矢は、ついに的の表面に刺さった。命中率は低く、浅く刺さっただけだが、矢は光の粉にならなかった。
グリムは、人生で初めて、自分の力で物質を構成し、目標に到達したことに、アカデミーのトップに立った時以上の喜びを感じた。
しかし、彼の喜びもつかの間だった。
それからも修行の項目は数ヶ月おきに増えていき、体術、魔力演算の応用、さらには精神的な安定の訓練などが次々と課された。グリムは、マスターに弱音を吐くまいという反発心だけで、それらを全て乗り越えていった。
そしてある日、マスターはいつものように皿を拭いているグリムに、静かに告げた。
「グリム様。もう私から教えることはありません。後は、ご自分で調整して下さい」
グリムは、達成感と寂しさが入り混じった複雑な表情でマスターを見つめた。
「ですが、一つだけ。この店での仕事には遅れずにちゃんと来て下さいね。あなたの裏の執務は終わっても、喫茶店の新人の執務はまだ終わっていませんから」
マスターは、優しい笑顔を浮かべたが、その瞳は**「私のおごりの報酬のためにも、逃がしませんよ」**と語っていた。
こうして、グリムは**「勇者の修行」を終えながらも、「喫茶店バイト」という新たな人生の執務**を背負わされることになったのだった。




