血の告白と、勇者の終焉
1. 宿命の告白と絶望の演算
シエルは**黄金の槍**一本で、進化を遂げたホムンクルスと、謎の黒装束の男による強力な呪詛の猛攻を防いでいた。シエルの演算回路は限界を超え、アリアのポーションで得た安定さえも揺らぎ始めていた。
その時、黒装束の男が不気味な笑みを浮かべ、シエルに問いかけた。
「完璧な勇者よ。貴様は、我らがホムンクルスが何でできているか、知っているか?」
シエルは、槍を盾のように構えながら、冷徹な声で答えた。
「さあね。錬金術と数理魔法による、不完全な人工生命体、それ以上でも以下でもない」
男は、嘲笑うように首を振った。
「違うな。貴様、半分だけ正解だ。我々のホムンクルスは人間の血だよ。それも、古くから存在する勇者の血さ」
シエルの表情が、初めて完全に崩壊した。
「古くは、王族の血が最も魔力定着率が高く最良とされてきたが、なかなか手に入らない。だから我々は、最も純粋で濃い魔力を持つ勇者の里の子供たちを攫ってきたんだ」
男の言葉は、シエルの脳裏に、幼い頃の里の惨劇と、剣を振るってしまった悲劇の記憶を鮮明に蘇らせた。
「だが、いつからか勇者の里は完全に姿を隠し、我々も困っていたんだ。…本当に、完璧な勇者が、わざわざ王都に姿を現してくれて嬉しいよ」
黒装束の男は、喜びを隠さずに笑った。
その瞬間、シエルの中で、すべての数式が結実した。
(僕と同じ容姿のホムンクルス…それは、僕の里の誰か。そして、僕が恐れ、封印しようとしてきた勇者の血の宿命が、この悲劇の連鎖を生み出していた…!)
ホムンクルスは、彼が救えなかった里の子供たちの成れの果てかもしれない。そして、彼は、自らの血が、敵の力の源となっているという、究極の自己矛盾に直面した。
2. 禁断の剣と、決死の抵抗
シエルは、完璧な執事としての理性を完全に捨て去った。彼の脳裏には、アリアの温かい膝枕と、「家族を守る」という唯一の数式だけが残っていた。
「負けられない理由が、出来ただけだ」
シエルは、心の中で呟いた。その言葉は、トラウマや使命を超えた、純粋な決意だった。
彼は、左手首の黄金の腕輪に、自身の魔力のすべてを集中させた。
キンッ!
**黄金の剣**が、轟音と共に具現化された。それは、シエルが最も恐れ、封印してきた、理不尽なまでの断罪の暴力の象徴。
剣の出現と同時に、シエルの演算魔力は、制御不能な暴走を始めた。
「馬鹿な!貴様、剣を…!」黒装束の男が驚愕する。
シエルは、自らのトラウマが暴発し、周囲に被害が及ぶことも顧みず、剣を振り上げた。彼の剣は、進化を遂げたホムンクルスの鋼鉄の装甲を、一瞬で数理的に解体することを可能にする。
だが、その一瞬の躊躇が、致命的だった。
シエルが剣を振り下ろす直前、ホムンクルスが驚異的な身体能力でシエルの懐に飛び込んだ。彼女は、シエルの剣を両手で受け止め、勇者の魔力を抑え込んだ。
「…無駄よ。貴方は、仲間を傷つけることを恐れる。その不完全な感情が、貴方の数式の最大の欠陥だ」
ホムンクルスは、冷酷にシエルを抱え込んだ。
「さあ、ご協力願おうか、完璧な勇者。貴様の血は、我々の至高のポーションとなる!」
黒装束の男が、シエルに近づいた。その手には、禍々しい呪詛が刻まれた、注射針が握られていた。
男は、シエルの首筋に針を突き刺した。
3. 永遠の安息
ブシュッ――。
針がシエルの血管に到達した瞬間、シエルの黄金の魔力が、凄まじい勢いで逆流し始めた。
「ああ、素晴らしい!なんと濃密な魔力だ!これこそが、真の勇者の血!」
黒装束の男は歓喜の声を上げた。
シエルの身体から魔力が奪われるにつれて、彼の演算回路は停止し、彼の意識は急速に遠のいていった。
最後に、シエルの脳裏に浮かんだのは、乱暴な言葉の中に優しさを秘めたリリアンヌ姫の顔でも、剣のトラウマでもなかった。
彼の視界が完全に閉ざされる直前、彼はアリアの私室のソファを思い浮かべた。
(お嬢様……だらしない愚痴を、もうこぼせないかもしれない……。僕は、完璧な執事に……戻れない……)
シエルは、愛する家族の温もりを最後に想いながら、すべての魔力と意識を失い、冷たい瓦礫の中に、完璧な仮面を失ったまま、崩れ落ちた。
黒装束の男は、注射針を抜き取り、満足そうに笑った。
「計画通り。これで、**数理要塞**は、我々のものだ」




