不調和な和解と、学園の炎上
1. 王城への同行と突然の誘い
その日、シエルはアカデミア・マギカでの潜入学生「シード」としての職務、すなわち王都への重要書類の提出を終え、学校の玄関を出たところだった。彼の表情は、一瞬の気の緩みもない完璧な執事そのものだ。
「ちょっと、そこの完璧な執事!」
聞き慣れた不調和な声が、シエルの背後から響いた。リリアンヌ姫だった。
「姫様。何か御用でしょうか。私は急ぎ数理要塞へ戻る必要が――」
「うるさいわね!いいから、そのまま私の護衛として王城まで着いてきなさい。護衛というより、荷物持ちかしら」
姫の言葉は乱暴だったが、シエルは勇者の末裔としての義務から、冷静に一礼し、姫の要求に従った。
シエルと姫が王城へと向かうため大通りを歩き始めた直後、アリア・ラプラスが、偶然にも要塞への帰路につくため学園から出てきた。
アリアは、昨日禁断の想いを吐露してしまったこと、そしてシエルに自己犠牲的な行動をとらせてしまったことを深く後悔していた。シエルに顔を合わせるのが気まずく、今日は彼が王都滞在中に渡すはずだった鎮静剤の改良版を準備していたのだ。
アリアは、遠目からシエルと姫の姿を見て、心が締め付けられた。
(シエルは、私との不穏な関係まで、彼の完璧な義務として背負っている……)
アリアは二人に声をかけるのをためらい、少し距離を置いて、そっと後ろからついて行くことにした。
2. ジュースの席での不器用な謝罪
リリアンヌ姫は、シエルを王城のすぐ近くにある、彼女のお気に入りのジューススタンドへと連れ込んだ。王族の姫がジュースを飲むという、非公式で不調和な場所だった。
姫は、特注の鮮やかな青色のジュースをストローで啜りながら、シエルに切り出した。
「昨日は悪かったわね。アンタがどう思おうが勝手だけど、アリアとギクシャクした関係を続けたくはないのよ」
彼女の言葉は相変わらず攻撃的だったが、その意図は和解だった。
シエルは、姫の真意を完璧に演算し、冷たい氷水を一口飲んで答えた。
「姫様。お気遣いありがとうございます。しかし、お嬢様との関係は当事者同士の問題です」
「そうよ、だから、どうすればいいか聞いてるんでしょうが!私、あの女のことが、完璧じゃない貴方を庇う姿を見て、ムカつくけど…嫌いじゃないわ。貴方が完璧なフリをするのも、彼女と私が険悪になるのも、非効率的で腹が立つのよ!」
姫は、**「不器用な優しさ」と「効率」**という、矛盾した理由で和解を求めていた。
シエルは、内心、月がひっくり返ってもありえないと考えた。アリアの禁断の愛が絡んでいる以上、数理的な解決は不可能だ。しかし、彼は執事の義務として、論理的な回答を提示した。
「姫様。最も効率的なのは、素直に謝って、お嬢様の感情を認めて差し上げることです。貴方自身が不完全な人間であることを認めることが、お嬢様の信頼の数式を修復するでしょう」
「私が不完全だと…?生意気な!」
姫は怒ってジュースを勢いよく飲み干したが、シエルの冷徹な助言の正しさを理解していた。彼女は**「フン」**と鼻を鳴らし、立ち上がった。
3. アリアの決意と、学園の爆発
二人の会話を、少し離れたカフェの窓越しで聞いていたアリアは、胸が張り裂けそうだった。
(シエルは、私の感情の爆発のせいで、姫様との個人的な問題の仲介役までさせられている……!)
シエルが、愛する家族のために冷たい仮面を被り、最も不本意な役回りを演じていることが、アリアには痛いほど伝わってきた。
「私はなんて愚かなことを……」
アリアは、昨日シエルに**「貴方の婚約相手が私だったら」**と吐露してしまったことを深く後悔した。
彼女は、次にシエルに会った時、真っ先に謝罪し、「家族」としての境界線を自ら引き直すことを決意した。たとえそれが、禁断の愛を永遠に封じ込めることを意味しても。
アリアが、強い決意を胸に立ち上がったその瞬間――
ドオオオオン!!!
轟音と共に、彼女が先ほどまでいたアカデミア・マギカの方向から、巨大な炎と黒煙が立ち上った。地響きが王城の近くにまで伝わり、人々はパニックに陥った。
シエルとリリアンヌ姫も、その爆発に同時に視線を向けた。
シエルの演算回路が、瞬時に警告を発した。
(これは、単なる事故ではない。磁力呪詛と錬金術の暴発が複合している!ホムンクルス、それとも内通者の仕業か!?)
シエルの顔から、すべての表情が消えた。彼は、姫への一礼も忘れ、勇者の末裔としての本能に従い、爆発現場めがけて走り出した。
「待ちなさい、完璧な執事!」リリアンヌ姫の制止の声も、シエルには届かなかった。
アリアは、カフェの窓から、走り出すシエルの後姿と、学園から立ち上る黒煙を同時に見た。彼女の頭には、ある恐ろしい可能性が浮かんでいた。
(学園は、私の数理要塞の結界の設計図と、シエルの剣のトラウマに関する重要な記録が保管されている場所だわ!)




