表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

好きな人にされると嬉しい10のこと

作者: じょーい
掲載日:2025/10/14

 俺には好きな人がいる。彼女の名前は清水 舞(しみず まい)

 彼女は俺にとって初恋だ。

 中学まで一度も好きな人が出来たことはなかった。だから、高校に入って、初めて彼女を見たときは自分の中に衝撃が走った。


 女子と話をするのは初めてではないのに、彼女の前で話そうとすると、言葉で喉が詰まる。

 せっかくの会話の機会が訪れても、ほとんど喋らず無口で過ごしてしまう。


 そんな、もどかしい日々を過ごしていた。


ーー月曜日


 今日も部活の朝練のつもりで早めに家を出た。

 だが、通学路には誰もいない。


 あ……そっか、今週は期末試験が近いから朝練がないんだった。


 俺はため息をつき、仕方なく教室へ向かった。


 教室の扉を開けると、窓際の一番後ろに一人、女子が座っている。

 彼女は扉が開いたのに気づくと、驚いた顔で振り向いた。


「え?田中君?」


「清水さん?」


「あ、朝早いんだね」


「し、清水さんこそ……」


 教室に入り、彼女の机をチラッとみると、教科書やノートが広がっていた。


「勉強してたの?」


「え?あ、うん……テスト前はこうやって早く来てるの」


「そうなんだ……えらいね」


 一瞬にして沈黙が流れる。


 どうして俺は、ここで黙ってしまうんだ……もっと話しかけろよ。あぁ、でも何も浮かばない。何を話せばいいかわからない。


 すると、彼女は机に向き直すと問いかけた。


「田中君も勉強しに?」


「え?あ、俺は朝れ……いや、そう勉強しに」


「そ、そうなんだ」


 俺は廊下側の真ん中の机に向かって歩いた。


 自分の席につくと、机から適当な教科書を取り出し、ペンを握り、勉強する姿勢に入ったがーー全然集中できない。

 結局、教科書を眺めていることしかできなかった。


 しばらくして、少し落ち着いた俺は、教科書を眺めながら悩んだ。


 テスト範囲ってどこ?


 ペンを持ってから数分、何も書かずにいると、清水が突然声をかけてきた。


「さっきからペン全然動いてないね……分からないところでもあるの?」


 俺は彼女に振り返り、頭をかきながら答えた。


「あ、えっと……実はテスト範囲ってどこからだっけなって考えてて」


 すると、彼女はぷっと吹き出し、口元を手で隠して笑った。


「フフッ……なに?そこから?」


「うん……恥ずかしながら……もしよかったら、どこからか教えてくれない?」


「いいよ」


 そう言うと彼女は微笑みながら、ゆっくり立ち上がり、俺の方に近づいてきた。


「あ、ありがとう」


 彼女は俺の後ろに立つと、教科書を覗き込んだ。

 シャンプーの香りが髪からふわっと漂う。


 近い……やばい緊張する……


 恥ずかしさのあまり、俺は咄嗟に首を傾けて少し距離を取った。

 すると、彼女は顔を上げ、フッと微笑んだ。


「今開いてるページ、前回のテスト範囲だよ」


「え?まじ?通りで見たことあるなって思ってたんだ」


「なにそれ、絶対嘘でしょ、ふふっ」


 笑顔で勉強を教えてくれる彼女に、ただ夢中になっていた。

 しかし、この楽しい時間もあっという間に過ぎ、気づけば廊下から生徒の声が聞こえてくる。


「あ、そろそろ他の人も来る頃だね」


 彼女はそう言うと、自分の席へ戻っていった。



ーーその日の夜


 学校から帰った俺は、ベッドにダイブし、朝のことを思い出していた。


 なぜ、あそこで面白いことが言えなかったのか、どうして、もっと話さなかったのかーーそんな後悔が次々と頭を巡った。

 しかし、彼女の笑顔や勉強に向かう真剣な顔を思い出すたび、心が躍った。そして、決心した。

 ーー絶対に彼女にしたいと。


 しかし、俺は今まで彼女など出来たことがない。友達も下ネタや女子の話はしても、好きな人の話まではしなかった。だから、どうやって女子にアプローチすればいいのか、まるで分からなかった。


 そこで、スマホを取り出し、とりあえずネットで調べてみることにした。

 『好きな人と両思いになる方法』と検索すると、色々なサイトが出てくる。


『彼女を作る方法』『告白の仕方』……


 上からサイトを開いて読んでみるも、どれもピンとくるものはなかった。


 次にオンライン動画を再生してみた。

 恋愛相談の動画がずらりと並ぶ。

 その中で『女性が好きな人にされると嬉しい10のこと』というタイトルの動画が目に入った。


 思わず、タップして再生する。


 その動画には若い女性がカメラに向かって手を振っている。


『やほー!あいなで〜す!

 今日はね、好きな男性にされると嬉しい10のことを紹介していこうと思いま〜す!


 これされたらマジでキュンとする!っていうやつ!

 SNSとか友達とかにも聞いて、色んな意見を集めてみたので、ぜひ共感できるかチェックしてみてください!


 しゃあ、早速いきましょう!


 嬉しいこと、まず一つ目!

 ストレートに好意を伝えてくれること。


 たとえば、今日一緒にいて楽しいとか、また会いたいなって、素直に言ってくれるのがめちゃくちゃ嬉しい!


 なんかね、変に駆け引きされるよりも、ちゃんと気持ちを言葉にしてくれた方が、うわ〜この人いいな〜って思うんですよね。


 これはほんと、あるあるだと思う!……』


 俺はこの動画を見ならがら思った。


 ……これだ。全部真似すればきっと、彼女の気を引ける。


 期限は彼女が早朝に学校へ来る今週だ。それまでに必ず……

 俺はそう決心した。



ーー火曜日


 俺は一番に教室に入り、机に教科書を広げ、彼女を待った。

 教室に着いてから、5分ほどで彼女もやって来た。


「おはよう!清水さん」


「あ、おはよう……今日は早いね」


「うん……」


 まず、試してみるのはこれだ!

 『ストレートな好意を伝える』

 自分の気持ちを素直に伝えてもらえると、女子は嬉しいらしい。


 俺は勇気を振り絞り、口を開いた。


「清水さんとまた勉強できると思うと嬉しくて!早く着いちゃったよ」


「え?」


 よし、言ったー!完璧だ。噛まずに言えたぞ!緊張した〜やばいなこれ、心臓バクバクだし、めちゃくちゃ恥ずかしいな。


 すると、彼女は一瞬立ち止まり、驚いた顔を隠すように目を逸らした。

 しばらくして、そっと歩き始める。


 あれ?効果なし……いまひとつですか?結構勇気だして言ったんだけどなぁ。


 彼女は普段通り席に着き、教科書を広げた。

 なぜか、無言のままだ。

 俺はこの空気に耐えきれず、声をかけた。


「あ、あの……また、分からないところあったら、教えてくれないかな?」


「え?あ、うん……いいよ」


 ぎこちない……嫌がっているようにも見える。完全に失敗だったのだろうか?

 ならば次に動画で紹介してた、『一緒にを提案してくれる』これを使おう。


 俺は意を決して、教科書をもち、席を立つと彼女の元へ向かった。


「あのさ、もし嫌じゃなければ、隣で一緒に勉強してもいい?」


「え?その席で?」


「うん、だめかな?……分からないところあったら、すぐに聞けていいかなって思ったんだけど」


「そ、そういうことね……う、うん。いいよ」


 こうして今日は彼女の隣で勉強することに成功した。しかし、なぜだろう。昨日より少し距離がある感じがした。



ーー水曜日


 今日は清水の方が早かったようだ。

 教室に着くと、彼女は淡々と勉強していた。

 扉を開けても彼女は振り向こうともしなかった。


「おはよう、清水さん」


「あ、おはよう」


 やはり、昨日から少し冷たい感じがする……責めすぎたか?

 いや、でもこんなふうに一緒にいられるのは、今週までだ……俺には時間がない。

 大丈夫!あの動画を信じて行動するのみだ。


 俺は決心を固め、再び彼女の元へ歩み寄った。


「また、隣座っていい?」


「う、うん……いいよ」


「ありがとう……」


 彼女の近くにいくと、昨日との変化に一目で気づいた。

 それと同時に動画の『ちょっとした変化に気づいてくれる』が実践できる!と考えていた。


「あれ?清水さん……今日はメガネなんだね」


「あ、うん、昨日コンタクトしたまま寝ちゃって、今日はメガネにしてみた……」


 まてよ……この流れ『褒め言葉をもらう』が使える!


「メガネ姿も似合ってるね……」


「あ、ありがとう」


 もう一歩、もう少し踏み出せ俺!


「えっと、か……か、可愛いと思うよ」


「え!あ、ありがとう……そんなに褒めなくても」


 決まったー!流石に今のは効いたでしょ!

 もう、恥ずかしくて彼女の顔見れないけど、きっと頬を赤くしてるはず!


 しばらく黙り込んでいた彼女は突然立ち上がった。


「ごめん、ちょっとトイレ……」


 そう言うと小走りで教室を出ていった。

 俺はここで少し後悔したーーやはり、可愛いは流石に言い過ぎだったのかと。


 その後、彼女はしばらく教室に戻ってこなかった。



ーー木曜日


 今日は学校の下駄箱で彼女と会った。

 彼女も俺に気づくと手を振って笑顔で口を開いた。


「あ!おはよう田中君」


「お、おはよう」


 昨日のよそよそしさが嘘のように今日の彼女は明るかった。


 手まで振ってくれるとは……これは一歩前進なのでは?動画の『男性にされると嬉しい10のこと』がようやく華開いたのか?


 彼女はポカンとした俺の顔を見ながら、首を傾げる。


「どうしたの?もしかして、まだ寝てる?」


「いや、そんなこと、ちゃんと起きてるよ」


 この明るい清水になら今日は『名前を呼ばれる』ができそうだ。


 俺は下駄箱に靴をしまいながら、彼女に問いかけた。


「ま、ま……舞はさ、今日はメガネじゃないんだね」


「え!」


 いきなり名前を呼んだのは、流石にまずかったのか、一瞬で気まずい空気が漂う。


「ご、ごめん勝手に名前呼んで……俺たちそこそこ仲良くなれたのかって……だから、舞って呼んでも大丈夫かなって……ハハッ」


「だ、大丈夫だよ……そうだよね、最近は毎日一緒に勉強してたもんね……じゃ、じゃあ私も翔太って呼ぶね」


 よかった〜引かれなかった。てか、俺の名前も呼んでくれる流れになったんだけど。ラッキー!


 俺は彼女の後ろを歩きながら、背負っていたリュックとは別の荷物に目を向けた。


「それ、何?」


「あ、これは、吹奏楽部から借りてた楽器、今日返さないといけなくて」


 今日はツイてる。神様は俺に微笑みかけている。『困ったときにさりげなく助けてくれる』をやれと言われている気がする。


 俺は彼女の有無も聞かずにその荷物に手をかけた。


「持つよ。重かったでしょ?ここまで」


「え、だ、大丈夫だよ……えっ本当にいいの?」


「うん、大丈夫」


「……ありがとう」


 彼女は恥ずかしそうに微笑むと、また歩き始めた。

 そのまま教室へ向かい、扉の前までくると、『さりげない気遣い』でもあるドアを開けてあげるを実践した。


「どうぞ」


「あ、ありがとう」


「この扉さ、最近ちょっと重いよね」


「う、うん……私もそれ思ってた」


 俺は彼女と話ながら当然のように隣に座ると、教科書を広げた。


「あ、そうそう、昨日さ勉強してて、ここがよく分かんなかったんだけど、ちょっと教えてくれない?」


「ちゃんと夜も勉強してたんだね!偉い偉い」


「ちょっ、当たり前だろ」


 彼女はニヤッと笑い、俺の横に椅子を近づけると、教科書を覗き込んだ。


「最初はテスト範囲も分からなかったのにね」


「そ、それは勉強始める前だったから」


「私がいなかったらどうするつもりだったの、フフッ」


「そしたら、隣のやつにでも聞いてたよ……誰か来るまではぼーっとしてただろうけど」


「隣の人って、牧野さん?そう言えば仲良いよね彼女と……」


「そうかな……あいつは誰とでも仲良く話すだろ、コミュ力お化けだし」


「ふ〜ん、そっか」


 ん?この話の流れなら『独占欲をチラッと見せる』に持っていけるじゃないか。


「舞は、どうなの?例えば俺が今座ってる席の、西川とか……仲良くないの?」


「ん〜そんなにかな……彼、教科書忘れること多いから、よく見せてあげたりはするけど」


 よしきた、ここだ!


「そういや昨日も見せてたもんな……なんか俺、舞がそうやって他のやつに優しくするの、見てて嫌なんだよなぁ」


「え?ちょ……なにそれ……」


 一瞬、動揺したようにも見えたが、彼女は笑いながら、教科書を見つめ直した。


「ほら、ここの問題でしょ?教えるよ?」


「あ、そうだった……忘れてた」


 そんな会話をしながら今日も勉強が始まった。



ーーその日の放課後


 俺は下駄箱から靴を取り出しながら、ふと外を見た。


 雨が降っている……朝はあんなに晴れていたのに。


 そんなことを考えていると、帰る生徒たちの集団の中に清水を見つけた。

 俺は急いで靴を履き、彼女に声をかけた。


「よう、舞!何してんの?待ち合わせ?」


「あ、翔太!ううん、傘忘れちゃって……どうしよっかなって悩んでたの」


 すごいな……ここまでくると、わざと俺に『嬉しいこと』を披露させようとしているようにも見える。


 俺は持っていた折り畳み傘を開き、彼女に問いかけた。


「じゃあ、入りなよ……一緒に帰ろうよ」


「え?いいの?」


 そう言うと、彼女は周りをチラチラ見始めた。


「あぁ、毎日勉強教えてくれるお礼」


「そ、そっか……ありがとう……でも、今日は大丈夫……友達がそろそろ来てくれると思うから」


 あ……え?断られるの……?


 思ってもいなかった。なんなら、わざと傘を忘れたんだじゃないか。そんなことまで考えていたのだから。


「え……あ、そっか、友達ね!あ、じゃあ俺はもう帰るよ……気をつけてね」

 

 そう言うと、俺は小さく手を振り、彼女の元から立ち去った。



ーーその日の夜


 俺はベッドにダイブし、放課後の下駄箱前の出来事を思い出していた。


 仲良くなれたと思っていた。いや、仲良くはなれていた。しかし、なぜあそこで断られたのか分からない。

 もちろん、本当に友達を待っていたという可能性もある。でも、彼女は言った「傘忘れちゃって、どうしようか悩んでいた」と。

 つまり、俺とは一緒には帰りたくないと、そういう意味にもとれる。

 やはり、一週間程度の朝の勉強会くらいでは、そこまで仲良くなるのは無理なのか。


 考えても仕方ないと思い、スマホで『女性の気持ち』やら、『断る時の女性の心理』なんかのサイトを読み漁った。

 しばらく調べているうちに、気づけばまた、『女性が好きな人にされると嬉しい10のこと』の動画に辿り着いていた。


 俺は何も考えずタップし、ふと、コメント欄を開いた。

 そこに書かれている内容をみて思わず息を呑んだ。


『これってさ、好きな人とか彼氏されるとめっちゃ嬉しいけど、好きでもない人にされると、クソキモくね?』

『イケメンに限る』

『自分は好かれてると思い込んで、これしてくるやついるけど、まじでうざい。お前にされたくはないんだわって思う』


 この辛辣なコメント欄と今週の俺が重なって見える。

 そして、ようやく気付いた。この動画は『好きな人にされると』が重要だったんだと。


 今までの努力は全て、彼女にとっては気持ちの悪い行動だったのだ。

 好きでもない俺からされて……さぞ気持ち悪かっただろう。


 俺の胸にズキンと痛みが走り、彼女の今までの反応を思い返し、恥ずかしさが込み上げた。


 彼女も俺に勉強教えてばかりで、自分の勉強できてなかったように見えるし……相当迷惑だったろうな。

 一人で舞い上がって……バカだな俺は。


 明日は早朝に学校行くのやめよう。



ーー清水視点


 私は期末試験前には必ず学校に早くきて、勉強をする。理由は家では眠くてできないから。

 朝は苦手だけど、夜もそんなに遅くまで起きていられない。だから、頑張って早起きして学校で勉強する。

 きっと、行けばやらないとって気持ちになるから。


ーー月曜日の朝


 教室には朝日が差し込むも、まだ少し薄暗い。

 

 この瞬間はいつみても新鮮だが、電気をつければ見慣れた風景に早変わり……こんな早くに来なくても良かったかなと一瞬にして後悔が頭をよぎる。


 誰もいないから気楽だけど、やっぱり静かなところって眠くなる。

 席について教科書を広げた後、何度あくびをしただろう。


 うとうとしていると、突然教室の扉が開いた。

 私が振り向くと、そこには田中がいた。


「え!田中君?」


 驚いた……なぜこんな朝早くに学校へ……?


 田中翔太……彼と私は全く別の人種だ。

 勉強が取り柄で物静かな私に比べて、彼は陽気でいつも友達とクラスの中心で笑っているようなタイプ。

 しかし、私には引っかかることがある。

 それは、あんなに男女分け隔てなく話す彼が、私と話すときだけ無口になること。

 ……少し考えれば簡単にわかる。彼にとって私は苦手なタイプなのだろう。最悪、嫌われてるのかもね。

 彼の気持ちを汲んで、私もなるべく話さないようにしていた。


 彼は教科書を広げている私の机をチラリと見ると、「勉強してたの?」と問いかける。


「テスト前はこうやって早く来てるの」


「そうなんだ……えらいね」


 私は机に向き直り、田中にも同じ質問をした。


「田中君も勉強しに?」


「え?あ、俺は……そう勉強しに」


「そ、そうなんだ」


 まぁ嘘だろう……その反応から察するに、部活の朝練があると思って早くきたとか、そんな理由だろう。


 しかし、すごいものだ。嫌っているはずの私に対しても、こんな風に笑って話してくれるんだから……これが陽キャのコミュ力というものなのか……ぎこちなさはあっても、嫌っているとは思えないほど無邪気な笑顔を向けていた。


 彼が席についてから数分、沈黙だけが続いた。教室に響くのは私のペンが走る音だけ。


 このまま黙っていたほうがいいと分かっている。けれど彼はまるで「話しかけてくれ」と訴えているかのように、動かずに教科書を見つめるだけだった。

 その様子が気になって、私はつい口を開いてしまった。


「さっきからペン全然動いてないね……分からないところでもあるの?」


 すると、彼は驚きの返答をしてきた。


「実はテスト範囲ってどこからだっけなって考えてて」


 私は思わず、ぷっと吹き出した。

 引き攣った彼の顔を見れば、冗談で言ったことではないと分かった。しかし、その困り顔が余計面白く感じる。


「なに?そこから?」


「恥ずかしながら……よかったら、どこからか教えてくれない?」


「いいよ」


 そう答えると私は彼の机まで行って教科書を覗いた。

 しかし、顔を近づけただけで、ふいっと避けらる。


 そんな、あからさまに避けなくても……


 私は、フフッと微笑み、避けたことに気づいてないふりをした。


 でも、そこから先は意外と楽しかった。

 嫌われているかもしれないのに、どういうわけか彼とは話しやすかった。

 そんな時間はあっという間に過ぎていく。


 やがて、教室の外が急に騒がしくなる。

 二人で勉強していたところを見られたくない……そう思った私は、そこで区切りをつけるように教えるのをやめ、自分の席へ戻った。



ーー火曜日


 今日は少し遅れてしまった。田中君はもう来てるのだろうか?いや、来てるわけないか……私がいるって分かってるんだから……


 教室の扉を開けた瞬間、田中がすでに机に向かって座っているのが目に入った。


 驚いた……今日もちゃんと来てるなんて。


 「おはよう」とお互いに挨拶した後、「今日は早いんだね」と聞くと、驚きの返答をした。


「清水さんとまた勉強できると思うと嬉しくて!早く着いちゃったよ」


 その言葉を聞いて、私はつい立ち止まった。


 え?私のこと嫌いじゃなかったの?

 そんなに昨日楽しかった?私も楽しかったけど……

 昨日勉強を教えてあげたから、それのお礼かな?また、教えてもらうために愛想良くしてる?素直に喜ぶべき?

 てか、「嬉しくて」とか平気で言わないでよ……昨日まで嫌われてると思ってたんだから、混乱するって……


 そんなことを考えていると、ふと彼と目が合う。

 私は咄嗟に目を逸らし顔を隠すように歩き始めた。


 私が席についてから、しばらく沈黙が流れたが、すぐに田中が声をかけてきた。


「また、分からないところあったら、教えてくれないかな?」


「え?あ、うん……いいよ」


 私が承諾すると、彼は立ち上がり、隣の席までやってきた。


「あのさ、もし嫌じゃなければ、隣で一緒に勉強してもいい?」


「え?その席で?」


 やっぱり、全然嫌われてないんじゃ……隣で、一緒に勉強したいだなんて。

 むしろ、私のこと気になってる……?


 そんなことを考えた直後、彼は隣に座ると便利だということを説明し始めた。


「……分からないところあったら、すぐに聞けていいかなって思ったんだけど」


 あ……だよね、違うよね。

 田中君、あまり喋ったことなかったから分からなかったけど、結構思わせぶりなことを言う人なのかなぁ……

 一瞬でも『気があるのかな?』なんて、勘違いした自分が恥ずかしい。


 私はそっと教科書を自分の方へ引き寄せ、少し距離をおいて勉強を始めた。


ーーその日の夜


 私は机に向かって勉強しながら、今朝のことを考えていた。


 田中君からは嫌われていなかった。昨日、今日話してみて分かった。

 でも、私を悩ませているのは彼の態度だ。


 今朝なんて、やたら積極的に話しかけてきてくれたし、何より私と会えるのが嬉しいって……

 これはなに?私じゃなくても言ってたのかな……てか、他の人にもこんなこと言える人なの?

 だとしたら、素で気を持たせちゃうタイプだよ……


 それに、あんな笑顔で言われれば誰だってーーそう心の中で呟いた自分に気づき、慌てて打ち消す。


 これは、彼の態度が気になっただけで、別に私が彼に対して何か思っているとか、そういうんじゃなくーーなんて、必要のない言い訳を心の中でしていた。


 何してるんだろ……私……全然ペン動いてないじゃん。



ーー水曜日


 朝起きてすぐに気がついた。


 あぁ、私コンタクトしたまま寝ちゃったんだ……これも全部田中君のせいだよ。


 私はコンタクトをはずすと、近くの棚からメガネを取り出した。

 鏡を見ながらメガネをかけると、ため息をつく。

 

「やっぱり、似合わないなぁ……」



ーー学校


 教室に着くと、つい田中の席に目を移した。


 まだ来てない……


 私は自分の席に着くと教科書を広げ、勉強を始めた。

 しばらくすると、教室の扉が開いた。


 「おはよう」と挨拶されるも、田中の方を振り向くことができない。

 メガネ姿を見られたくないのか、昨日の夜に悩んだことを思い出してなのか……


「また、隣座っていい?」


 今日はダメ……と思いながらも断ることもできずーー


「うん……いいよ」


 バカ!私……あぁ、もう……何で断れないの……

 田中は自然と隣の席に座る。こっちの気も知らないで……


 彼はすぐに私のメガネ姿に気づいたようだ。


「メガネ姿も似合ってるね……」


 いや、そんなはずないよ……似合ってるわけ……


 私が「ありがとう」答えると、彼は目を逸らしながら、真剣な顔つきで口を開いた。


「えっと……可愛いと思うよ」


 ……はい?……え、今「可愛い」って聞こえたんだけど。聞き間違えかな?

 ありえないよね?私、親と女子にしか「可愛い」なんて言われたことないんだけど……男子に言われたのなんて初めて……


「あ、ありがとう……そんなに褒めなくても」


 そう答えると、私は彼の顔が急に見られなくなった。


 彼の「可愛い」という言葉が自分の頭を独占する。

 目の前にいる田中君が……私を「可愛い」と思ってる?


 そんなことを考えていると、頬が熱くなるのを感じた。


 まって、やばい……こんな顔絶対見られたくない……意識してるってバレるじゃん!


 そう思った私は、彼から顔を隠しながら立ち上がり、小走りで教室を出て行った。



 トイレにこもった私は、両手で顔を覆っていた。


 いや、おかしいよね?あそこまで言う?いや、言える人もいるんだと思うけど……なんであんな風に真剣に言えるわけ?おかしくない?

 なに?将来ホストでも目指してるの?いいと思うよ、才能あるよ。


 てか、なんでよ……なんで私……「可愛い」って言われただけでこんなに……


 そんなことを考えていると、思った以上に長くトイレにこもっていたことに気がついた。


 それでもまだ落ち着かない。彼と普通に顔を合わせるには、もう少し時間が必要だった。



ーーその日の夜


 私は勉強を終えるとベッドに寝転びながらスマホをいじっていた。

 なんとなくSNSを開き、ため息をつきながら、今朝のことを思い出していた。


 はぁ……私ってこんなにチョロかったの?今まで、なんとも思ってなかったのに、ちょっと話しただけで彼のこと……どうしちゃったの私。


 あぁ……あの顔が見事に頭から離れない。先週まで彼の顔見ても何にも感じなかったのに……今はちょっとかっこいい?気がする。


 今朝も全然勉強に集中できなかったし……もう、なにしに早く学校に行ってるか分かんないじゃん。

 青春なんてしてる暇ないの!いや、勉強も青春のうちだけど……でも、こういうのは……


 そんなことを考えながらスマホをいじっていると、気づけば、オンライン動画を開いていた。

 ふと、恋愛関連の動画を検索するとーー恋愛相談の動画が次々と出る。

 その中で『男性が好きな人にされると嬉しい10のこと』という動画に辿り着いた。

 私はついタップした。


『やほー!あいなで〜す!

 前回は好きな男性にされると嬉しい10のことを紹介したんだけど、今回は男性目線で、好きな女性にされると嬉しい10のことを紹介していきたいと思いま〜す!


 男性が嬉しいと思う瞬間やポイントを調べてきたので、ぜひ女性視聴者さんは試してみてくださ〜い。


 じゃあ、早速いきましょう!


 嬉しいこと、その1、

 笑顔で挨拶してくれる。


 え、それだけで?って思うでしょ?私も思ったもん。

 でも、こういうさりげない笑顔で挨拶されるだけでも、「あ、いいな」とか「可愛い」って、ふと思うらしいよ!


 やっぱり、変に気を遣われるよりも、自然にニコッとされる方がドキッとしたり、つい嬉しくなっちゃうんだって!


 へ〜勉強になるな〜……』


 もちろん、こんな動画の恋愛テクニックなど、あてにならないと分かっていたーーでも、なぜか最後まで視聴していた。



ーー木曜日


 部屋を出る前にテスト期間前に借りていた、吹奏楽部の楽器を返し忘れていたことに気がついた。

 私はそれを持って学校へと向かった。


 学校に着くと、珍しく下駄箱で田中と会った。


 彼を見た瞬間、昨日の動画が頭をよぎる。

『笑顔で挨拶をしてくれる』これをされると、男子は嬉しいらしい。


 そのくらいなら、という軽い気持ちで、手を振りながら笑顔で挨拶した。

 彼も笑顔で返してくれる。あぁ……なんか、可愛くも見えてきた。


 まだ、ぼーっとしている彼を見て、『からかい半分の会話をしてくれる』をやってみたくなった。

 軽くいじったりすると、男子は気を許してくれるって感じるらしい。


「どうしたの?もしかして、まだ寝てる?」


「いや、そんなこと、ちゃんと起きてるよ」


 焦った彼も可愛い……

 そんなことを考えているとーー


「舞はさ、今日はメガネじゃないんだね」


 突然の「舞」呼びに、思わず「え!」と大きな声をあげた。


 今、「舞」って呼んだよね?聞き間違いじゃないよね?

 てか、なんで?なんで、このタイミング?これが陽キャの距離の詰め方なの?

 もちろん嬉しいけど、突然すぎるって……頭真っ白になるよ。


 まって?これ……もしかして、さっきの『からかい半分の会話』のおかげ?だとしたら、効果絶大じゃん!


 すると、彼は私の反応を見て、嫌がってると思ったのか、すぐに謝ってくる。


「ごめん勝手に名前呼んで……俺たちそこそこ仲良くなれたのかって……だから、舞って呼んでも大丈夫かなって……ハハッ」


 やばい、やばい、全然呼んでくれていいよ。むしろ呼んで!


「だ、大丈夫だよ……そうだよね、最近は毎日一緒に勉強してたもんね……」


 これ、私も名前で呼んだ方がいいよね?呼ぶべきだよね!動画でも『頻繁に名前をよく呼んでくれる』と嬉しくなるって言ってたもんね。

 

「じゃ、じゃあ私も翔太って呼ぶね」


 言ったそばから、心臓の鼓動が早くなったのを感じた。


 緊張したぁ……てか、なんで田中君は平気で名前呼べちゃうの?


 私は自分の顔を見られたくなかったこともあり、すぐに田中から背を向けた。


 床に置いたバッグを手に取り、歩き出すと、彼は「それ、何?」と問いかける。


 「あ、これは、吹奏楽部から借りてた楽器、今日返さないといけなくて」と答えた直後ーー

 手に持っていたバッグを、彼はスッと取る。


「持つよ。重かったでしょ?ここまで」


「だ、大丈夫だよ……」


 ちょっと、慣れてない?女慣れしてるよね?こんなにスムーズに気遣ってくれた男子初めてだよ。


 そのまま二人で教室に向かうと、彼は扉まで開けてくれて「どうぞ」と私を促した。


 これはちょっとカッコつけすぎな気がする……

 やっぱり、ところどころ慣れないことをしている感じはある……チャラいって感じでもないんだよなぁ。


 教室に入り、「この扉重いよね」なんて軽い会話をしているうちに、気づけば彼も隣の席に座っていた。


 ほら、こういうの……なんか距離の詰め方が上手いんだよね……誰に対してもこんな感じなのかな?


 彼は教科書を机に広げると指を差した。


「あ、そうそう、昨日さ勉強してて、ここがよく分かんなかったんだけど、ちょっと教えてくれない?」


 彼の真面目な姿勢を見て、ついまた揶揄いたくなる。


「ちゃんと夜も勉強してたんだね!偉い偉い」


「ちょっ、当たり前だろ」


 そういえば、『さりげなく距離を近づけてくれる』と嬉しいって言ってたよね。今なら自然にできそう。


 そう思った私は、彼に椅子を近づけると、教科書を覗き込んだ。


 やばい、近い……ちょっと緊張する……


 故意に近づけたと思われたくなかったため、私はつい彼をからかった。


「最初はテスト範囲も分からなかったのにね」


「そ、それは勉強始める前だったから」


「私がいなかったらどうするつもりだったの、フフッ」


「そしたら、隣のやつにでも聞いてたよ……誰か来るまではぼーっとしてただろうけど」


 隣って牧野さんのこと?彼女と仲良いの?……そうだ、よく話してて先生に注意されてるの見たことある。


 少し落ち着かない気分になった私は、つい聞いてしまった。


「隣の人って、牧野さん?そう言えば仲良いよね彼女と……」


「そうかな……あいつは誰とでも仲良く話すだろ……」


 『あいつ』ね……なんだか、男友達の話でもしているかのような口ぶり。


 彼女のことなら分かってるつもりですよ、という感じが伝わって、つい「そっか」と素っ気のなく返事をしてしまった。

 しかし、すぐに気がつく。なんだか胸の奥がモヤっとしている自分に。


 すると、彼も私の隣の人の話をし始めた。

 私は正直に答える。


「ん〜そんなにかな……彼、教科書忘れること多いから、よく見せてあげたりはするけど」


「そういや昨日も見せてたもんな……」


 なに?嫉妬でもしてくれるの?


「なんか俺、舞がそうやって他のやつに優しくするの、見てて嫌なんだよなぁ」


 え、何言ってんの?冗談だよね?

 ちょっと待って、なんで嫌なの?好きなの?私のこと、本当は好きなの?

 違う、きっと違うよね。私を笑わそうと冗談で言ってるんだ。だって本当に好きなら、こんなこと言えるはずないもん。

 でも……本気で言ってたなら……ううん、騙されちゃダメ!きっと彼なりのジョーク。私の反応見て楽しもうとしてるだけ。そうはいかない、普通にしなきゃ。


 私は彼の言葉に笑ったふりをして、教科書を見つめ直した。


 とりあえず、話題を変えよう、話題を。


「ほら、ここの問題でしょ?教えるよ?」


 こうして、私は何度も、彼の言葉に胸をざわつかせながら振り回されることになった。


ーー放課後


「え〜なにその話〜それ、絶対舞に気があるって!」


 私は廊下で友達と話していた。


「でも、彼本気で言ってるのか、冗談なのかよくわからなくて」


「冗談でも、気のない女子にそんなこと言う人いないって!」


「そうかな……?」


「そうだよ!あ、舞!今日、ちょうど雨降ってるし、傘忘れたふりでもしてみたら?彼きっと、一緒に入ろ?とか言ってくれるって」


「え?それは流石に……今日は雨予報だったし、忘れたなんて言ったら、わざとらしいよ」


「大丈夫、大丈夫!男なんてそこまで考えてないって!ほら、もうここで待ってなよ!靴履いて、どうしようって顔しながら」


 気づけば、私たちは下駄箱まで来ていた。


「大丈夫かな?」


「田中の気持ち知りたいんでしょ?これできっと分かるって」


 そんな彼女の言葉に背中を押され、私は傘を忘れたふりをしながら彼を待った。


 そういえば『頼ってくれる』と男子は嬉しいんだっけ……これも頼ってるうちに入るよね?


 そんなことを考えながら、しばらく待つと、後ろから声がかかった。


「舞!何してんの?待ち合わせ?」


「田な……翔太!ううん、傘忘れちゃって……どうしよっかなって悩んでたの」


 彼は持っていた折り畳み傘を開きながら、口を開いた。


「じゃあ、入りなよ……一緒に帰ろうよ」


「え?いいの?」


「あぁ、毎日勉強教えてくれるお礼」


 本当に、誘ってくれた……嘘でしょ……じゃあ、やっぱり私のこと……


 そんなことを考えながら、ふと外をみると、友達がニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 それだけではない、周りの人たちも私たちをチラチラ見ている。

 このまま二人で帰れば、きっと噂される。明日は色んな人に「付き合ってるの?」とか聞かれるだろう。


 一緒に帰ってみたい。せっかく誘ってくれてるのに……でもーー


 悩んだ末、私は周りの目に耐えきれず、つい断ってしまった。


「ありがとう……でも、今日は大丈夫……友達がそろそろ来てくれると思うから」


 あーあ、やっちゃった……ごめんね、ほんと。


 彼は嫌な顔ひとつせず、笑いながら言った。


「そっか、友達ね!じゃあ俺はもう帰るよ……気をつけてね」

 

 彼は小さく手を振りながら、その場から静かに立ち去っていった。



ーー金曜日


 今日は少し遅れた。もう先に田中君が来ているだろう。

 そう思って教室の前まで来ると、電気がついていないことがわかった。


 教室に入るが誰もいない。田中君も遅れてるのかな?


 私は席に着き、教科書を広げて勉強を始めた。


 5分、10分と待っても田中はまだ来ない。何度も時計を確認しては、昨日の彼の顔が浮かぶ。


 どうしたんだろう?何かあった?病気……寝坊……多分違う……昨日の私のせい?

 私が断ったから気まずいと思ったのだろうか?……でも、あれだけで?田中君らしくない。


 断ったせいではないと何度も自分に言い聞かせるが、頭の中の声は消えない。

 勉強に集中できないまま、時間だけが過ぎていった。

 

 結局、田中が来たのは、他の生徒と同じくらいの時間だった。

 教室に入ってきた彼に、挨拶くらいはしてくれるのかなと少しは期待したが、目が合うこともなかった。

 

ーー昼休み


 教室から田中が出ていくのを見て、友達が私に声をかけた。


「ねぇ、なんで昨日一緒に帰らなかったの?」


「だって、みんな見てたし……」


「そんなの気にしちゃダメだよ!好きなんでしょ?田中のこと」


「え、私……好きなんて一度も」


「でも、彼のことを私に相談するくらいには気になってるわけでしょ?」


「そ、そうだけど……」


「田中も絶対、あんたのこと好きだって!自信持ちなよ」


「でも、今日の朝は来なかったし……」


「それは、舞が昨日断ったからじゃん。田中も舞が嫌がってるのかもって勘違いしたのかもよ?」


「そう……なのかな」


「田中の気持ちを確認するためだけに、傘忘れたふりしたわけじゃないでしょ?舞だって一緒に帰りたかったんでしょ?」


「……うん」


「だったら、今日は舞から誘ってみたら?一緒に帰ろうって」


「え?私から……そんなの……」


「このままだと、お互い好きなのに、すれ違ったままで終わるよ?」


「そう……かな……考えてみる……」



ーー放課後、田中視点


 友達と話しながら、下駄箱の前までくると、ちょうど舞がいた。

 俺は咄嗟に目を逸らした。


 彼女の顔を見れない……今朝だって行かなかったし、完全に気まずくなった。


 彼女がこちらを向いているのはわかっていた。でも俺は気づいていないふりをして、友達と話し始めた。


 すると、彼女は俺の後ろまで来て、声をかけた。


「あ、あのさ……田中君……その少し話が……」


「え?舞?」


 俺の友達が、驚いた表情で口を開いた。


「おい、翔太!清水さんといつのまに仲良くなったんだ?」


「うるさいな、先行ってろ」


 俺がそう言うと、友達は両手を上げながらひやかした。


「そうですか、あんまり遅いようなら、先帰ってるからな」


 その言葉で、友達が俺に気を遣ったのがわかった。

 俺は舞に向き直り、話を続けた。


「ごめん、話って何?」


「あ、あのさ……今朝来なかったね」


「ん?あぁ、ちょっと寝坊しちゃって」


 俺は咄嗟に嘘をついた。

 しかし、彼女はそれを信じてくれたのか、疑っている様子はなかった。


「そ、そうなんだね……あのさ……昨日、せっかく誘ってくれたのに、一緒に帰れなくてごめんね」


 驚いた……昨日断ったの一応気にしてたんだ。


「ぜ、全然大丈夫だよ」


「それで、よかったら今日一緒に帰らない?け、今朝勉強できなかった分、どこかカフェでも行って勉強を……」


「え?」


 嘘だろ……これ誘ってる?まじか、夢じゃないよね?

 勉強って……俺がいない方が捗るんじゃ……


「いいの?俺がいたら邪魔じゃない?」


「え、全然そんなことないよ。むしろ、いてくれた方が眠くならずにいられるし……一人でするより……た、楽しいし」


 まじ?あっ、これ、あれか?急に距離おいたから……よく言う推したら引けってやつの効果?

 てか俺、全然嫌がられてないじゃん。何だよあの動画のコメント欄!ふざけんな、こんなことなら今朝も行けばよかった。


 俺は迷わず答えた。


「わかった!じゃあ、行こう!」


「うん」


 こうして二人で帰ることとなった俺は、彼女と会話をしながら、考えていた。


 これさ、もう告白してもいいんじゃねーか?だって普通、好きでもない男を誘わないでしょ?

 それに、あの『女性が好きな人にされると嬉しい10のこと』って、好きじゃない人にされると嫌がられるはずなのに……そうじゃなかった。

 嫌がられるどころか、彼女の方から誘ってくれたなら……あれが成功してるなら……俺のこと好きなのでは?


 そんなことを考えていると、たまたま人通の少ない路地に入った。

 俺は意を決して立ち止まる。

 舞もそれに気づき、振り返った。


「どうしたの?」


「あ、あのさ……」


 心臓の鼓動が早くなるのを感じる。


 よし、いけ……今がチャンスだ!言っちゃえ俺!


「お、俺……ま、前から舞のこと好きだったんだ……だから付き合ってほしい」



ーー清水視点


 放課後、私は勇気を振り絞って、田中を誘った。


 以前の私なら絶対にしなかった。しかも、彼の友達がいる前で……


 でも、せっかく仲良くなれたのに……

 友達の言うことが本当なら、好き同士だったのに……

 もし、このまま気まずい状態から戻れなかったら……


 そう考えると、周りの目なんか気にもならなくなった。


「一緒に帰ろう」たったこれだけの言葉なのに、うまく言えない。言い訳が欲しい……一緒に帰るための言い訳が……


「け、今朝勉強できなかった分、どこかカフェでも行って勉強を……」


 言えた!なんかもう、好きバレしててもおかしくないセリフだけど、とにかく言えた。


 言ってみて分かった。こんなにも緊張することに。


 きっと田中君も勇気出して昨日、誘ってくれてたんだよね……ごめんね、断って。


 彼は一瞬驚いた表情をするも、すぐに笑顔に戻り、快く承諾してくれた。


 こうして、一緒に帰ることとなったが、私は先ほどの誘い文句の余韻が残っているのか、恥ずかしさでしばらく彼の顔を見れずにいた。

 それでも、話はしたくて、真っ白になっている私の頭をフル回転させる。

 すると、動画の話が頭をよぎった。


『一緒に行動したいと言われる』これは成功だよね……『ちょっとしたことで褒めてくれる』これは……今は無理かな……『共通の話題を探してくれる』これだ!これ話そう。


「ね、ねぇ……翔太って部活休みの日は何してるの?」


「ん?あぁ、なんだろ……やっぱり、勉強かな」


「いや、絶対嘘じゃん」


「ほんとだって!……最近は」


「ねぇ、なんで教えてくれないの」


「いや、だって、部活ない日はマジで何もしてなくて……ほんと寝てるだけなんだよ」


 こんなたわいのない会話をしながら、私は彼が今まで通り話してくれている姿に喜びを感じていた。


 気がつけば、人通の少ない路地に入っていた。

 すると、彼は急に立ち止まる。


「どうしたの?」


 彼はまっすぐな目で私をみると真剣な顔つきで口を開いた。


「あのさ、俺……前から舞のこと好きだったんだ、だから……」


 え?これって……まさか……

 私は思わず息を呑む。


「付き合ってほしい」


 ここで言われるとは思わなかった。しかし、その驚きはすぐに消え去り、嬉しさが込み上げる。


 やっぱり、彼も好きだったんだ……

 断る理由なんてない。私も、彼と付き合いたい。

 早く返事をしなきゃ……『私も好き』って答えれば、それでいいの。


 そう考えると、一気に恥ずかしさが私を襲ってくる。

 まっすぐに私の目を見る彼を直視できず、私は下を向きながら答えた。


「わ、私も好き……よ、よろしくお願いします」


 ようやく言えた……


 言った瞬間に少し落ち着いた私は、顔を上げた。

 すると、彼は先ほどとは違い、満面の笑みで私を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ