邁進⑦
「試験に落とされたら、ウチに来い。
見る目がない者に面接で落とされても気にするな。
ウチは給料は安いが、優秀な人材にふさわしい職場じゃよ。」
太郎吉先生に励まされ、
何の怖さも感じずに、面接と論作文をこなした、と思う。
さらに1か月後、
結果は合格だった。
卒業研究としての『研究ノート』は、朋香や『辺境クラブ』の協力もあって
学生へのアンケートの集計と考察もまとまり、
あとは教官推薦の文献の要約を付ければ終了。
『400字詰め原稿用紙100枚以上』という条件だった。
「また古めかしい条件じゃの。
教員採用試験の傾向といい、
卒業研究の分量といい、
40年近く前と全く変わっておらん。
よく言えば、ブレとらんということじゃし、
悪く言えば知恵が足らん。」太郎吉先生は毒舌だ。
10月には書き終わり、
11月には誤字脱字など確認し、
12月には印刷、提出した。
ちなみに、実咲と京香は、
『文教大学大学院人間科学研究科修士課程臨床心理学専攻』に合格した。
実咲が言うには、
「楽勝楽勝、勉強したことが全部出た。
京香ちゃんと午後、大笑いしちゃったわ。
午前の1次試験の合格者だけが午後残って面接だからね。
半分の時間で回答して、あとは寝てた。」とのこと。
「やっぱり午前は修道女の恰好で行ったのか。」
「京香ちゃんは無難にスーツだったけど、
私は宣言通り、この恰好よ。
そして午後はトイレで着替え。」
「何か面接官に言われたか? 」
「かえって褒められたわ。『柔軟で良い』とかね。」
1月~3月は、ひたすら『元気が出る数学』を読みまくった。
4月からは、いよいよ、栃木県のT女子高に赴任する。




