カナン
それはある山での出来事だった
その時、私は吹雪に絡まれ遭難し、洞穴の中で雪が止むのを待っていた。「こいつらで最後か」焚火で暖をとっているが、薪がもうすぐ尽きる。「もう、竹筒に火種入れて他の洞穴を探すしかねぇな」洞穴の外へ出る。激しい雪が体にあたり、体温を奪っていく。「……ねぇな」30分ほど歩き続けたが、未だに洞穴が見つからない。「震えが消えた?」洞穴を出た時からあった体の震えが消えていく。これが意味することは「低体温症が進行したか、不味いな」吹雪のせいでドンドン視界が悪くなっていく「……最悪、これぐらいなら死なねぇしな。」そんな絶望的な思考が脳を支配する。そんなとき、目の前に着物を着た女性が現れる「誰だ?あんた……」その言葉を言い終わると俺は意識を失い、倒れ込む。
「何処だ?ここ」「目覚めましたか?」見知らぬ天井に驚き声を出すと、女性が土間からこちらに向かってくる。「あんたが助けてくれたのか、ありがとう。助かったよ」「いえいえ、困った時は助け合いですよ。」そう言って彼女は微笑む。「それで、ここは何処なんだ?」俺がそう聞くと「ここは私の家です。吹雪はもう2日もすれば止みますよ。」そう彼女は返す「2日か、止むまで世話になってもいいか?」「えぇ、大丈夫ですよ」「助かるよ」そうやって微笑むと、彼女は顔逸らし「お腹減ってませんか」話題を切り替えてくる。「えぇ、」普通に腹は減っているのでここは同意しておこう。「それじゃあ、準備してきますね。」そう言って彼女は土間に戻って行った。「しっかし、外でもあの格好だったけど寒くないのか?」そんな一人言を言っていると魚の焼ける良い匂いがしてくる。「出来ました」献立はめざし、卵焼き、漬け物、山菜の味噌汁、ご飯。質素ながらしっかりとした風格がある。俺は好みだ。「頂きます」料理はどれも美味しかった。
「ごちそうさまでした」「お粗末さまです」「あ、片付け手伝いますよ」「それでは、お願いします」そう言って土間へ行く。「手押しポンプ?すごいな」室内に手押しポンプがあるのはかなり珍しい。まぁ、こんな雪山だと気軽に外へ行けないんだろうが凍ったりしないんだろうか「こんなところかな」「助かります。私1人だとやっぱり疲れるので」まぁ、この手のポンプは場合によってはかなり重い。「そういえば、あんた名前は?」皿を洗いつつ彼女に聞く。「そういえば言ってませんでしたね。私は松代と申します。」「松代さんね、私はカナン。よろしく」「かなん?珍しい名前ですね」「……そうですね」珍しいで済ませるのか、でも日本人に見えるからな。当然か「洗い終わりましたよ」「そこの棚板に置いといてください」「分かりました」しっかし、皿洗いの方法が江戸なんだよな。米ぬか使ってるし、こんな山奥だと普通なのか?「ありがとうございます。助かりました」「いえいえ、泊めてもらっていますしこれぐらい大丈夫ですよ。」「そうですか」そんなこんなで夜になるが、未だに雪が降り止むことはない。「明日になれば雪も止むと思います。」「ありがとうございます。それでは」「えぇ、おやすみなさい」
夜も更けていく。
「どこに行くんですか?」まだ、日の出ない内に外に出ようとした私を呼び止める声がする。「外を見に行くだけですよ」「今、外に出るのは危険ですより」「家にいる方がよっぽど危険ですよ、雪女さん」「気づいて、しまったんですね。」声が震えている。明らかに殺しにかかってくる声じゃない。だが、油断すべきじゃない「えぇ、ここら辺以外では雪降ってませんし、骨壷あり過ぎなんですよ」「そこまで気づいてましたか。」「で、どうする気なんですか」一応距離を取る「何もできませんよ。天照大御神の祝福があるあなたには」こんどはこっちが驚いた。「なんでそのことを、ってかどこで気づいてたんですか?」「最初に会った時から。私の庭に太陽神の加護持って入ってきたんだから殺そうと思ったけど、やめたわ。」「なんで?」純粋な疑問だ。姉さんの加護知って来たんなら殺すだろ、普通。「一目惚れってやつかしらね。」「一目惚れ……」その言葉にバツが悪く黙り込む「人は自分が持っていないものに惹かれるとは言いますけども、本当だったんですね」「持っていないもの?そりゃあ、あんたは雪女だから、」「えぇ、そうでしょうね。私は雪女。私の人生にはずっと雪が降っている」「あんたが生まれた時もか」「……えぇ、」「そうか……」お互いに黙り込む。彼女はおそらく人から生まれたタイプだ。それ故、その強大な力を制御できず、殺されそうになったところを逃げたのだろう。「……地図があるの、それを見れば麓まで行けるわ。」そう言って地図を渡してくる。「それじゃあ、さようなら。」彼女は家の戸を閉めようとする。「待て!」咄嗟に手を伸ばす「なんですか?」「あんたは、私を止めたかったんじゃないのか?」「やめたわ。あなたに雪景色は似合わない。」それでも私は引き止める「それでも「あなたに何がわかるのよ。」彼女が語気を強める。「ごめん」「いいのよ」彼女はその場に座り込む。「とっとと行って、凍らされたくないなら。」彼女が地図を差し出す「お前も一緒にこないか?」「何を言ってるの?私の行くところには必ず雪が付き纏う。そんな女じゃ迷惑でしょ。」「だったら、私が君の傘になる。もう1人になんてさせない。」「あなたが、そこまで言うなら」暫しの沈黙の後に彼女は地図を持っていない左手を差し出し、私はそれを掴む。「行こうか」「えぇ、もうこの手は離さないわよ」「大丈夫だよ。私も離す気はないから」そうやって前へと歩み出す。その先に待っているのは山の間から顔を出す綺麗な朝焼けだった。