Paw Coutureの第一歩
美咲は翌朝、早起きして商店街へと足を運んだ。
朝の空気はひんやりとしていて、八百屋のおじさんがいつものように元気な声で「朝採れトマト、甘いよ!」と呼び込みをしていた。美咲は深呼吸して、彩花と約束した物件を見に、八百屋の隣の小さな店舗へと向かった。
その建物は、確かに「ボロい」と表現するのがぴったりだった。
ガラス窓には埃が積もり、看板の文字は剥がれかかっている。だが、扉を開けると、意外にも中は広々としていた。
古い木の床は傷だらけだったが、陽の光が差し込むと温かみのある雰囲気が漂う。
美咲はここでワンちゃんたちが小さな服を試着し、飼い主たちが笑顔で商品を選ぶ姿を想像した。胸が高鳴る。
「ここ、めっちゃ可能性あるじゃん!」彩花が後ろからひょっこり現れ、スケッチブックを手に持っていた。
彼女は昨夜、興奮のあまり寝られず、店のロゴや商品タグのデザインを何パターンも描き上げていた。「ほら、これ見て! リボンのカーブ、ちょっと変えてみたの。どっちがいいと思う?」
二人は床に座り込み、彩花のスケッチブックを広げて話し合った。リボンの形、色使い、フォントの雰囲気。彩花のアイデアは次から次へと湧き出し、美咲は彼女の勢いに圧倒されながらも、どんどん具体的なイメージが固まっていくのを感じた。
「でもさ、彩花、資金どうしよう? 祖母の遺産はあるけど、店舗の改装とか、材料費とか、結構かかるよね…」美咲が少し不安げに言うと、彩花はニヤリと笑った。
「そこは私の出番! クラウドファンディングって知ってる? ネットでプロジェクト公開して、賛同してくれる人から資金集めるの。私、前にイラストの個展でちょっとやったことあるから、ページ作るの手伝えそう!」
彩花の提案に、美咲の目が輝いた。「それ、いいね! 祖母のスケッチブックも見せて、どんなお店にしたいか伝えよう。ワンちゃんの服で、みんなを幸せにするってストーリー、絶対響くよ!」
その日から、二人は行動を開始した。美咲は祖母のミシンで試作品を縫い、彩花はクラウドファンディングのページデザインに没頭した。彩花のイラストは、ポメラニアンのマメをモデルにした愛らしいワンちゃんが、祖母のデザインしたセーターやドレスを着て商店街を歩く姿を描いたものだった。ページには「Paw Cauture」のコンセプトをこう綴った。
「大切な家族であるワンちゃんに、愛情たっぷりの服を。地元の商店街から、心温まる小さな幸せをお届けします。」
クラウドファンディングは予想以上の反響を呼んだ。
商店街の常連さんや、SNSで拡散してくれた地元の若者たち、さらには遠くに住む犬好きの人々からの支援が集まり始めた。八百屋のおじさんまで、「俺も犬飼ってるから応援するよ!」と少額だが心強い支援を申し出てくれた。
物件の契約もスムーズに進み、二人は改装作業に取り掛かった。
マスターが「昔、大工やってたんだ」と意外なスキルを披露し、棚やカウンターの修理を手伝ってくれた。彩花は壁に犬のシルエットを描き、店内に遊び心を加えた。
美咲は祖母のスケッチを参考に、初めてのコレクションを少しずつ形にしていった。ポメラニアンサイズの小さなマントや、リボン付きのワンピース。縫い目はやや不揃いだったが、どれも心を込めて作ったものだ。
開店前夜、疲れ果てた二人は店内で缶コーヒーを飲みながら、出来上がった「Paw Couture」を見つめた。新しい看板には、彩花の描いたリボンと犬のシルエットが輝いている。美咲は祖母のスケッチブックを手に、そっと呟いた。
「祖母ちゃん、見ててね。私、ちゃんとやってみるよ。」
彩花が肩をポンと叩き、笑った。
「明日、めっちゃ忙しくなるよ! ワンちゃん連れたお客さん、殺到するって!」
開店当日、商店街はいつもより少し賑やかだった。マメを連れた近所のおばさんが、早速小さなセーターを買いに来てくれた。「美咲ちゃん、こんな可愛い服、初めて見たよ!」と笑顔で言う彼女の言葉に、美咲の胸は熱くなった。彩花は店頭で子供たちに犬のイラストを描いてあげたり、SNS用の写真を撮ったりと大忙しだ。
「Paw Couture」はまだ始まったばかり。小さな商店街の小さな店だが、美咲と彩花の夢は、ここから大きく羽ばたこうとしていた。窓の外では、商店街の街灯が今日も優しく光り、二人を照らしていた。