◯悪事その① 晩食破壊作戦?前編
第5話
「言い忘れてました。これより、私と神城先輩による晩食破壊作戦のスタートです!」
「いや、別に改めて言うほどでもないだろ...」
お母さんが帰ってきた事でいよいよ晩食破壊作戦がスタートした...
作戦名だけ聞けば物騒なネーミングだけど実際には大した悪事じゃない。単にお母さんが作る料理に適当な調味料を入れまくって台無しにしてしまおうというもの。
ちなみに【料理を台無しにする】という悪事の提案自体は神城先輩がしたんだけど、そのターゲットにお母さんを選んだのは他ならぬ私だ。
もちろん、軽い気持ちで選んだ訳ではない。これにはちゃんとした理由がある。
私は待ち合わせ場所で悪事の打ち合わせをしていた時の事を思い出していた。
『なぁ、喜愛...本当にいいのか?』
『はい?いいんじゃないんですか?初めての悪事ならこれくらいでも問題ありませんし、私の方も悪のお助けマンとして働きがいが十分にあり...』
『そうじゃねぇよ!俺が言いたいのは俺達のしょうもない悪事のターゲットにお前の母親を選んでいいのか?ってところだ!』
神城先輩は私のお母さんをターゲットにするという点についてはかなり躊躇していた。
(まぁ、あんな話を聞かされたらね...)
夫を失うという悲しみを乗り越えようとした矢先に実の娘とその協力者からこんな事をされればお母さんは酷く傷つくだろうという最もな理由で神城先輩は難色を示していたのだ。
(それにしても、何で他人の母親の事で神城先輩はあそこまで気を遣ってくるんだろう?)
まぁ、よくは分からないけど...やっぱり神城先輩は悪にはなりきれていない根はお人好しの人って認識でいいのかな?
...うん、だけどね...甘いんだよね!
『はぁ...神城先輩?私達はそれぞれの理由は違いますが互いに悪を目指している...という点には変わりありませんよね?』
『まぁ、そうなんだがな...』
『だったら、時に悪事に自分達の肉親をも巻き込まなければならないという覚悟はすべきです!そう...簡単に言うんでしたら、心を鬼にしないといけないという事ですね!』
『.........』
もう後戻りなどはするつもりはない...私はその強い覚悟を示すために心を鬼にしてお母さんをターゲットに定めたのだから...そんな私の気持ちを知ったからか、神城先輩は私に言い返す事はできなかった。
「お母さん、おかえり~。」
「待たせてごめんね!すぐに晩御飯の支度をするからね。」
私にそう言いながら、お母さんは晩御飯の支度を始めた。
とりあえず、お母さんがある程度の調理を進めるまでは再び暇を持て余す事になる。
(調味料を入れれるタイミングまでは後15分くらい時間がありそうだね...とりあえず、私はテレビでも観て時間を潰しておこっかな?それと...神城先輩は大丈夫なのかな?)
二階の私の部屋に取り残された神城先輩の事を気にしつつ、私はしばらくの間は何気なくテレビの画面を眺めていた。
その後、15分くらい経った頃に私は行動に移った。
「ねぇ、お母さん!今、お母さんに来客が来たんだけど?気づかなかったの!?」
「あら、そうだったの!?どうしましょ...調理に夢中で気づかなかったわ...」
「とりあえず、追いかけた方がいいんじゃない?さっきまでは玄関にいたっぽいし、まだ間に合うと思うよ!」
「えっ?そっ...そうね。すぐに戻って来るから待ってて!」
よく考えると来客の割には声が聞こえなかった事、応対していない私が何故か客の用件を完全に把握していた事、急ぎの用なら私が代わりに出て引き留めておけば良かった事など矛盾する点がたくさんあったけど、お母さんはそれに気づかなかったみたいだね...
私もこの時ばかりはお母さんの単細胞な部分に感謝していた。
そして、お母さんが家を飛び出て走っていったタイミングで私は二階の部屋に残って隠れていた神城先輩に向かって叫んだ。
「神城先輩!今です!」
私がそう合図した直後、神城先輩が慌てた様子で階段をかけ下りてきた。少し顔が赤いのは今から悪事をおこなうゆえの緊張のせいかな?
「その...お助けマンとしての働きは中々やるじゃねぇか!おっ...お前とならこれからもやっていけそうだな!じゃ...じゃあ、次は俺の番だな!行ってくるぜ!」
「えぇ、頼みましたよ。あっ!終わったらすぐに家から逃げてくださいね。お母さんが戻って来ますので!」
「おう!もちろんだ!」
う~ん、神城先輩はそう言って私を褒めてくれたけど...今回、実際に私がやったお助けマンの役目はそこまで褒められるほどだったのかな?
ちょっと大げさな気もするんだけど...
悪事を終えた神城先輩が家から逃げていったのと入れ替わるようなタイミングでお母さんが帰ってきた。お母さんの様子からして神城先輩と鉢合わせになる事はなかったみたいだね...
「う~ん、今日のスープ...色がいつもと違うわね。いつも通りに作ったはずなんだけど...どこかで調理法を間違えちゃったかしら?」
調味料をあまりに適当に混ぜ過ぎたのだろう、スープの色が明らかに不自然だ。
(適当に混ぜるのはともかく、色が変わりすぎないように気を配ってほしかったな...)
家から逃げ出す際の先輩が気まずそうだったのはこれが原因だったんだね...
「まぁまぁ、美味しそうな匂いだし...味見してみなよ。」
「輝星がそう言うなら...味見してみようかしら?」
私が罪悪感を押し殺してそう言うとお母さんが意を決したかのようにスープを味見した。
(うわぁ...お母さん、ほんとにごめんね...)
ひょっとしたら、スープのあまりの不味さにひっくり返るかもしれない...お母さんに私が心の中で謝罪した時だった。
「あら?このスープ...いつもより美味しいじゃない!」
あれっ?私が思い描いていた反応と全然違うんですけど...