●宇來ライナの過去
第14話
(さて、どうすっかな...)
宇來の父親の暴力を見ていられずに俺は思わず親子喧嘩に割って入ってしまった。突然の乱入者の存在に宇來も宇來の父親も俺に注目していた。
「神城先輩、どうして...」
「どうしてって...お前が連絡もなしに戻ってくるのが遅かったからに決まってるだろ?捜してに行っていて大正解だったぜ。」
「神城先輩...」
宇來は俺が来た事に少しほっとしている。本人も無意識なのだろうが、それぐらいに心身共に追い詰められていたという事だろう。
「なるほどな。お前だな!うちの娘に変な事を教えたのは!」
「はぁっ!?」
「お父さん!違うよ!神城先輩は...」
すると俺と宇來の会話から何かを誤解したのか宇來の父親の怒りが俺にも向けられる。
「今までは素直に俺の言う事を聞いていた娘が最近になって急に反抗的になってなぁ!尋問してみたら『ある人に助けてもらって自分も変わりたいと思った』だとよぉ!?ライナは大人しく俺の言う事を聞いてればいいんだよ!」
「あんた、それでも父親かよ...」
「あぁ!?」
思わず口に出てしまったが撤回するつもりはない。娘の意思を全く尊重せずにただ自分の都合の良いように縛り付ける...俺から見てこの人は親失格だ。
「仮に...宇來の言う『あの人』が俺だったらどうするつもりなんだよ?」
「ちょっ!神城先輩!?」
唐突な俺の嘘に宇來が困惑しているが今はそれどころではないと心の中で謝っておく。
「決まってるだろ?二度と娘に近づけさせないようにしてやるまでよ!」
「はぁ...あんたも父親ならむしろ、感謝すべきなんじゃないのか?宇來が変わるきっかけを作った恩人なんだぞ?」
「黙れ!子供の説教なんてうんざりなんだよ!」
そう言って宇來の父親は腕をポキポキと鳴らしながら俺達に近づいてくる。その様子からして暴力を振るう気満々なようだ。
そっちがその気なら仕方がない...
「宇來、恥ずかしいだろうが我慢してくれ...」
「えっ?それはどうゆう...きゃっ!」
俺は宇來をお姫様抱っこしてその場から走り出した。
「こらっ!待ちやが...いたっ!」
宇來の父親は後を追おうとしたが、何故か走り出そうとした際に足を痛がる素振りを見せて初動が遅れた。
それに加えて駐車場に停めてあった数台の車を巧みに利用する事で上手く父親の視界から外れ、駐車場から離れる事ができたのだった。
「はぁはぁ...ここまで来れば大丈夫だろう。」
「神城先輩!そろそろ降ろしてください!物凄く恥ずかしいです!」
「あっ、済まなかった...」
俺達はゲームセンターの近くにあった公園の物陰に逃げ込んでいた。
「全くです!女の子に対して急にお姫様抱っこなんてデリカシーがないにも程があります!」
「本当に済まなかったな...」
「...ですが、その...私をお父さんから助けてくれた事には感謝します。本当にありがとうございました...」
喜愛以上に俺に当たりが強い宇來も流石に受けた恩をすぐに忘れてしまうほどの薄情者ではなかったようで素直に俺にお礼を言ってくれた。
「それでだ。もし、良かったらなんだが...何でお前ら親子があんな事になっていたのかを...俺に教えてくれないか?」
「神城先輩に...ですか?」
「いや、嫌なら別に良いんだぞ。」
誰にだって知られたくない秘密が一つや二つくらいあるのは当たり前だ。俺は宇來の件について多少の興味があるのは否定しないが、宇來がどうしても話したくはないというのなら無理強いするつもりもない。
「あなたに話しても何かが変わるとは思えませんが...まぁ、助けて頂いたお礼として聞かせてあげましょう。話すとかなり長くなりますが最後まで聞いてくださいね?私の過去が関係している話ですから...」
「もちろんだ。」
拒否するという選択肢もあった中で宇來が勇気を出して俺に打ち明けると決めたのなら、しっかりと最後まで聞いてあげるのが俺の務めだからな。
「私の両親は日本で出会い、私も日本で生まれたのですが、私が生まれた直後にお母さんの強い意向によって一家揃ってお母さんの母国であるウクライナに移住しました。お父さんは日本で暮らした方が安全だと反対していたようなのですが、最終的にはお母さんに押し切られる形になりました。幸いにもウクライナに移住してからは特に問題はありませんでした。父と母がそれぞれの母国語を教えてくれた事もあって私はコミュニケーションに困る事もなく、現地で友達にも恵まれました。これからもウクライナで楽しい人生を送るのだと信じていたんです...そう、あの日までは。」
「あの日って...まさか、戦争か!?」
数年前、ウクライナの隣国が突如としてウクライナに侵攻を始めて戦争に発展したのは日本でも大きく報じられたので当然だが俺も知っている。
「はい、その通りです。あの戦争が私達家族の運命を大きく変えてしまいました。」
そう答える宇來の表情からは悲しみの感情が感じ取れた。
「最初こそは私達が暮らしていた都市、キーウは戦場から離れていたので心に余裕があったんです。ですが、戦争というものは本当にっ!どこまでも非情で残酷なものだったんですっ!」
「宇來...」
声を荒げる宇來の様子を見て俺はこの先の話の内容が大体分かってしまった。もしや...
「とある休日でした。天気が良いからという理由でお母さんが一家揃って付近のデパートに行こうと提案しました。お父さんは反対していたのですが、またもお母さんに押し切られる形でその日はデパートに出かける事になったんです。そして、デパートを楽しみにしていた私がはしゃぎながらデパートに入ろうとした瞬間でした...『ライナ危ないっ!』というお母さんの声と共に突き飛ばされたのが分かりました。その直後に後ろの方でとんでもない爆撃音が響きました。」
「.........」
「私が振り替えってみるとさっきまでの景色とは打って変わっての地獄絵図でした。あちこちで炎が燃えて黒煙があがり、おまけに泣き叫びながら逃げる人達の姿も...その時になって私はやっと分かりました。この都市は隣国の軍による空襲を受けたのだと...」
「じゃあ、お前のお母さんは...」
俺は思わずそう聞いてしまった。この先の出来事を宇來自身の口から言わせるのは本当に酷だと分かっていたはずなのに...
「そして、私のすぐ側には先程まではお母さんだったものが転がっていました...その事でショックのあまりに泣き崩れた私はお父さんに手を引かれて逃げました。」
「やっぱり...か...」
「それからです。お父さんが変わってしまったのは...お父さんは『自分がウクライナに移住する事にもっと強く反対してれば!』『自分がデパートに出かける事にもっと強く反対してれば!』と日々嘆くようになりました。そして、その後悔はいつしか自分の言う通りにしておけば絶対に良いという歪んだ感情へと変貌してしまったんです...」
宇來の父親の『ライナは大人しく俺の言う事を聞いてればいいんだよ!』という暴言を聞いてしまった時は普通にとんでもない毒親だと思っていた。だが、まさかこんな背景があったとはな...
「お母さんのお葬式の後、私と一緒に戦地となったウクライナを去り、日本に帰国したお父さんは色々な事に細かいルールを決めるようになって私が少しでも言う事を聞かないと暴言を吐いたり、食事を抜きにされるなどの罰を与えるようになりました。酷い時には暴力を振るわれる事もありましたっけ...最初は私もお父さんの言う通りにあの日、デパートにさえ行かなければお母さんは助かってたんじゃ?という罪悪感があったのでされるがままの状態でした。そんな私の気持ちに変化が訪れたのは輝星さんと出会ってからです。」
「あの日か...」
「えぇ、私を助けてくれた喜愛さんを見ていつまでも罪悪感にとらわれている情けない自分から変わりたいって思ったんです!その事をお父さんに伝えたら案の定、激怒されて平手打ちを食らいました...お父さんは自分の言う通りにしていなければ私まで危険な目に遭うと判断していたんだと思います。」
「同じ過ちは繰り返さないという愛情や正義感が歪んだ形で現れてしまったというわけか...」
「以上が私と父の全てです。」
喜愛との出会いが思っていた以上に宇來に影響を及ぼしていた事に俺は少しばかり驚いていた...