8.ようこそ来訪者
8.ようこそ来訪者
馬車に、中尉と女性二人が案内された。
中にはすでに着飾った美しい少女が座っていた。奥が女官で、手前にメイドという構図はいつもの席なのだろう。
ディアドラが奥をすすめられ、中尉、スヴェトラーナと続く。
白猫――ラフラというらしい――は、中尉をたいそうお気に召したのか膝で眠っていた。
「グスン……」
女主人が手招きしても一瞥もない。
「いま一度ご紹介させていただきます。こちらが彼のラウレン子爵が公女ダ=マシリン・ラウレン殿下であらせられます」
女官が少女を紹介した。
「妾のことは、ダ=マシリンと呼んで構わぬ」
(ホントご都合主義だな……)
中尉にはそれらの会話が第一言語のフランス語に聞こえていた。同じくディアドラは日本語、スヴェトラーナにはロシア語のようだ。
こうした異文化との会話は、公女の威光によるとのこと。あの光を見たものは公女の意を理解できるらしい。「何か物語の『設定』のように、自分たちの言語で話しているのでは?」とのスヴェトラーナの仮説に二人は得心した。カニもどきがなければ到底信じられなかったが……。
(軽めの洗脳か……意思疎通の魔法?)
何とも理解できないが、使えるものは使う合理主義の元職業軍人は思考を一時切った。話が前に進まないだけではなく、最悪すぐに首を飛ばされる。こうした社会では不敬罪は重い。
「ダ=マシリン殿下、こちらが――」
「――『ダ=マシリン・ラウレン殿下』です。略してはいけません」
女官が「または『公女殿下』です」と強く抗議した。敬語を誤ると不敬になるのはどこの世界も同じらしい。
「よい。妾が許可した」
「はい。ではダ=マシリン殿下と」
「様づけでも構わぬ」
「殿下!」
「気にするな」
「御意」
「……これは失礼しました。ダ=マシリン・ラウレン殿下。お赦しを」
「赦」
「ありがとうございます。――さて、こちらがわたくしたちの代表の中尉です。こちらがスヴェトラーナ。申し遅れましたが、わたくしがディアドラです」
「リュトナン、スヴェトラーナ、ディアドラ……?」
「わたくしたちは東の島国から来ました」
スヴェトラーナがノートに極東の地図を描いた。
(チッ!)
中尉が気づくがもう止められない。膝上のラフラがルビー色の片目で見ている。
少女の瞳孔が大きく開いた。
友好的に接するにはこちらの情報をあるていど無償で提供する必要があった。しかし……。
「貴君らは売国奴か?」
メイドが思わず笑ってしまい、すぐに手を口に当てた。
(そうなるよな)
ダ=マシリンの問いに、無表情になる中尉だった。
地図は軍事情報に直結する。
「こうした地図はわたくしたちの国では一般的であり、また友好国には気象情報も提供されます」
ていねいに説明するディアドラだが、対する三名に笑顔はなく反応はいま一つだった。
「売国奴は失礼であったな。単なる愚か者らしい」
気象情報も有益な軍事情報だ。
女官が公女に耳打ちした。
「分かっておる……みなまで言うな。……申し遅れたが、妾は冗談が好きでのお」
三人とも御貴族様(オ=キゾク・サマー)の社交辞令に相槌を打った。
「とすると貴君らの国は平和なのだな?」
「はい。外交上は」
現実には、隣国の三か国とも仮想敵国と言えるが。それも核兵器を持った……。もちろんそんなことを口にするようなことはなかった。
「平和の国からの迷い子か……よかろう」
ダ=マシリンはそう結論づけた。
「こちらからもご質問をよろしいでしょうか?」
中尉が許可を求めた。
「構わぬ」
「ダ=マシリン殿下はどういった趣でこちらに来られたのでしょうか?」
「ヤクトバイ討伐の調査です」
と女官。
「それはカニのようなものでしょうか」
「カニが何か存じあげませんが、ヤクトバイは魔物ヤクトを使役する魔女バイの総称です。――申し遅れました。私は殿下付きの女官パドムカ・ルタ、こちらは同じくカサリア・ジンラです。――本日深夜過ぎ破壊音があり、また閃光ののちにヤクトが大量に焼かれる臭いがしましたので、その調査に参りました」
「深夜というと、バスが横転した時ですか……」
ディアドラが逆算した。
「バス?」
「ああ、あの大きな乗り物です」
「アレが乗り物……」
カサリアが遠ざかっていくバスを見た。
「あなた方がヤクトバイを退治してくださったのでしょう?」
パドムカが質問した。
「退治? いいえ、ただ追い払ったに過ぎません」
「いえ、海の色が青く戻っています。それが証拠です」
パドムカが反駁した。
やっつけ仕事を善行に解釈してくれたのだろう。また、それだけの火力があるのであれば、賓客として扱わなければならないということか。
(ただ、狡兎死して走狗煮らる――暗殺されるかもな)
役目を終えた猟犬は処分されてしまう。歴史の事実だった。
「あのお……この馬車はどちらに向かっているのでしょうか?」
ディアドラが聞いても意味がないことを聞いた。
*
到着したのはラウレン子爵領の西にあるク=アナス城だった。
「ようこそおいでくださいました。わたくしはバガン・ジンラ・ラウレンと申します。どうぞごゆるりと……」
涼しい目をした城主はダ=マシリンの腹違いの兄のバガンだった。上座を中尉に譲り、にこやかに挨拶した。
糸目のバガンは、父の子爵の愛妾であるジンラ男爵の次女の子で、女官のカサリアとは従兄妹にあたる。貴族の女官の多くは貴族の子だ。平民の子が貴族に仕え学ぶことはない。
席には交渉した三名のほか、筝も同席していた。
他の一行は別室で食事&休憩とのことだった。堅苦しいことはしたくないイヴァンは喜んだが、体力のない三蔵は死にかけていた。皿を平らげて元に戻った八戒に、アーンしてもらっている。
一方、ダ=マシリンは別室で湯浴みをしていた。
(半兄は妾を贄にする気だ。愚かな男よ。王位継承権もないのに)
バガンはその出自から、嫡子をさしおいてラウレン子爵になれるかもしれないが、それより上は無理だった。血は水よりも濃い。百名ちかく渋滞している。
とはいえ、ヤクトバイを退治した英雄の子も欲しいというのが思惑だった。
「異国人の英雄か……」
すべては政治だった。