7.てンてー異世界です(2)
7.てンてー異世界です(2)
カッツが舌舐めずりした。
「……『生きてたニャン』? ニャン?」
八戒が目を凝らした。四〇〇メートル先のカッツの唇を読んだ。
「ホント生きてる」
「これも御仏の御意です」
三蔵が手を合わせた。陽光に照らされた数珠が光った。
「……」
小乗が目を伏せた。アッシュが生きていたとすると治療が必須だが、いま行ってどうなるものでもない。
ここが地球でないとすると、相手が何者かも分からず、そもそもヒトでない確率も高い。とてもこちらの意図、それも現代的な知性あったうえでの理解があるとは限らない。中世レベルだとすると、施政者は厄介事を斬って捨てるだろう。その執行に躊躇いはない。
また、交渉中に現れたアッシュも運があるのかないのか……。
(ないだろう)
ここで治療に向かえば、全員首チョンパ――首と胴体が別々になっても文句は言えない。
(そういえば異星人とのファーストコンタクトの場合は「攻撃するな」だったな)
たとえ食べられることになってしまっても黙って「食われろ」がルールだ。でないと、宇宙戦争になってしまう。
(とはいえ、アレはヒトなのか?)
ここが別世界としても「およそヒトではない」というのが、小乗としての立場だった。
極端にいえばヒトだろうが植物だろうが、地球上の生物は同じ構造をしている。でなければ消化できない。
(こっちは犬の顔の見分けもつかないのに)
ただ、多少の知性があると信じたい小乗だった。
(都合のいい知性だな……)
「どうかしました?」
小乗の苦笑にバルタザールが顔を覗きこんだ。
「いや、何でもない」
「交渉、うまくいくといいですね」
無邪気に微笑む美少年だった。
*
突然出現したアッシュの姿に、馬が暴れてしまった。
本来、馬は臆病な生き物だ。つまり、賢い。犬のように無闇に吠えたりしない。
騎士が御すと、すぐさま静止した。
(戦いたくないな)
中尉が評した。装備の手入れが行きとどいており、軍馬の美しい毛並みにいささかの不安もない。
「アッシュです」
中尉が石畳に横たう怪我人を紹介したが、騎兵の槍が眼前にあった。
(交渉決裂かしら?)
ディアドラがそう考えた時、スヴェトラーナが押しのけた。
アッシュの首に指をやり、呼吸を確かめると心臓マッサージを始めた。
中尉が気道を開くよう首を動かした。
「――!」
使者の壮年の騎士が言うと、歩兵に守られた女主人が両手をかかげた。
まばゆいばかりの光の束が少女の十指から放たれ、スヴェトラーナの背中を貫きアッシュに刺さった。
「!」
生き返ったアッシュが赤黒い液体を吐いた。
(動いている?)
ソレは、舗装された石を変色させると隙間から地の底へと消えていった。
「肩凝り、治ったわ」
スヴェトラーナが首を傾げた。
「てンてー!」
ディアドラが駆けよると、アッシュが右手をあげた。肘から先が虚空に揺れた。
「てンてー異世界です」
「知ってる」
静かに言うと「感謝する」と美しい少女に頭を下げた。
それが限界だったのだろう。
「てンてー!」
「大丈夫。気絶しただけだ。――ああ揺らすな、障る」
女主人が右手を上げると、兵が槍を下ろした。一同、吐息が漏れる。
「ふう……」
イヴァンが上げていた右手を下ろした。見ると筝はまだ右手を左に甲重ねしたままだった。
女官が傅いていた身を正すと、筝もようやく息を深く吐き、深呼吸した。