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てンてー異世界です――コスプレキャラ能力全開  作者: 門松一里
第1章 てンてー異世界です
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2.二つ月

2.二つ月


 イヴァンがカーテンを引きやぶると、確かに月が二つあった。


「ダブルムーン? ジョークね」


 ディアドラのいうとおり、二つ月などSFの話だった。


「ここはどこだ?」


 暗がりで分かりにくいが、荒野の真ん中だった。


 チャーターした深夜バスは中国自動車道を走っていたはずだったが、高速道路はなく他に車一台なかった。舗装さえされていない。


「ありえない……」


 とは見上げていたカッツだ。


「ロッシュ限界」


 アッシュが同意した。


「確かに……え?」


 スヴェトラーナがようやく口を開いた。発疹がやわらいでいる。


「どこ?」


 カニもどきがいなくなっていた。


 八戒が屈んで確かめたが、割れた甲羅を残してすべて消えていた。


「月の光で消えるとか?」


「それこそファンタシーでしょ」


 スヴェトラーナが否定した。宇宙飛行士は現実的だ。理想ではなく物理で動く。


「とはいえ、脅威は去ったのですね」


 三蔵の問いに誰も答えなかった。


 中尉が天窓(左窓だが)を開け、外気を入れた。


しおの匂いがする」


 さすがカッツは鼻が効く。三蔵から「よしよし」とCIAOちゅ~るのようなスティック状の小袋入りの水飴を与えられた。


「とりあえず水の確保はできたということ?」


 ディアドラの質問に小乗が「ああ」と頷いた。


 とりあえず水があれば七日生存できる(はず)というのが一般常識だ。ただ、海水となると濾過ろかしなければならない。


(宇宙飛行士にお医者さんがいればなんとかなりますか……)


 ディアドラが深呼吸した。


「海水があるなら、塩も手に入る。ひと月ふた月は大丈夫よ」


 スヴェトラーナの意見に小乗が笑った。


「現代人は過剰にカロリーを摂取しているからね――って、痛い痛い」


 ディアドラが笑いながら、小乗の脇腹をつねった。


 アッシュが二つになった運転手に手を合わせた。


 笑みを消したディアドラが十字を切ると、スヴェトラーナが描いた十字と当たってしまう。西方教会と東方教会とでは切り方、描き方が逆になる。


 イヴァンが割れたフロントガラスを砕きおとすと、外に出た。


 デカい双眼鏡を取りだすと「はあ?」と声を上げた。


「何? どうしたの?」


「もう一つの月、アレ、人工物だ」


「ちょっと貸しなさいよ」


 引ったくると、同じ声を上げた。


 アッシュは中尉と小乗で、三蔵を外に出した。


 筝とカッツは軽々と。八戒も意外に動けるらしく、飛び降りた。転ける。


 三蔵が風呂敷を取りだすと、バルタザールが片方のすそを引いて広げた。


 ていねいに遺体をのせ、白い布をかけた三蔵が姿勢を正し礼をしてから、懐から経文を取りだし経にも礼をした。


 月明かりのなか、荒野に読経が響いた。故人に対する礼から察すると案外本職かもしれない。八戒が続く。


 ディアドラとスヴェトラーナは黙祷していた。


 身軽な筝がバスの上に乗り、荷物を出していく。


 中尉が深緑の軍用バックパックから取りだしたブルーシートを広げると、カッツに視線を送った。


 小乗が蛍光イエローのバッグを開くと、伸縮テープで寝転んだカッツの手をもう一度固定しなおした。


 鎮痛剤を水なしで飲みこむと、小乗に言われたとおりにクッションに手をおいて上にあげると眠ってしまった。挙上きょじょうだ。痛みが少し楽になる。


「センセー」


 イヴァンだ。


 アッシュに双眼鏡の液晶の数値を見た。


「センセーは、ディスレクシアだから数字を見せても分からないわよ」


 スヴェトラーナが笑った。


「設定じゃあないのか?」


「マジだ。で?」


「もう一つの月は人工衛星よ。全長七十九・八九キロもある。約五十マイル」


 ソビエトが打ち上げた宇宙ステーション「ミール」でも約三十三mしかない。


「どれくらいの質量なんだ?」


「さあバカみたいに重いでしょうね」


 それはイコールどうやって打ち上げたかという疑問になる。ミールの質量は約一四〇トン。


 米国ニューヨーク州のマンハッタン島でも南北の長さは二十kmしかない。


「『ソ連ならやりかねない』」


 イヴァンの定番ジョークだ。


「打ち上げるより落としたほうが楽だな」


「同感」


「何か分かったの? ヴァシリーサ」


 ディアドラが質問した。


「もう一つの月は人工衛星。たぶんね」


「月と同じ大きさの人工衛星? それこそ空想だわ」


「あら? 月の見た目の大きさが太陽のそれと同じな理由は?」


「え? 月が近くて太陽が遠いからでしょう?」


「大きさと距離の比率が近いからだよ」


 数値は理解できないアッシュが簡単に説明した。


「ということは、その衛星ってかなり地球に近い?」


「そういうこと。まあここが地球だというのであれば」


「平たい地球だったりして」


「てンてーやめてください。フラグ立てないでもらえます?」


「すまない。……とはいえ、金星が見えない」


 アッシュが謝罪しながら、眼鏡を正した。


「というか、知ってる星座がないんですが」


「え?」


「あ!」


 宇宙飛行士二人が同時に口にした。


 専門職らしく他に注意が回らなかったらしい。


「南半球とか?」


「それはない」


「違う」


「はあ……」


 中尉、イヴァン、スヴェトラーナの順だ。


「北極星が北にない」


 スマートフォンを見せた中尉だが、スヴェトラーナのスマートフォンは違う方角をさしていた。その方向に北極星があった。


「地球だとして、歳差運動で変化したとか?」


「だとしても星座が違うなんてことはない」


 イヴァンが断言した。


「どうしてそう言えるの?」


 ディアドラが質問すると、ゆっくり息を吸った。


「近くに星がないからだ。銀河系に星がいっぱいあるとしても――それが天の川になるんだが――地球の近くに星はない。ずっと遠くにあるから、星座は動きようがない」


 頭を傾ける。


「確かに歳差運動でこぐま座アルファ星から、こと座アルファ星になるけれど、ポラリスがベガになるのは西暦一万三千年ごろだ。まあどのみち俺たちはくたばってる。――とりあえず、地球じゃあないことは確かだな」


「別の星?」


 ディアドラがジャンプした。


「重力もおんなじみたいだけど」


「ご都合主義だから」


 とアッシュ。


「てンてーこんな時に冗談はやめてください」


「ディアドラ違うわ。ご都合主義で正しいのよ」


「そういうこと。ハビタブルゾーンはかなり限定されるんだ。ああ、人間が生存できる地球に似た領域――ゾーンのことだ。そのなかでしか人間は生きていけない。ただ、そのハビタブルゾーンは広くない。隣にいけば、すぐに生存できなくなる。ある意味奇跡というか、ご都合主義のような領域にしか人間は生存できないんだ」


 イヴァンが説明した。


「……じゃあどうやって帰るんですか?」


 誰もが後回しにしていた疑問を八戒が口にした。


「……何か口にしませんか?」


 いたたまれず涙目になった八戒の腹が鳴った。巨乳が揺れる。



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