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てンてー異世界です――コスプレキャラ能力全開  作者: 門松一里
第1章 てンてー異世界です
1/51

1.てンてー異世界です

『てンてー異世界です――コスプレキャラ能力全開』

〝Around the Another World〟


1.てンてー異世界です


 〇二時一三分。夜行バスが横転した。


 急に左にステアリングを切ったらしく、車体が右に傾きそのまま横倒しになってしまった。


 二列席左側の乗客が、右に落ちてきた。


「グッ!」


 シートベルトをしていた女武芸者姿の〝和田箏わだそう〟だけが、宙ぶらりんで浮いていた。淡紫あわむらさき小袖こそでに江戸紫のはかま薄梅鼠うすうめねず羽織はおりに三つもんとなれば、誰が見てもコスチューム・プレイだろう。


「大丈夫か?」


 下から、グレイのスーツの〝アッシュ/大谷敦おおたにあつし〟が髪を整えながら従者に聞いた。テーラーの三つ揃え、襟付きウェストコート、アスコットスカーフ。


(取れない!)


 箏自身の体重がかかっているため、ベルトをはずすことができない。


「手刀で切ればいい」


「でも……」


「切れ」


 アッシュが金縁眼鏡を正し、命令した。


 箏が右の二指で刀を形づくると、手首を返した。鋭利に切断される。


 身軽にベルトを外すと、アッシュの上に落ちた。


「あっ!」


 袴姿の箏が顔を赤らめた。


「どいてくれるとうれしい」


 背を向ける箏に声をかけた。


「すみません……」


「安否を確かめてくれ。(……何時?)」


 アッシュの右手のスマートウォッチが壊れていた。無意識に受け身をとったらしい。


 特注の夜行バスは個室二列席で乗客十二名しか乗れない。本来五十名ぶんの空間は贅沢といえる。


「『ディアドラさん、顔を踏まないでください』」


 後席のネイビィスーツの青年がピンヒールの美女に苦情を述べていた。それでいて顔を紅潮させている。ライトノベル『金髪碧眼ブロンド・ブルーアイズ鬼畜女上司の足蹴あしげ実習がスゴすぎて僕は途方に暮れる』――通称『ブロあし』の主人公の〝小乗柾経このるまさつね〟とその上司〝ディアドラ・ナターシア〟のコスプレだ。


「『あっら、ごめんあそばせ』」


 肩にかかるうつくしい金髪ブロンドのディアドラの真っ赤なヒールはタングステンという設定だが、そこはそれレザー専門店スナワチとのコラボレーション商品で代用していた。


 コスプレイヤーの矜持としては設定重視だとしても、タングステンの比重は十九・二十五g/立方cmもある。いくらサルヴァトーレ・フェラガモのヒールが軽いといっても、片足四キロは動けない。


「……うぐ……」


 小乗はディアドラのスーツスカートの闇の奥を見ようとして、さらに踏みこまれた。


「(自業自得……いいえアレは『ご褒美』なのかしら……)お怪我はありませんか?」


「いいえ、ちょうどいいクッションがありましたので」


 箏がディアドラに確かめると、小乗が「『やれやれ。僕は僕の運命をのろうよ』」といつもの台詞せりふを口にしていた。意味は「大丈夫です。魂に傷を負った以外は」である。


「あっそうだ! てンてー?『てンてーはご無事でした?』」


 ディアドラが小乗を押しのけて、椅子ごしにアッシュに聞いた。「センセー」または「てンてー」という特殊なアクセントは推理小説『ソウ・ロング・グッドバイ』の探偵〝アッシュ〟に対する敬称だ。


「『問題ない。お気遣いありがとう』」


 ただ、白シャツの右の袖先がほつれていた。白蝶貝のボタンが割れてしまっている。


「『どういたしまして』……お手伝いしましょうか?」


 縫うフリをしてみせた。


「後で頼めるかな、ミス・ディアドラ。――先に救命を」


「はい、かしこまりました。――『下僕! 働く働く!』」


「『へーへ、今やってますって』……大丈夫ですか? 私は医師です。痛いところはありせんか?」


 下僕うんぬんはもちろん『ブロあし』の設定だが、〝小乗柾経〟の中の人が問診をかねて一人ひとり確認していった。


(見事に折れてるな……)


 猫耳の女性〝シュヴァルツェ・カッツ〟の前腕に『ブロあし』の小道具のシンワの定規があてられた。透明な3Mの梱包テープで固定する。ロレックスのオイスターパーペチュアルで確認した時刻を、ゼブラのマッキーで書き写した。


(以前どこかで……ああ、007の人だわ)


 ラノベ版ではなくアニメーション化した『東の悪い魔女と南の善い魔女』の東の悪い魔女の使い魔の黒猫シュヴァルツェ・カッツがスカルマスクを思いだした。


(たしかにそうだわ。『ボンド、ジェームズ・ボンド』)


 骸骨の仮面は映画『007 スペクター』に登場する。


(でもあの時はオイスターパーペチュアルじゃあなくて、オメガのシーマスター300だったはず……あっ、でもお医者さんなら不思議じゃあないわね)


 なお、中の人は俳優ショーン・コネリーのファンであるとともに、イアン・フレミングの原作のファンでもある。


「どうなってるんだ! 説明しろ!」


 前方で怒鳴っているのは、アメリカン・コミックス『コスモノート5361』改め『コスモノート5351』の宇宙飛行士〝イヴァン・A・メドヴェージェフ〟だった。『身長一九七センチメートル、体重一三一キログラムで、右の義手に連射ブラスターが内蔵されている』設定だ。


「――ていうか開けろ!」


 防犯と感染症予防から運転席にはドアが設置されている。外から開くこともできるが、ドアも枠も歪んでしまって開かない。


「どうする? 姉御あねご


 アクリルの窓から運転手が倒れているのが分かる。


「……開けるしかないでしょ」


 聞かれたのは、イヴァンの相棒の〝スヴェトラーナ/ヴァシリーサ〟だ。こちらも『一九〇ちかい』設定だが、中の人はウラジオストク出身なのでそこそこタッパがある。


「スヴェータ、慎重に、な」


 年上のアッシュが、ドアを蹴やぶりそうになるイヴァンを牽制した。


「了解、センセー。――そっちをもって、ミーシャ」


 ミーシャはロシア語で「熊」の略称だが〝メドヴェージェフ〟の愛称でもある。おもしろいことにロシア語には「熊」に該当する言葉がなく「蜂蜜を食べるもの」が熊という表現になる。


 ケーキの上のチョコレートの板を取るように、二人が傾いたドアを両端から引きあげた。


 小乗が、倒れている運転手に気遣いながら降りた。


「どう?」


「……頚椎が損傷している。動かすのは危険だ」


 ディアドラの質問に、医師が気道を確保しながら答えた。


「救助を待つ?」


「それが妥当だろう。被害はシャノワールだけか……」


 仏語で「黒猫」の意味だ。


「星が落ちちゃった」


 キリスト教の『新約聖書』の〝東方の三賢人〟に扮した真ん中の〝バルタザール〟が苦情を述べた。確かにクリスマスツリーの頂上の星が欠けていた。イベントでは左右に〝カスパール〟と〝メルキオール〟の仮面をつけての一人三役の登場だった。


「イイじゃあない。アレ間違ってたんでしょう?」


 小道具にうるさいディアドラの弁に美少年が目を伏せた。モミの木に飾るベツレヘムの星は、五芒星ペンタグラムではなく八芒星オクタグラムである。


「バルバル。ほいよ」


 バルタザールに星を投げてよこしたのはラノベ『ゴー・ゴー・ウエスト(西遊記)』のベビィブルーのビキニアーマーの天蓬元帥てんぽうげんすい猪八戒ちょはっかい〟だ。褐色の肌の『女型の猪八戒は、ラクダのように一〇〇リットルの水を胸の脂肪に変えている』設定だ。現実には一〇〇リットルは無理でも、巨乳には違いない。


「(寒くないのかしら……)変なトコだけ気がきくわね、『このメスブタが!』」


 ディアドラの暴言に、八戒の顔が悲壮な色になった。……困ったことに涙を流して喜んで(!)いる。中の人も設定どおり被虐性欲者マゾヒストだった。


「『悟浄ごじょうや、許しておやり』」


 前回〝沙悟浄さごじょう〟役だったディアドラに声をかけたのは〝玄奘げんじょう三蔵〟だ。からす色のショートボブが美しい女僧はとかく妖艶でいけない。


「お師匠さまがあまやかすから、図に乗るんです。……ところでアレは?」


悟空ごくうなら、アメノウズメをるので出雲いずもに残りました」


「アメノウズメ? どちらかというとサルタヒコでは?」


「……確かにそうだけど」


 三蔵のツボに入ったらしい。ケラケラ笑いが止まらない。


「……我王がおうの人がいるから」


 手塚治虫の漫画『火の鳥』の鳳凰編の登場人物だ。


「なるほど……」


 ディアドラが人数を確かめた。指を折る。


(1私と、2下僕。3てンてーと4箏ちゃん。5ムギ。6ミーシャと7飼い主。8バルバル。9お師匠さまと10メスブタ。あとは中尉リュトナンと、ノートルダムか……)


 残りの一人〝中尉〟はネット映画『パリジェンヌ・ノワール』のパリジェンヌのボディガードの元陸軍の〝名もなき中尉リュトナン〟で、車両後部での安否確認を終えて指示を待っていた。


 問題は〝ノートルダム〟だった。


(寝ていてくれて助かる……)


 ディアドラがいう〝ノートルダム〟は聖母マリアのことで、昨夜の深酒でまだ眠っていた。酔ってベツレヘムの星を引っぺがしたのはノートルダムだ。悪夢が再現しかねない。


(え?)


 視線を感じて顔を向けると、アッシュが人差し指でディアドラの唇に封をした。


「おい、何か――」


「――(!)」


 熊使い(テイム・ベアー)が素早くミーシャに万国共通「黙れのサイン」を送った。


 何かがっている音だ。


(下?)


 ディアドラが指さすと、中尉が頷いた。


 車体の底(倒れた右側)で、何かが移動していた。


 一匹ではなく複数。それも大量に……。


「チッ!」


 舌打ちした小乗が、運転手を引き起こしたがすでにソレが腹に食らいついていた。甲幅は二十五mmほどある。


「ベンケイガニ?」


 シュヴァルツェ・カッツが名前を言った。だが、似ているが違う何かだった。あごが強靭すぎる。


「痛い! 痛い痛い痛い」


 小乗が手ではらうが、もがれても顎や爪は皮膚を挟んだままだった。


「イヴァン!」


「言われなくもやってる!」


 イヴァンが無理な姿勢から運転手を持ち上げるが、動かない。


「さっきまで息をしていたぞ!」


 小乗が疑問を叫ぶが、びくとも動かなかった。


「スヴェータ! スヴェトラーナ!」


 スヴェトラーナが顔面蒼白で硬直していた。首や手に発疹がある。甲殻類を見るだけでもダメなのだろう。


 イヴァンの向かいからアッシュが小乗を上げ、かけつけた中尉と四人がかりで運転手を引き上げた。


 急に軽くなる。


 胴体から下が落ち、運転手の上半身が反動で天井(倒れた左側)に当たった。


「なになになに!」


 カニが上から降ってきた状況に、ディアドラがスヴェトラーナの髪にからんだカニを叩きおとした。


「コレ、新種ですね」


 シュヴァルツェ・カッツが一匹を手にすると、ひっくり返した。ふむふむと頷いている。


 立ちすくむバルタザールの前で、箏が日本刀の鞘でカニもどきを払っていた。


 それを八戒が『GGW』の主題歌『ゴー・ゴー・ウエスト』を歌いながら、リズムにのって踏みつぶした。


 半眼の美女がお経をあげていた。こうした時に三蔵は役に立たない。


「冗談でしょ……」


 顔をそむけたスヴェトラーナが見上げると、空には月が二つあった。



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