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「さて、煮物となると早めに作りたいわね。レオルカさん、今日はこれで終わりですか?」


 おばあちゃんがレオルカさんに振り向き訊ねる。レオルカさんはうーん、と腕を組んで唸った。


「今丁度昼時だろ? どうすっかな。……まああんまり無理することもないか。今日は昼食べて終わりにしよっか。良かったら一緒にどう? トリスの奢りで」


「俺ですか!?」


「年長者だろー。行こうぜ」


 レオルカさん、トリスさんより年下なんだ。聞いたら二十歳だそうだ。同い年くらいかと思った。

 あ、でも国で一番の魔術師だったなぁ確か。

 トリスさんが敬語で話してるし、きっとすごいんだろうな。そんなことを考えていたら、おばあちゃんがにっこりと笑みを浮かべて首を振った。


「ありがたいお誘いなのですが、終わりならば帰らせていただきたいです。お夕飯の準備をしたいので」


「こんな早くに夕食の準備するのか?」


「ええ。煮物は冷める時に味がよく入りますからね」


 トリスさんの質問に、おばあちゃんはにっこりと微笑みながら答えた。

 ふふふ、そんなちょっと手間のかかる煮物を私の為に作ってくれるのだ。それだけで私は嬉しくて緩んだ顔を締められない。

 俄然楽しみになってきた。口の中で溢れた涎を飲み込んで私はいそいそと帰り支度を整える。とは言っても特に荷物もないから衣類を整えるくらいだけど。


「おばあちゃん、昼は?」


 わくわくしながら聞いてみると、おばあさんはうーん、と考えるように唇に指を当てる。


「夜の煮物の準備をするから簡単なのにしようと思ってるよ。チャーハンとか」


「チャーハン! おばあちゃんの作るチャーハン大好きだから楽しみ!」


 楽しみすぎて踊り出したいくらいです。

踊りはしないけど、我慢出来ずにくるりと一回転して天を仰ぐ私をトリスさんがすごく失礼な顔をして見ていた。変なものを見るような感じの顔。

 絶対こいつにはおばあちゃんの料理食べさせない。絶対にだ。そう誓って私はトリスさんを無視しておばあちゃんの手を取る。

 久しぶりに触れたおばあちゃんの手は温かい。


「さ、帰ろう!」


 おばあちゃんはにっこりと菩薩のような笑みを浮かべて「そうね」と返してくれた。


 この方が私のおばあちゃんです。羨ましかろ? 羨ましかろ!


 そんな思いを込めてニタリと口角を上げてトリスさんとレオルカさんを一瞥してから私達は歩き出す。



「すごい勝ち誇った顔してんね」

 

「腹立つ顔ですね」 


 二人の会話は聞こえなかったけど多分失礼な事言ってる。

 でもそんなのは関係ないしどうでもいい。何故なら私はこいつらは味わう事の出来ないおばあちゃんの手料理を食べられるのだからな! それだけで優越感に浸れる。もうひったひただ。優越感のお浸し! 何だそれ。


 そんなセルフツッコミを繰り出している騒がしい私の脳内など知らず、おばあちゃんは「あ!」と声を上げて立ち止まる。

 くるりと振り返り、二人に衝撃の一言を言い放った。


「良かったらお二人もどうです?」


「はあ!?」


 嘘だろぉ!?

 二人は「えっ」と小さく声を漏らし顔を見合わせる。

 絶対に来るな断れという気持ちを全面に顔に押し出しておばあちゃんには見えないよう二人を睨む。そんな私の威嚇を二人は数秒見た。

 そして、トリスさんがにんまりと楽しそうに笑う。そ、その顔腹立つ。殴りたい。


「おっおばあちゃん! 何でっすか!」


「何でって。男の子だしあんまり料理しないのかなと思ったの。食べに行くって言ってたしね」


「男の子なんて年じゃないじゃん! 二人とも!!」


「十五から見ればオレらおっさんかぁ」


 ははは、とレオルカさんがわざとらしく笑う。


「失礼な事を言わないの。おばあちゃんからしたら男の子よ」


 そう言われると何も言えねぇ。

 どうしたものかと考えあぐねる私をニヤニヤと見つつトリスさんが話し出した。


「いや有難い申し出だ。恥ずかしいが、この歳でまだ独り身な上料理はからっきしでな。チトセが良ければ是非お願いしたい」


「オレも〜」


 お前達には遠慮とかないんですか!

 そんな思いを込めて睨みつけると、二人は満足そうな顔でこちらへと歩いてくる。


「いやー、チトセさんは優しいなぁ」


「ん? チフユ、眉間に皺が寄っているぞ。何か不満か?」


 こら! おばあちゃんには隠してるんだから言うんじゃないよ! 怒られちゃうじゃないか! 

 おばあちゃんが振り返る。そうなのかという表情のおばあちゃんに滅相もないと首を振った。

 私は口角をひくひくさせながら精一杯の笑顔を浮かべる。


「別に不満なんてないっすよ〜。皺? そんなん寄ってませんて〜。気のせいですて〜」


「ならいいが。では、チトセの家に行くか」


「私とおばあちゃんの家な! 如何わしい言い方をするんじゃないよ!」


「如何わしくはないだろ……」


「千冬、馬鹿言ってないで行くよ」


 呆れた顔のおばあちゃんに手を引かれる。私はトリスさんとレオルカさんをおばあちゃんにはバレないように睨みつけながら歯噛みした。

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