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わたしは何も知らない

 ルベウスはディアナにそこまで強く求められたにも関わらず、結婚してすぐに味わったのは屈辱だった。


 夫婦の寝室こそあったが――――その部屋にはベッドは勿論の事、調度品さえ一切無かった。唖然とするルベウスに、ディアナの侍女がやって来て、

「陛下は結婚式で疲れたとおっしゃって、先にお休みになられました。ルベウス殿下の寝室は別にご用意させて頂いておりますので、そちらへどうぞ」

 と言い放ってきた。


 訳が分からず、彼女と話をしたいと言っても侍女は頑なに拒絶して、最終的にはまた『女王命令』だと言われ、引き下がるしかなかった。彼女は絶対的な権力を持つ国王だ。

 自分はあくまでその配偶者である『王配』に過ぎないのだから、この場は妻の顔を立てようと戒めた。


 だが、それ以降、ルベウスが妻と寝所を共にする事は無く、夫婦の寝室は未だに何もないままだ。


 ルベウスにあてがわれた私室や寝室に置かれていた調度品も、必要最低限のものしか置かれていなかった。使われている材質は悪くなかったが、装飾も少なく至って質素だった。

 伯爵家の嫡男として生まれ育った彼にはあまりに不相応とも言えたが、元々物欲が少ないルベウス自身は、それには余り不満を感じてこなかった。


 ただ、初めて入る事になったディアナの寝室を見て、あまりに自分と差が大き過ぎて、怒りよりも唖然とする方が先だった。


 豪奢な天蓋付きのベッドの装飾は全て金で出来ていて、自分の権力を誇示するかのように、柱にもびっしりと施されている。あちこちに王家の紋章が刻まれていたから特注品だと言う事は察しがつく。


 高価な品なのだろうが、どことなく品が無く、注文した者の性格を表しているかのようだった。


 横幅も広く、大人が二・三人寝られそうなくらいの幅があるため、細身だった彼女一人の物にしてはあまりに広い。結婚当初から夫婦別室であった事もあって、王宮の者達から他の男を寝所に招いているんじゃないかと噂されていたが、その一因はこれかもしれなかった。

 

 ルベウスは小さくため息をつき、横たわった妻を見つめた。


 前髪も長く胸ほどまであったが、今は顏の横に流れている。身体を包むように降ろされていた長い黒髪は、侍女によって緩く結われて身体の上に乗せられ、厚すぎると陰口を叩かれていた化粧も落とされていた。


 そんな彼女の素の姿も、ルベウスは初めて見た。


 肌は青白く、薄く開いた唇は渇いて割れていた。元々細身だとは思っていたが、頬がこけて痩せすぎているとしか思えない。いつも手袋をして、結婚指輪をつける事が無かった手も、細い手首や肉の落ちた手の甲が露になっていた。 

 

 ディアナを覆い隠していたものが全て取り払われて、その血色の悪さや痩せた身体を見ると、ルベウスはそれに気付かず、そして気付こうともしてこなかった己に、居た堪れない思いがこみ上げる。


 気まずさのあまり目を逸らすと、いつの間にか控えていた侍女が傍にやって来てディアナを見つめていたので、目の前の現実から逃れるように声をかけた。


「今日は⋯⋯珍しい色の服を着ていたんだな」


 彼女の身体を包んでいるのは、シンプルな飾りの少ない青いドレス――――彼女の瞳のような、色だった。


「いいえ。⋯⋯死装束くらいは、好きな色が良いとおっしゃっていたので、そのようにしました」


 淡々と答える侍女に、ルベウスは戸惑う。

 いつも彼女は白系統の服ばかりを着ていて、てっきり好きなのだろうと思っていた。


「だから、白じゃないのか?」

「⋯⋯。貴方様はディアナ様がどういう御方か、知ろうとなさらなかったのですね」


 今しがた思っていた事を正確に言い当てられ、ルベウスはどきりとする。


「なに?」

「白は膨張色で、身体を大きく見せるんですよ」


 一切感情を露にしなかった侍女が初めて目に怒りをこめてルベウスを見つめると、彼が呼び止める間もなく、一礼して部屋を後にしてしまった。

 

 立ち尽くしていたルベウスは、扉をノックする音が聞こえて、ようやく我に返り、「今行く」と返事をした。もう一度改めて妻の顔を見つめ、一つ息を吐くと、踵を返して部屋を出た。

 外で待っていたのは、宰相だった。周囲に控えていた近衛兵達に、少し離れているよう命じると、懐から一通の書簡を取り出して、ルベウスに渡した。


「なんだ⋯⋯?」


 戸惑いながら視線を落とし、己へ宛てた几帳面な妻の字を見て、息を呑む。


「ディアナ様の遺言書は王室の金庫に保管して御座います。そちらは立会人も必要となりますし、臣下達を集める必要があるでしょう。ですので、こちらは取り急ぎ殿下に把握しておいて頂きたい事をしたためられたそうです。先に御一読ください」


「⋯⋯準備の良い事だな⋯⋯」


 病に倒れたのは急であったはずだというのに。

 彼女はまだ二十二歳の若さで、とても死を意識するような年齢ではなかったはずだというのに。


 まるでいつ死ぬか、分かっていたかのようだ。


 問いかける視線を向けると、いつも厳しい面持ちを隠さない宰相は、

「ディアナ様ですから」

 とだけ言って、優しく微笑んだ。


 あの侍女も、宰相も、己の知らない彼女の一面を知っているかのようで、ルベウスは何だか悔しくもなった。そんな彼の心中を知ってか知らずか、宰相は更に問いかける。


「お顔をご覧になられましたか?」


「あぁ⋯⋯随分と、満足そうな顔をしていた」


 忘れられないあの日の彼女と同じ、優しい顔だった。

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