表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/30

再婚のススメ

 気高い女王が猫になり、書類と戯れているという摩訶不思議な光景に、臣下たちが軒並み悶えているなか、扉がノックされて、侍従がやってきた。


 侍従から用件を耳打ちされたルベウスは、彼を傍に控えさせると顔をしかめた。そして、不思議そうにしているディアナに視線を向ける。


「⋯⋯⋯⋯」

『なによ』


 ディアナの言葉は変わらず聞こえている。だから、ずっと聞けなかった彼女の想いを、また知りえる機会でもある。意外にも彼女が自分を認めてくれていた事を知ったルベウスは、ジェミナイら周囲の者も不思議そうな顔をしているのを見て、答えた。


「⋯⋯実は最近、貴族たちから再婚を勧められているんだ」

「それはまた⋯⋯」


 いい度胸だ、と言いかけて、長官は口が過ぎると思ったのか黙った。しかし、彼の部下達は揃って不快感を露わにしている。


 なにしろ、ディアナの身体はまだ生きているのだ。


 無論、詳細を知るのは、この場にいる重臣や魔術師達などの限られた者で、表向きは『危篤』という状態がずっと続いている。


 女王はもうもたないだろう、と貴族たちは思い、次期国王と目されているルベウスに取り入ろうと躍起だ。自分達の息がかかった女を彼に近づけようとしたり、理由を付けて贈り物をしたりしていた。

 潔癖なルベウスは全て跳ねのけているが、それにしても彼らは諦めが悪い。


 一同は、揃って渋い顔をしたが、ディアナは違った。


 ――――あの、寝室にいた子かしら⋯⋯。


 再婚という言葉が彼の口から出た瞬間、胸の奥がまたずきりと痛む。自分も彼に同様に結婚を強引に迫ったから、何もいう権利などない。それでも、ルベウスの口から聞くと、何だか切なさを覚えた。


 そして、それは自分勝手な甘えだと、ディアナはすぐに自分の感情を切り捨てる。


『良かったわ。幸せになってね』


 そう何とか告げると、ルベウスが急に呻いた。


『どうしたの。嬉しいの?』

「⋯⋯会ってくる。はっきり言った方が、良さそうだからな」


 ルベウスは全員に告げるように言うと立ち上がり、ジェミナイを伴って部屋を後にした。


 ディアナは黙って彼を見送り、その場に丸くなった。


 ――――これでいいわ⋯⋯。


 新たな王になり、愛する女性を妃に迎え、幸せになってほしい。

 心からそう願っていたはずだ。だが、ここにきて眠気ばかりを覚えていた身体は、目がさえて落ち着かない。彼の邪魔をしてはいけないから、早く出て行くべきなのに、また丸くなっている。


 自分が矛盾した言動ばかりしている事に気づき、ディアナは罪悪感を覚えた。そして妙に居心地が悪いと思えば、真っ黒な猫が居座っているのが気になるのか、残った人々がじろじろと自分を見ているではないか。


 ――――⋯⋯何よ⋯⋯言いたいことがあるなら、いいなさいよ。


 そう思ったが、それこそ自分に返ってくる台詞だと気づく。ルベウスの言葉を封じ、自分の想いを口にもせず、死に向かっていった。残された人々は、もどかしい思いをしたかもしれない。


 ディアナは小さくため息をつき、立ち上がると、机から飛び降りた。すると、周囲の人々が悲鳴を上げる。不吉だと言われている黒猫が、いきなり動き出したからだろうか。


 少なからず信頼を寄せていた人々の悲鳴に、ディアナの心はまた疼いた。


 ――――⋯⋯慣れていたはずじゃない⋯⋯。


 居た堪れなくなって、ディアナは部屋を飛び出した。


 長官を始めとした臣下一同は、そこでようやく我に返った。魂などという不安定な物になっているだけでも心配だった彼らは、目の前で飛び降りられて、それこそ心配のあまり揃って意識が飛びそうになった。


「あぁあ⋯⋯っディアナ様⋯⋯どちらに⁉」


 長官が慌てて叫んだが、その声が彼女に届くことはなかった。



 廊下に駆けだしたまでは良かったが、何度か角を曲がった後、すぐに疲れて足が重くなった。忙しなく行きかう人々に踏み潰されないように、片隅を歩く。

 このまま出て行こう、と思って中庭へと通じる渡り廊下へ向かったが。


『嫌な奴がいるわ⋯⋯』


 足が完全に止まった。

 庭先で、数人の取り巻きと談笑するアンバルがいたからだ。違う所から出ようと、ディアナは引き返そうとしたが、ふと彼が自分に気づき、じっと見つめてきた事に気づく。


 その瞬間、悪寒が走り、全身の毛が逆立ったうえ、尻尾が爆発した。


『な、なに⋯⋯⁉』


 敵意や憎悪のまなざしは散々浴びてきたが、アンバルの目はそんなものを遥かに凌駕したもののように思えた。絡みつくような嫌らしい、ねちっこい目だ。


 ディアナは疲弊した足に鞭打って、駆けだした。


 たっぷりの長毛があるはずなのに、寒気を覚え、温もりを求めた。優しく包み込むような、温かな――――腕。咄嗟に何を自分が求めたのか気づき、ディアナは廊下でまた足を止めて、項垂れる。


 ――――⋯⋯だめよ。ルベウスは⋯⋯私が求めていい人じゃない⋯⋯。


 頭で分かっているはずなのに、自制できていない自分が情けない。

 そう思っていると、部屋の扉の前で立っているジェミナイを見つけた。どうやら、ルベウスが貴族達との接見に望む間、外で控えていたらしい。


 彼はすぐにディアナに気づき、少しばかり苦笑いした後、扉を少しばかりそっと開けた。ディアナは躊躇したが、『将来の王妃が何者か知っておくのも大事だ』と言い訳して、扉に近づく。


 部屋の中では、堂々と立つルベウスに対し、数人の貴族たちが鬼気迫る勢いで、『国の安定のためにも、早く決めておいた方が』と再婚を迫るような事を言っていた。


 ルベウスは黙って聞いていたが、やがて小さく頷いた。


「話は分かった。実は私は、人生で初めて心惹かれる女性を見つけた」


『⋯⋯そうなのね。顔と口と性格がきつくて、夫に触らせないような女は、つまり私のような者は駄目よ』


「彼女は舌鋒鋭いのに気持ちは優しくて、意地っ張りなのに気まぐれを起こして、時々甘えてきてくれる、綺麗で可愛い女性だ――――最高の結婚相手だと思わないか?」


 再婚する気があるのか。


 ディアナは絶句したし、貴族達は揃って呆気にとられた顔をした。


『⋯⋯あの子、そんな面倒な女なの? ちょっと考え直した方がいいんじゃない⋯⋯? みんな半泣きじゃない!』


 だが、当のルベウスは一人澄ました顔をしていて、話が聞こえたらしきジェミナイは、目が泳いでいる。そして、扉が開いている事に気づいたルベウスは、傍にディアナがちょこんと座っているのに気づき、目を和らげた。


「おいで」

『絶対嫌!』


「恥ずかしがらなくていい」

『いいえ。貴方、なんで嬉しそうなのよ。なんでそんなに楽しそうなわけ⁉』


 訳が分からない。ただひどい寒気に襲われていたはずの身体は、今は逆に熱く感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ