表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/30

リーリアの想い

 結婚指輪の宝石の側に前脚を乗せたまま、じっと自分の目を見つめる彼女を見て、ルベウスは閃いた。首輪に下がっている青い石を見て、問いかける。


「もしかして、赤が良かったか⋯⋯?」

「みゃ⁉」


 素っ頓狂な声が漏れ、ディアナの尻尾が爆発した。挙句に目が散々彷徨って、落ち着きを無くす。自白したも同然である。


「赤い石だったら、身に着けてくれるか?」


 重ねてルベウスは問いかける。彼の目が何だか必死で、ディアナはうろたえた。これでまた拒否することは簡単だが、彼を傷つけるような気がした。


「また何かに引っかかっても困るから、引っ張ったらすぐに外れるような首輪にしておく。嫌なら取っていい。だから、もう一度だけ⋯⋯つけてくれないか」


 ルベウスの目は真剣そのものだ。


 もともと端正な顔立ちをした男だったが、こうも熱く見つめられると、ディアナは何だか気恥ずかしくなってきて、今度は自分の意思で頷いた。


「よかった。新しい物を持ってくる。待っていてくれるか?」


 ――――いいけど⋯⋯また眠いのよ⋯⋯。


 堪えきれずに欠伸をすると、ルベウスはすぐに理解した。


「そういえば、リーリアの所から抜け出してきたんだな。心配するだろうから、そこにいてくれ」


 ディアナも異存はない。地面に寝るよりも、部屋の床で寝た方がましだ。


 重い腰を上げて、リーリアの部屋の窓の傍まで来ると、窓枠の上に飛び乗る。そのまま傍の机の上に移動すると、そこで丸くなろうとした。

 後を付いてきたルベウスは、それを見るなり上着を脱いだ。素早く丸めて、彼女の側の机に腕を伸ばして置く。


「硬いだろう。これを使うと良い」


 寝床を作ってくれたらしい。どこまでも猫好きだ、とディアナは思いながらも、彼を軽く睨んだ。


 ――――だめよ、貴方。そんな事をしちゃ⋯⋯!


 心ではそう咎めたが、猫の習性が発揮されてしまう。前脚でせっせと何度も自分の服を押して、寝床を整え始めた彼女に、ルベウスは目を瞬いた。


「面白い事をするものだな⋯⋯?」


 ――――さっさと行きなさい!


 シャーっと牙を剥いたディアナに、ルベウスは慌てて庭を駆けて行った。



 三十分後。ルベウスの服を寝床にして、ディアナは安眠を貪っていたが、扉を開ける音に目を覚ました。入って来たのは、リーリアだ。


「⋯⋯私に休憩時間なんていらないのに⋯⋯」


 不満げに呟いた彼女に、ちゃんと休みなさいと思ったディアナである。リーリアは机の上のディアナを見て目を和らげたが、彼女の下に敷かれていた見覚えのある服に眉を顰める。


 今日、ルベウスが着ていたものだ。


「いやだ。あの人⋯⋯私の部屋に入ったのかしら?」


 ――――違うわよ。外からよ?


 ディアナは彼の代わりに弁明して鳴いたが、やはり通じない。その間にも、リーリアの口から彼への文句が続き、ディアナはもどかしくて、何度も鳴いた。


 ――――違うのよ。リーリア、違うの⋯⋯!


 貴女達は和解して、仲良くなったのではなかったのか。こんな事で誤解してほしくない。


 必死の訴えも、単なる鳴き声にしかならず、ディアナは切なくなってきた。猫になりたいと思ったのは自分なのに、どうしてこんなに辛いのだろう。


 とうとう目を伏せた彼女に気づいたリーリアは、ルベウスへの苦言を止めた。


「まぁ⋯⋯貴女に言ってもしょうがないわね」


 苦笑して、猫の側にあるディアナの遺品に視線を向け、目を潤ませる。


「ディアナ様⋯⋯私は強くなります」


 ぽつりと呟いたリーリアに、ディアナは安堵した。自分の傍に行きたいなどと泣いていたから、心配だったのだ。もう少し寝ようと思った時。


「ふんっ」


 年頃の乙女が出しちゃいけない声が床から聞こえて、ディアナは固まった。


 恐る恐る下を見てみれば、リーリアがどこから取り出したのか額に鉢巻をし、床で腕立て伏せを始めていた。腕まくりまでしていて、本気度が伝わってくる。


「あの男より、強くなります!」


 ――――⋯⋯貴女⋯⋯一体何を目指しているのよ⋯⋯。


 しかも、鉢巻きには、打倒の後に丸が四つ書いてあった。

 これで秘めているつもりらしい。確かに、広言できるものではないんだろうが、分かりやすすぎる。

 どうやら和解したわけではなさそうだと項垂れながら、ディアナは呟いた。


 ――――見なかったことにしてあげるわ⋯⋯。


 そして、心から嘆いた。


 早く良い男性を見つけて、嫁がせておくんだった、と。


 何しろ可愛い侍女の細腕は、しっかりと筋肉がついていた。



 やがてリーリアは仕事に戻ると言って部屋を後にし、ディアナはのんびりと昼寝を続けた。次に彼女が戻って来たのは、夕方に差し掛かる頃である。


 夕食を持ってきてくれたので、ありがたくお腹を膨らませたディアナが満足していると、部屋の扉がノックされた。


 扉を開いたリーリアからは、無論、一切の表情が消えている。そこに立っていたのは、ルベウスだったからだ。


「迎えにきた。いるか?」

「はい」


 短く答え、リーリアは一度部屋に入ってディアナを抱き上げると、物凄く嫌そうな顏を一瞬だけした後、指先で彼の上着を摘まんだ。それをばっちり目撃したディアナは呻く。


 ――――貴女⋯⋯父親の服を触るのを嫌がる、思春期の娘みたいよ⋯⋯。


 さりとて、そのまま持っていくとあまりに非礼と思い直したのか、リーリアは表情を消し、しっかりと上着を手で持って、彼の元に戻った。

 ルベウスの上着は丸まっていたために皺だらけだったが、彼は気にせずに身に纏い、そしてディアナを両手で大事そうに受け取った。


「助かった。どうも、ありがとう」

「ど⋯⋯どういたしまして」


 穏やかに微笑まれ、リーリアは少し気まずい思いをしながら答えた。ルベウスが猫を抱えて去っていくのを見送ると、リーリアは部屋に入り、扉を閉める。


「⋯⋯優しい所もあるのよね」


 ため息とともに呟き、ディアナの遺品を見詰める。


 ――――⋯⋯あの優しさを、ディアナさまに向けてくだされば良かったのに⋯⋯。


 リーリアが忠誠を誓ったディアナは、どんな誹りにも動じない気高い女王だった。


 鉄の女と揶揄されていたことも知っている。彼女は決して弱い所を他人に見せたりしなかった。衰弱して死が近づいてきている時でさえ、リーリアに笑いかけてくれたものだ。


 親の愛情を与えてもらえなかったというから、弱音の吐き方も知らなかったのかもしれない。優しく触れて貰うこともなかったに違いない。


 どれだけ寂しい思いをしてきたのだろうと、リーリアは胸を痛めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ