私は愛したりしない
王宮に戻ったルベウスは、旅姿のまま最奥の区画へと向かった。途中で宰相が駆け付けてきて簡単に経緯の説明を受けた。
地方へ視察に半月の予定でルベウスが王都を後にした直後、ディアナは突然倒れた。
王宮に詰めている医師達が手を尽くしたが、容体は日々悪化し、あっという間に危篤状態に陥ったのだという。
それでも、当初は彼女の意識もあったし、まだ近くにいる間にルベウスの元に急使を放てば、彼もすぐに駆け付けられたはずだった。
だが、彼の元に使者がやって来たのは、ディアナが意識を失ってからだった。
『呼ばなくて良いわ』
最後まで頑なだったという事まで聞いて、ルベウスは人目が多い事もあって、一時宰相との話を切り上げた。
そのまま近衛兵達を伴って、王宮を更に進む。ぞろぞろと付いてくる兵達が煩わしくて仕方が無かったが、己の警護が厚くなる意味が分からぬルベウスでは無い。
ただ、目的の部屋――――妻の寝室へと辿り着くと、彼らを外に残して一人で入った。
重厚な扉を開き、後ろ手に閉める。扉の傍には、一人だけディアナの侍女が立っており、無言のままルベウスに一礼するが、出て行こうとする様子はない。この娘はディアナに特に目をかけられていて、彼女の言伝もよくこの侍女から聞いていた。
余程信頼されていたのだろうが、侍女の顔はいつもと変わらず無表情だ。途中で他の王宮の人々ともすれ違ったが、涙を流している者は殆どおらず、むしろ不謹慎にも喜んでいる者さえいる始末だった。
この侍女も可愛がられていたようだが、内心は違ったのかもしれない。
――――随分と嫌われたものだな⋯⋯。
ルベウスは、妻が寝かされている寝台に向かいながら、そんな事を思い、そして自嘲の笑みを浮かべた。
――――私も同じようなものか。
そもそも結婚話がディアナから一方的に実家である伯爵家にもたらされた時、両親は勿論の事、ルベウスも寝耳に水だった。伯爵家は王家の縁戚にあたる名門だったが、ルベウスは一人息子の嫡子で、将来は家を継ぐ身である。当然のように膨大な数の縁談が持ち込まれてもいたし、話も進みかけていた。
しかも、王家に度々苦言を呈してきたせいで、近年では両者の関係はあまり良いとは言えなかったから、よもや婿に寄越せなどと言ってくるとは思わなかったのである。
だが、女王の命令は絶対だ。
そのまま強引に話が進められ、ルベウスに拒否権は無く、両親も縁談を全て断った。
強引に己との結婚を強いてきた女にルベウスは当初から嫌悪感を露にした。そして婚約が成立した日、ようやく二人きりになった短い時間に、きっぱりと告げた。
「お前を愛したりしない」
ディアナは黙って見返してきた。
熱烈に求めてきた相手にそんな事を言われれば、泣かれてもおかしくない。それでもどうにも気が済まず、非難を浴びる事も覚悟したが、彼女の蒼い瞳は広大な海の色のように美しく、揺るぎなかった。
「私は国と結婚したと思う事にした」
更にそう続けると、ディアナの瞳が初めて少し優しいものに変わった。
「それで結構よ」
思えば、ディアナが自分に笑ってくれたのは、後にも先にもあの一度だけだ。
あの日の一言が、ルベウスには今も忘れられずにいた。