女王と腹心
ルベウスとディアナの縁談が持ち上がった時、伯爵家の多くの者が異を唱えた。悪名高き女王の伴侶となったところで、苦労するのが目に見えているからだ。そうでなくても、ルベウスは大事な跡取り息子である。
ジェミナイも反対派の一人だったし、主君に付き従って王宮へ出入りするようになって、ますます女王への反感が募った。自分から強引に縁談を勧めたというのに、ディアナはルベウスを軽んじているようにしか思えなかったからだ。
強欲でわがままな女――――そんな認識を、ジェミナイは主君同様に日々、根底から覆されている。
特に衝撃だったのは、ルベウスの供をして、宝物庫に収められた大量のサファイアを見た時だ。そこには、傷一つない状態で、ディアナの結婚指輪も安置されていた。
「⋯⋯指輪の石もサファイアですよね。殿下が選ばれた⋯⋯」
「いや。彼女がそれが良いと言ったからだ」
「⋯⋯⋯⋯。よほど、陛下はサファイアがお好きだったんですね⋯⋯なんて言ったら、リーリアにまた軽蔑されそうです」
二人は同時にため息を吐いた。
市場でサファイアが高騰している事を知っていたからだ。そして、ディアナの遺言書にもご丁寧に機を狙って全部売れと書いてあった。彼女は大切な結婚指輪さえも、国家の財になることばかりを考えていたのだろう。
そう容易に考えられる程、ディアナの去り際はあまりに潔かった。
ルベウスは自嘲混じりに、
「⋯⋯青は、ディアナが好きな色ではあるようだがな。最後に着ていた服も⋯⋯そうだった」
と、言って自分の左手の薬指に嵌まった指輪に目を落とす。ジェミナイは釣られて見つめ、たいへん気まずくなった。
ディアナが決めたという、ルベウスの結婚指輪の石は赤――――ルビーだったからだ。
青一色の中、異なる赤。
ルベウスを夫にしながら、最期まで拒み続けたディアナの心が透けて見えるようである。
「あの⋯⋯赤も、かもしれませんよ?」
「⋯⋯慰めるな、頼むから。⋯⋯余計に落ち込む」
ルベウスは苦笑いをして話を終わらせ、ジェミナイもかける言葉がみつからなかった。
日に日に憔悴していく主君をどう励ましたものかと、ジェミナイは悩んだ。
そんなある日、廊下を歩いていたリーリアを見つけた。お湯が入った大きな手桶を抱えていて、女王の世話をするためだろうと察しがつく。リーリアの軽蔑まじりの非難の目を、主君同様に受けているジェミナイは躊躇ったが、それでも女王の事をよく知りえた者だからと意を決して声をかける。
聞こえないふりをされそうになったが、しつこく呼びかけると、足を止めてくれた。
ものすごく嫌そうな顔をされたが。
「すまない。一つ聞きたいんだが⋯⋯ディアナ様は、本当に青がお好きだったのか?」
「えぇ、もちろん」
リーリアは淡々と答えた。しかし、彼女は聞かれた以上の事を口にしない。沈黙と共に、ルベウスに次いでお前が嫌いだといわんばかりの目を向けてくる。心折れそうになりながら、彼は主君のためだと続けて尋ねた。
「青だけか」
リーリアは目いっぱい顔をしかめ、渋々といった様子で答えた。
「⋯⋯赤もですわ。情熱を感じる温かみのある色だとおっしゃって。痩せた体を隠すために、衣服は膨張色の白をよく選ばれていましたけど、最後は好きな色を⋯⋯青が良いと望まれました」
「だが、赤も膨張色だろう。なぜ普段から着なかったんだ?」
すると、リーリアの眉間に皺が寄り、何だか悔しそうな顔までして、
「存じ上げませんわ!」
と言い放って、去っていった。
訳が分からないジェミナイは、ひたすら首を傾げたが、そこに何やら急ぎ足で中庭へと向かっていく主君に気づいた。仕事が早く終わると、放浪するくせがつきつつある主君が大変心配だったが、その彼の手には二つの皿があるのが見えた。
――――⋯⋯殿下は何をされているんだ⋯⋯?
困惑しながらも、ディアナの私室の鍵が見つかった旨を報告しなければいけない事を思い出し、ジェミナイは後を追った。
やがて庭にいるルベウスを見つけたが、屈んで座っている彼の傍には、一匹の猫がいた。
真っ黒な毛に、蒼い瞳――――ディアナの色だった。
それを見て、ジェミナイはもう何だか同情のあまり、涙が出そうになった。
リーリアは日中ディアナの傍に張りついて、ルベウスを近寄らせない。思い余って、主君はとうとう猫に妻の姿を投影するようになったのかと思ったのだ。
現に、猫を見つめるルベウスの目は、彼女が倒れて以来、一番穏やかなようにも見えた。
――――良かったですね⋯⋯無関係の猫ですが⋯⋯!
ジェミナイはそう思いながらも、ルベウスの目を見て気づいた事があった。
そういえば、主君の瞳の色は赤だ。しかも、かなり際立つ鮮やかなルビーのような色で、人目を引きやすい。
女王はルベウスを連想させる赤を敬遠したのか。それとも、間近で見ているから良しと思っていたのか。
彼女が何を思っていたのか、正確に知る術はない。
ただ、結婚が決まって以来、ずっと主君は女王に翻弄され、倒れた後も彼女の事が胸を占め、挙句の果てには毛や瞳の色がそっくりな猫に対しても心を砕いている。
その猫はといえば、まるで愛想というものがなかった。
ルベウスの傍から逃れようとしていたし、リーリアに預けられたはずだというのに、今も抜け出してきたようだ。挙句に、自分にまでもフンッと鼻を鳴らし、なんとも可愛げがない。
――――ルベウス様を袖にするところも⋯⋯。
「⋯⋯本当によく似ているな」
なんだかおかしくなってきて、ジェミナイは目を細める。
猫に気色悪そうな目で見返され、彼はとうとう吹き出した。




