死にたかった君へ
苦しかった。ただひたすら呼吸が困難で、世界は不条理に満ちていた。私を救おうとするか細い手がすべて道化に見えてならなかった。積極的な死への渇望はついに実らず、息切れながら受け身になったところで世界はすぐに転換期を迎える。
中学生の俺へ
お元気ですか?
彼女とは順調ですか?
今の君を埋め尽くすのは学友のことでも彼女のことでもなく、死ぬ方法についてばかりでしょう。死にたいのではなく生きるのをやめたいのだと、そう強く願い、死ぬ方法ばかり模索して、人間関係を疎かにしていませんか?たかが残り数日の関係だと思い込み、その後に迎える高校受験など一切頭にはないことと思います。
君は苦しみを独り占めして、唯一その苦しみを漏らした彼女とも別れ(自分の暗さを彼女に移してはならないと思い、些細な良心から別れたのでしたね)、その捌け口として、逃げるように夜の街を走っていましたね。生き死にを歌う全てが道化に見えて、子どもの気持ちをわかっていると思い込む大人たちに嫌気がさして、クラスメイトの視線が毒矢のように体に刺さり、そして何より人を愛せない自分のことを忌み嫌い、全てから逃避しようとしていましたね。
そんな君も高校を受験し、ついに卒業し大学生になります。信じられないだろうけど、本当のことです。
他人が苦しみに寄り添うという行為が、どれほどに君を傷つけるかは、痛いほどに分かります。
"生きる"ことを絶対的な正義とする慰めや、無責任な"明日"への期待が、如何に君の気分を害するかも、よく知っています。
名前も顔すらも知らない貧困地域の孤児の命を例に出して、批判めいて君を生かそうとするセリフが、むしろ君の命を捨てさせようとすることも、理解できます。
俺は君の自殺を止めません。君の願望は真っ当な反応だからです。
しかし、その先に人生が続くことは必ずしも不幸ではありません。君がこれまで以上に苦しむことは紛れもない事実ですが…。
君は十数年の人生で味わったことのない大きな失敗のあと、巨大な喪失感に駆られることになるでしょう。そんな大きな喪失感の中で、君は何を考えるでしょうか?
君は二十四時間の記憶を必死に呼び起こそうとします。
そして次に、どのようにして死のうか考えます。
君はずいぶんと人を嫌っていますが、君とて動物です。君の体は味わったことのない苦痛に襲われ、これほどまでになく死に近づくのですから、設計された本能が、同じ愚行を引き留めます。わかりやすく言うと、ビタミン剤であれ頭痛薬であれ、君の体は錠剤を拒むようになります。最後の食事だからと丁寧に調理したステーキも喉を通らなくなります。そして、絶対に目的を遂行でき、その上退路を塞ぐことが出来ると踏んだ"最高の方法"は二度と使えなくなるのです。
君は倦怠感や頭痛、胃液に溶けた奥歯、絶えず脈動し疲弊し切った腹筋などの痛みに悶えながら外を見遣ります。君のベッドは小さな柵に囲われ、体には心電図やら点滴やらの管が伸び、動くことすら一苦労です。そんな中で見た空の青いこと、雪の積もる山々の壮観などは、俺の稚拙な語彙では言葉にできないほどに果てしなく、しかし君にしっかりと隣接していて、しばし思考を休めることができるでしょう。
そして大きな空ろが君の体を包み込みます。
家に帰ってからは激動です。まさに考える暇もないほどです。しかし一度空になった頭は案外清々しく、冷たい空気がいっそう美味しく感じられるようになります。そして次の機会を探しながら、体に穿つ大きな恐怖を労りながら、惰性で足を動かし続ければ、君を取り巻く環境は一変します。
その後の人生は君にとってそれほど鮮やかなものではないでしょう。少なくとも、色恋を拠り所としていた君にとってはモノクロに映るでしょう。それでも、君の思う以上に人は君に大きな関心を置いてくれます。君の思う以上に、人は君に左右されるのです。新しい環境に飛び込めば、君の体に染みついた古い価値観を思い切って断捨離できるかもしれません。だから、君はその時を待ってください。
なんて事はありません。たった一度自ら苦しみに飛び込めば、その後の賢者タイムが終わる前にその時は訪れますから。
しかしながら、君の自殺衝動は激しいもので、充実した日々を過ごしていても、ふと橋から川を見下ろしたとき、その水の下にどんな世界があるのか気になって仕方がなくなることがあります。真っ黒な水が奇妙に俺の心を惹きつけるのです。
人生、何があるか分かりません。
君を襲い続けるその嘔吐間や眩暈が、思い出したように今でも俺を襲うのです。
冷や汗が服を濡らし、ぼんやりとした頭で、「あぁ、俺は何でまだ生きているんだろう」と考えるのです。
さて、君のもとにこの手紙が届けば、君には決断の権利が与えられる事でしょう。一つは、自殺に試み、俺の歩んだ人生をなぞることです。もう一つは、自殺を諦め、新たな世界を自ら確かめることです。
いずれにしても君は衝動と寄り添わなければならないかもしれません。いつ発狂するか分からない恐怖は、確かにあります。同時に、新たなものに触れる喜びというのも存在します。君の持つ人を愛せない性格や、死を身近に思ってしまう思考、自分だけが虐げられているような妄想は、うまく制御すれば一つの才能となって君に何かを与えてくれるかもしれません。
君の人生です。主人公が誰であれ、主観は君です。君の思うように操ってください。
最後になりますが、君はひとりです。
君と同じ苦しみを感じ、それでも耐え抜く人がいたとしても、それは君ではありません。君が彼を思いやり、同情して自分も耐えようとする必要はありません。苦しみから逃げてもいいのです。
君はひとりだから。
しかし、ひとりの君だから持ち得る何かを探す人生も悪くないかもしれません。
好きなように生きてください。
月並みな言葉だが、人生は長い。苦悩に耐えればいずれ報われる。忌み嫌った凡庸な言葉に価値はなくとも意味は確かに存在する。だからこそ、私は敢えて幼き日々の私に使い古されたフレーズを贈りたい。