一本の花
勢いに任せ重い瞼を開いた。そこには風になびかれる草原が広がっているだけで聞こえていた鳴き声の主の姿は見当たらなかった。
相当な覚悟を決めていたハルキにとっては慮外千万な出来事であった。
モンスターがいないなら今がチャンスだ!!
耳を澄まし助けを求める声がどこから聞こえてきているのか確認する。
「……ザザ…」
この方向だ…。風や草の擦れる音以外の僅かな空気の振動を察知した。
急いでその場を立ち去り、目的の方向へ足を進める。
「ヴァァォォォンンンッ!!」
…!?
はやくっ!助けを求める者の元へ行かないとっ!
こんな恐怖の塊とも呼べるモンスターを前にすれば気が狂いどうにかなってしまうかもしれない。それが女の子だったら尚更大変だ。
草原の中を掻き分けながら走り続け、ついに平けた場所に到着した。
「……!!」
…なんて化け物なんだ。
鍛え上げられ暗闇に染まった身体全体の所々からは紫色の光を放ち、鋭い目つきで睨む姿は、見る者全員に恐怖を植え付ける凄まじさであった。そんな巨大な犬が目の前で座り込んでしまっている彼女に今にも襲い掛かろうとしていた。
俺が恐れおののいてどうする!彼女を助ける為に来たんじゃないのか!
けれど…どうやって?
「……ぃゃ。私……まだ…ぁ……」
手段なんて考えている余裕なんてないだろ!この拳であいつに立ち向かって……この拳であんな怪物モンスターに対抗…できるのか…??
「誰か……」
「ヴァァオオオオンンンッッッ!!!」
「助けて……!!」
…何だこの感覚は。
恐怖で体が震えていたと言うのに熱を出したのかと勘違いする程、身体全体隅から隅まで熱くなっている。
確かに感じる俺から溢れ出るエネルギーが弱っていた心を見事に復活させてみせた。
今ならどんな化け物が来ようとも木っ端微塵に調理出来そうだ。
彼女の一声を聞いた瞬間ハルキの身体からは計り知れない闘志が漲っていた。それは、自分の拳を世界で一番最強の武器だと思わせる程であった。
「おい化け物。彼女の先に俺がお前の相手をしてやるよ」
冷静さを取り戻し逃げる最中に転倒し足を痛めている彼女の前に立ち、拳をモンスターに突きつける。
「ヴァァァァォォンンン!!」
鳴き声と共に草木が揺れる。
コイツは身体が大きい分移動に負荷がかかる。真正面からの力勝負だと俺には勝ち目がないかもしれないが…素早いスピードでコイツを手玉にとる事が出来れば…その隙を狙って…??
狙うって…どこを?大概こう言うモンスターには一撃で仕留める急所と呼ばれる部分があるはずなのだが…。
コイツの体全体を観察しながら急所っぽい場所を見つけるしかないのか?
いや…正直今の俺には無理そうだ。
こうしている今も俺の身体の温度は高まっている。
膨大なエネルギーに俺の身体が徐々に乗っ取られていき呼吸をするのも、手足を動かす事も、自分の意思ではなく他人に操作されている気分だった。
それに戦いが始まれば溜まったエネルギーが解放されて制御不能になるなんて事もありえる。
だからと言ってこんな悠長なこと言ってられる状況ではない。
もう行き当たりばったりでやるしかないか…??
「…首の後ろですっ!!」
「…え?」
「あいつの弱点です……首の後ろにバツ印が刻まれていて…それが…」
「…分かった。教えてくれてありがとう」
ハルキはモンスターから目を離さず前方を向いたまま、彼女の助言を受け入れた。
全身からみなぎる灼熱のオーラに包まれたハルキはまさしく勇者に相応しい覇気を感じさせた。
「…道筋は見えた。飛ばすぞ…!!」
その声は低いものではあるが奥底には自信に満ち、頼りになる安心感を与える口調だった。
ハルキは快速を飛ばしすぐさまモンスターの後ろ側に回った。
高速で移動するハルキに追いつけずに慌ただしく姿勢を変えようとしたモンスターはハルキの速度に比べ動作が鈍く到底対応できるものではなかった。
モンスターの背骨に沿ってさらに加速しバツ印を見つけ出した。
深く身体に埋め込まれたバツ印から怨念や憎しみを感じる気味の悪いものだった。
ハルキは負の感情に飲まれない様に静かに目を閉じ呪文を唱える。
「アフェクシオン・ボヌール…!!」
両手を重ね前に差し出すと破裂しそうな程溜まっていたエネルギーが一斉に飛び出していく様に手先から溢れ出る。
真紅色の波動がモンスターのバツ印を一点集中して突き刺す様に攻撃している。
その光景はまるで赤く燃え上がり大地をも粉砕したと言われる神剣の姿そのものだった。
………。
……。
…。
俺は変わった夢を見ていた。
現実逃避したい気持ちが強すぎたのか、異世界という場所に行ったらしい。そこにはヨーロッパ風の建築物や亜人以外の様々な種族…エルフやアンデットや巨人などが存在し共に暮らし共に冒険に出かけ…ファンタジー溢れる心躍る場所だった。
どうやら…俺はまた目を覚ましてしまうらしい。このまま夢の中で暮らしたいという欲求とは裏腹に身体は無慈悲にも目覚めてしまう。
俺がいる現実世界にも異世界の様な期待や喜びをもてなす花の一本や二本あってもいいんじゃないだろうか……。
そんなどうしようもない思いに浸りながら俺は目を覚ます……。
「…おはようございます!」
枯れきった俺の心に一本の花が咲いた。
続く。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
キャラクター紹介①
春樹臆病な性格で他人に流されるまま自分の意見を持たずに生活を送っていた。彼女−すみれちゃんと出会い自分の意見を持ち始め学校活動などでは係に就いたり司会をしたりするなど明るくなっている様に見えた…が側で支えてもらっていたすみれちゃんとの関係が終焉を迎え元通りになってしまった主人公。