喧嘩しないカップルが一番幸せじゃない?
「…ゔ〜っっ!ゔ〜!!」
何だ!?声が出ないっ!?
手を動かそうと試みるも何かに固く縛られている。
服越しから伝わる冷たさは耐えられないモノであった。
それに俺は何かに揺られている…耳を澄ますと音響信号機から流れる音楽が聞こえだすのと同時に揺れも止まった。
ここは…乗り物の中?だとしても、運転手がいるとは思えない虚無の空間にいる感覚だ。
例えるなら大きなドームのど真ん中にポツンと一人閉じ込められている様な…それでも恐怖感は不思議と感じられずたたあるのは寂しさだけ。
そう言えば俺…早撃ち勝負に負けて…どうなったんだっけ?
…!!そうだ!!俺はすみれちゃんに会いに行かなくちゃいけないんだ!
けれど…俺は勝負に負けこの胸の奥に銃弾が突き刺さった感触が今も忘れず覚えている。
まただ…もう俺自身の事さえ分からない。
二度も命を落としたかと思うと、今も恐らく生きている。
生きている…いや、ここまでくると生かされている様にさえ思えてくる。
再び貰ったチャンスだ。すみれちゃん!!ここから脱出して君にっ!!
会いに行く!
こんな所で!時間を奪われる訳には…いか…な……いん…………だ。
……。
…。
俺の奥底から燃える闘争心とは裏腹に突然の睡魔が襲いかかり俺はその場に倒れ込んだ。
「ぅ…ゔゔ…ここは…?」
意識を取り戻すと俺は喋れる様になっていた。
俺の手足を縛っていたものも取り外されていた。
あたりを見渡しても真っ暗で何も見えない。さらには、雑音一つ聞こえない。匂いならどうかと試したが体が拒絶する臭いはなく無臭に近かった。
「…誰か、いないのか」
その一言に答えるかの様に一斉に目の前が真っ白く覆われた。
「…な、なんだ!?」
段々と明るさに慣れ、俺の目に映った景色は…言葉では言い表せない程…
「…お待ちしておりました」
「ようこそ、異世界へ!!」
異世界と言う漫画や小説に出てくる幾多の戦いを経験し鍛え上げられた勇者や見るものを魅了する美少女などではなくファンタジーと言う言葉には程遠い…物置きにいたのだ。
床は段ボールを塗装しそれっぽく見せ、照明は蝋燭、格好は黒いマントに覆われ何を着ているのか分からない…多分それっぽい服までは準備出来るほどの資金が足りなかったのだろう。
「……」
「……」
せっかくの異世界だと言うのに資金不足だなんて…寂しい…寂しすぎる。
目の前にいるこの人達も大変なんだな…。
もう俺の心には黒マスクに対しての同情心さえ芽生えていた。
「…え、驚かないの?」
「ああ。それより、早く俺を家に帰してくれ。彼女に会わなくちゃ行けないんだ」
「家に!?帰してくれ!?え、え、え?ここは皆んなが一度は夢に見る異世界なんだよ!?空飛ぶ魔法を使えたり、時空を歪める超能力が使えたり、王になって国を支配したりできるのよ!」
人と言うのは相手を客観的に見る事で、ここまで冷静さを維持する事が出来るのだな。
どんな勧誘員でもここまで口下手な事はないだろう。
「そんな異世界ごっこに俺を巻き込まないで下さいよ」
「異世界…ごっこ…だと?どうやら君は私の期待していたニンゲンとは違ったみたいね」
「だったら…聴いて驚きなさい!私は絶世の美女様よ!!」
「……はぁ」
予想外の反応に絶世の美女様は動揺している。それもそうだ、絶世の美女と言う名前はふざけて言っているのではなく彼女の複数ある内の本名の一つである。
言葉の通りこの名前が付けられるのはその名前に値する者のみであり彼女は確かな絶世の美女であった。
まぁ…彼女が創造主なんで好き勝手名前が付けられると言うのは黙っておこう。
「いや、私絶世の美女…何ですけどー」
「……はぁ」
「あーもう!分かったわよ!」
「天王龍様のお力お借り致します。リボーン・ウラヌス!」
途端に目の前の視界が真っ白に光り始め、先程までいた絶世の美女様の姿も見えなくなった。
もう一体何が…起きているんだ。
ん?この音は…トランペット?聴いてて落ち着く静かなメロディーが耳に優しく入ってくる。
「…何なんだこれ……」
目の前に一人の女性が胸元に大きなリボンを付け肩を露出した服を着て立っている。この服装は高校生にとっては刺激の強いものであった。
「…あなたは」
「私は異世界の創造主…と名乗っておきましょうか」
「異世界の…創造主?」
今の俺は不思議と彼女の言う言葉を信じていた。彼女から滲み出る神々しさが真実を述べていると俺の心に響いていた。
それに先ほどの絶世の美女とか言うホラ吹き野郎を見た後だと尚更言葉が強く響いた。
「ええ。信じてもらえないかもしれないけれど今日まで貴方の生き様を見させてもらいました」
「見させてもらったって…どうやって」
「それは…もう私は異世界の創造主なので?色々ですねあんな力やこんな力を駆使して見させてもらいました」
「す、すごい…。さすが、創造主様だ」
「私は貴方の事を見る内に惹かれてしまいました。貴方は愛しの彼女さんに振られ、貴方は人生の価値を見出せなくなり、自ら命を絶った…」
「-え?」
「はぁ〜そんなにも一途な思いを抱けるなんて私には到底理解が及ばず、非常に興味を持ちました!そのまま地獄に送って焦げ肉にされるのは勿体無いではありませんか!」
俺の目の前で興奮している女性は到底理解が及ばない言葉を発していた。
「あのー、一つ確認したいんですけど俺って今生きてるんですか?」
「あーそうだねぇ。生きてるとも言えるし、もう死んでるとも言えるかな。まぁそんな事より−」
「ちょっと待って下さい!!俺はまだ死ぬ訳にはいかないんです!!これからも仲良く出来る様にやらなくちゃいけない事が沢山あるんだ!!」
あまりにも大事な事を曖昧にし誤魔化された事に感情的になっていた。
考えるよりも先に我慢していた本音が、不安と苛立ちに加速され理論も何もなくただただ吐いた。
「……。それはあまりにもエゴイスティックな理想じゃないかい?君が歩んできたストーリーは誰でもない君自身が選んだんじゃないか。彼女に振られ、自分の人生を諦めたのも君自身だ。何なら感謝してほしいぐらいだよ。私は君に訪れるはずのない未来を与えようとしているんだからさ」
異常に熱くなっていた身体が彼女の目と合うたびに熱が吸い取られていく。
「そんなの知らない!!創造主なら俺を生き返らせる事ぐらいできるだろっ!早く帰してくれ…頼むっ」
彼女は軽い溜め息をつき、幼い赤ん坊を宥める様に口を開いた。
「…君は元の世界に戻ったとして彼女との関係をより良いものにしたいらしいが…結末は変わらないよ」
「そんな事お前に分かる訳ない!!俺とすみれちゃんは世界一幸せなカップルなんだよ!」
反抗期を迎え自分の事しか考えられない未熟な男の子と相手の思いを真っ向から否定せずも男の子を落ち着かせようとするお姉さんの言い合いを見ている様だった。
「世界一幸せなカップルは喧嘩を全くしないカップルだとでも?」
「ああその通りだ。喧嘩をする時点でお互い相性が合っていない事を自供している様なものじゃないか。公共の場で言い合いしているカップルなんてその時点で破滅してるのさ」
意気揚々と語る姿だけは自分に確固たる根拠があるほど力強いものであった。
「…そうかもしれないね。けれど君は自己中心的に考えるあまり世間の事をもっぱら理解出来ていない。喧嘩をする事はお互いの本音をぶつけ合っている証拠さ。本音を隠し続けているカップルこそ、突然別れは来るもんさ」
本音を隠し続けているカップルこそ…突然別れが…来る。俺たちの終わりは何の前兆もなく訪れた。明日もその明日も俺はすみれちゃんの彼氏であり続けると思っていた。けれど違った。そう思っているのは俺だけで、すみれちゃんは俺と別れたいと思っていたんだろうか。
いつから…?分からない…分からない!!
君が俺の事をどう思っていたのか…分からない。
俺の彼女で嬉しいと言ってくれた言葉さえも、受け入れられない。
あの言葉を言った時、君は俺とはもう別れたいと思いながらも…
「…どうしてこんな俺に興味を持ってくれたんですか」
途切れそうな声で彼女に聞く。そこには切実な思いがあった。
「人助けだよ」
「人…助け?一体俺の何を助けようと思ったんですか」
「さっきも言ったけど、私は君の一途な思いに興味を持ったの。だから、そんな君の人生を寂しい形で終わらせたくなかったから私が君にチャンスを与えます!パチパチパチ〜!ほら、みんなも盛り上げて〜」
突然彼女の周りに複数のニンゲンらしい姿が現れ手を叩いてる。
そんな彼女の言っている事がまだ理解出来ていない様子ながらも、ハルキは首を縦に振り意志を固めたようだった。
「今私が創った異世界がすこーし、すこーしだけね大変な状況になってるの。で、その大変な状況を君を異世界に転送して手伝ってほしい!もちろんっ!報酬はあるからね、そんないくら何でも低賃金、残業代オールカットとか誰が働くねんっ!て思う職場じゃないから安心して」
あれ?何だろう。彼女の周りにいる人達の見えないはずの表情が暗くなっている様に伝わった。
「それで報酬ってのは?」
「よくぞ聞いてくれました!」
「報酬は…君が希望する人生を提供するよって言っても大金持ちに!とか総理大臣に!とかスケールが大きすぎるのは難しいけどね…」
「それじゃあ……彼女と一生付き合える人生を送りたい…です!」
「もちろん…お安い御用だよ」
「それでは、今から異世界への転送準備を始めます。私は君の理想を叶える為、君は私の欲望を叶える為に異世界に転送します。創造主よりハルキへ贈ります。貴方に天皇龍様のご加護があらんことを」
俺はこれから異世界に旅立つ!!どんな状況かは分からないけれど…すみれちゃん!君に再び会う為に俺は命を懸けて救いの勇者となってここへまた帰ってくる!!
「陰ながらですが応援してますよ。私が直々に選んだ勇者さまですから…救いのピースに貴方がなってくれる事を祈っています」
「エス・プューラ!!」
続く。
読んでいただきありがとうございましたー!
クリスマスが終わったものの街中を歩いていると名残を感じてしまう度に孤独感に襲われる日々を過ごしてる今日この頃。泣