鳩サブレよ、さようなら
卒業式が迫った高3の昼休み、大好きな鳩サブレを食べていると片想いをしていたサトシくんに子供っぽいと言われた。サブレを含んだ私の口内はみるみる乾いていった。
「それにしても子供っぽいはひどくない? 眼中になし発言じゃん! 卒業式に告白しようと思っていたのに」
「まぁ、確かにねー」
片想いの相手の一言に傷ついた私は、放課後に親友であるトモミに愚痴っていた。
「でも、気持ちはわからなくないかな」
「えー」
そんな親友であるトモミの発言にがっくりとする。トモミまでそんなことを言うなんて。やっぱり子供っぽいのかな。
「ねぇ、トモミ。私どうすれば子供っぽくなくなるかな? というかどうしたら大人っぽくなる?」
そうねー、トモミは私の身体を見回す。
「ミズキの場合、まずは髪型ね。少なくともおかっぱはやめたほうがいい。化粧も勉強するべきだと思う。ナチュラルメイクのつもりかもしれないけど、ほぼノーメイクよそれ。アニメキャラの缶バッチも外したほうがいいわね。あとはそれ」
トモミは私が頬張っているものに対して指を差す。
「ミズキが鳩サブレ好きなのはわかるけど、いくらなんでも食べすぎ。ミズキ、一部であだ名がサブレになっているって自覚ある?」
「えー、鳩サブレって子供っぽいかな。これ食べている時が一番落ち着くのに」
「少なくとも大人の女性はそんな毎日、鳩サブレを食べるイメージはないわね」
うーん、確かに。思い返せば子供っぽいと言われた時も、鳩サブレを食べていた気がする。子供の頃から鳩サブレ大好きだった。地元の名産であり、家には常に鳩サブレが置かれていたので、習慣的に毎日食べていた。バッグにも常に鳩サブレが常備されている。もはや鳩サブレは私の血であり肉だ。でもだからこそ、私はこんなに子供っぽくなってしまったのではないか? 私は春から高校を卒業し、東京の会社に就職する。サトシくんの発言とは別に、自分がこのまま社会人になっても大丈夫だろうかという疑念は常に心の中で渦巻いていた。それはやがて一つの決意に結びついた。
「私、鳩サブレを引退します! そして、卒業式までに大人っぽくなって、サトシくんに告白します!」
そんな私の発言に、トモミはちょっと顔をひきつらせた。別に今のミズキのままでもいいと思うけどなー。そんな呟きが聞こえた気がしたが、最終的にはまぁ頑張りなさいなとエールをくれた。
そこから卒業式までの二週間、私は大人のレディになるためにとにかく頑張った。いつもよりも高い美容院に行き、おかっぱ頭からゆるめのカールを加えたウェーブスタイルにイメチェンした。化粧も美容系youtuberの動画を見て勉強し、誰が見ても恥ずかしくないメイク技術を手に入れた。お気に入りのアニメキャラの缶バッチをバッグから外し、代わりにおしゃれなストラップをつけた。
そして、鳩サブレはもう食べていない。無性に食べたくなることは度々あったが、あれは子供の食べ物だと、自分に言い聞かせ我慢した。
それでもまだ何かが足りないと思い、ショッピングモールを一人彷徨い歩いていると、花の香りの良い匂いがした。ふと目を向けると、香水コーナーがある。
これだ! 私の直感がそう告げる。大人の女性といえば、香水。そんな等号が私の頭の中で成立した。しかし、種類が多すぎてどれを選べば良いかわからない。
「あの!」
私は勇気を振り絞って近くの店員に話しかけることにした。
「私に似合う香水ってどれですか!?」
店員は少しびっくりした顔をしたが、すぐに営業スマイルで一つのサンプルを手に取る。
「こちらのフレーバなどがおすすめですよ。 チェリーブロッサムと言って柔らかい、春を思わせる香りです。ちょっと手首を出していただけますか」
そう言われて手首を差し出すと、シュッシュと店員は私の手首に香水を吹きかけた。少し戸惑ったが、手首を鼻に近づけて嗅いでみると桜の香りがした。これ好きだ。
「これにします!」
即決だった。これで大人の女性位なるための予算はほぼ使い切ってしまったが、後悔はなかった。
そうして、卒業式の日を迎えた。
朝、見違えた自分を鏡の中で目にすると、思わず顔がニヤけてしまう。どこに出してもおかしくない、大人の女性だ。
大丈夫、これならサトシくんに告白する資格がある。そう思うと同時に、これって本当に私かな、と少し疑問に思った。しかしそんな疑念もあのチェリーブロッサムを吹きかけるとどこかにすっ飛んでしまう。
「いや、完璧っしょ!」
私は胸を高鳴らせて学校に行った。
「えっと、どちら様?」
教室に行くと、軽口一番トモミに言われた。
「いやいや、確かにイメチェンしたけど昨日会ったばっかじゃん」
「まぁそうだけど。なんかいい匂いするし」
クンクン、とトモミが鼻を近づけてくる。
「でも確かに、大人っぽくなってね。うん、これならいけるかも」
「だよね!」
そんなトモミのお墨付きをもらった私は更に自分への自信を強めた。
しかし、私は撃沈した。
「なんか最近のミズキって、ミズキっぽくないんだよな」
卒業式が終わったあと、私の想いをサトシくんに伝えたところそんな言葉が返ってきた。
そんなこと言っても、本当の私は子供っぽいんだから仕方ないじゃん。私はすっかり肩を落とした。
「あっ、でも今日のミズキなんかいい匂いするな」
フンフンと、確認するようにサトシくんは匂いを嗅ぐ仕草をする。
「そういえば、今日は鳩サブレ食べないの?」
「えっ、最近は食べてないよ」
子供っぽいって思われちゃうから、そう口が滑りそうになる。
「それかもな。なぁ、このあと鳩サブレ買いに行かね? 俺も食べたくなっちゃった」
サトシくんの発言に私は混乱したが、結局その後鳩サブレを買いに行くことになった。
そこで食べた鳩サブレは本当に美味しくて、やっぱり私は鳩サブレが好きだなと実感した。
「やっとミズキらしくなったな」
ニッと笑うサトシくんは眩しかった。
そんなサトシくんをみると、子供っぽいとか大人っぽいとかそんなことはどうでもよく感じた。香水であれ、鳩サブレであれ、人であれ、好きなものを好きだと思えることが大切なのかな。私が私らしくあるために。