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忘却の五色帳  作者: クリオネ
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8話

読んでいただきありがとうございます。

 

 瘴気が空を閉ざした影響で、僅かな陽の光しか届かなくなった黒の一族の村。

 時間の感覚が狂わないよう、朝の訪れと共にかがり火に火をくべる習慣が出来ていた。

 かがり火に使われる脂は、狩人と呼ばれる瘴気の中で活動し狩りを行う男連中が狩ってきた魔物の脂を活用している。今まで捨てるだけの部位だったものが、今こうして活用されているため、在庫は余分にあった。


 村にかがり火の灯りがポツポツと増えてき始めた頃、周りの視線を避けるように家の陰に隠れる不審な男が二人、村の中心部にある家を注視していた。


「いつになったら出てくるんだよォ」


「もう五日もこうしてるが、一向に出てくる様子もねぇ。もし今日も駄目なら力づくで奪うしかねぇが……」


「っ、兄貴、見ろ!」


 兄、と呼ばれた男がその声に反応し、弟の指さす先へ視線を移すと、この五日間ついぞ見る事も叶わなかった対象が現れた。


「あんなちっこいのがねぇ。ガロンの長の方がよっぽど立派だろ」


「俺もそう思うよォ。それじゃ、頂いちゃおうかァ?」


 兄弟は視線を交わすと、音もなく移動を始める。

 舞い上がる土埃だけが何者かがそこに居たと認識させる程度の素早い動き。目標に向かって二方向から迫る。

 対象に目立った動きはなく、暢気に大きく口を開けて欠伸をしていた。


 いつの間に取り出したのか、兄弟の手にはあの丈夫な芋のツルが握られており、対象に近付いた瞬間兄は前足を、弟は後ろ足を身動きが取れないよう縛り付ける。

 そこでようやく気付いたのか、きゅうきゅう、と甲高い鳴き声が上がったため、もう一本用意したツルで口元を結び付けて捕縛を完了させる。


「後はこの絵を地面に書いて、と」


「おい、気付かれる前に逃げるぞ。兄ちゃんが待ってる」


「ほぉい」


 兄弟は何かの書き置きを残して、口元だけを覆うマスクを装着すると、瘴気の森へと足早に立ち去ってしまった。






 ――――――――






 あれから、五日が経った。


 思いの外、ガロンや他の黒の一族から『贄』の催促や僕の様子を確認しに来る、といったことは無かった。


 目が覚めたリューネは、僕を利用している事についてひたすらに謝っていたが、そのお陰で僕は命を救われたのだから、むしろこっちが感謝を伝えると、謝罪と謝意の応酬が始まってしまった。

 戻ってきたミドウが間に入ってくれて、僕はリューネの『贄』を取り止める算段を、リューネは外での情報集めを手伝うことで落とし所を見つけた。

 協力してくれたリューネとミドウの甲斐あって、村の周りや『王墓』に関しての情報が集まった。


 村の周りの瘴気は日を追う事に着実に狭まってきており、あと数日で村の最端の家が飲み込まれそうになっているらしい。

 避難の必要な家庭は他の家庭に避難し始めているらしく、ガロンだけでなくそう言った村人からは、『贄』に関しての不安が生じてきており、リューネの表情にも陰が差し掛かってきていた。


 ミドウによる『王墓』の調査によると、『王墓』内の瘴気は薄く、この村とほぼ同じかそれ以下と言う活動しやすい環境にあったらしく、自ら入り込んで調査を進めたようだった。

『王墓』への道のりを事細かに教えてもらうと、僕が目覚めたさらに奥にあるのが本殿と呼ばれる制御器官らしく、『贄』たるリューネをそこへ差し出すことで制御機能を復活させる事が出来るそう。

 しかしながら本殿には瘴気溜りが渦巻いており、ミドウですら近寄れなかったのだと言う。

 他にも役に立つか分からない、と言って様々な調査結果を教えてくれたものの、機能の復活方法が『贄』以外に見つからなかった。

『王墓』に関しての伝承が記された物があるはずなのだが、所有者がガロンという事で、ミドウでさえも近寄ることは出来なかったと言う。


 そして僕はと言うと、ただ持ち込まれる情報を与っていただけではない。

 限られた室内でも可能な体力作りに励んでいた。

 とは言え、ミドウもリューネもさほど詳しい訳でも無かったため、軽い筋力トレーニングや、ミドウがこっそり持ってきてくれた剣を室内で振ることしか出来なかった。


 あれだけ「自分に出来ることをやるしかない」なんて啖呵切っておいて、思い返せば記憶もない僕がどう鍛えるべきなのか、てんでわからなかった時は二人に苦笑されてしまった。


 ちなみに、ミドウの持ってきた剣と言うのが、骨剣と言うものらしく、瘴気によって強化された魔物の背骨を丸ごと抜き取り加工した物だと言う。

 片手剣サイズとは言え、立てかければ僕やリューネの半分くらいの大きさはある。

 ある程度削られたりしているとは言え、ここまで大きな背骨を持つ魔物が居るとは……。

 そしてそんな武器がこの村にはいくつかあると言うくらいだから、その魔物はごくありふれた存在なのだろうか。


 ただし、ガロンの持つ特別な骨剣は「アロバス」と言い、ガロンとリューネの親が狩った特大の魔物から取れた背骨と名前だと言う。

 あの大きなガロンと同じくらいの背骨を持つ魔物なんて、そりゃあ骨まで頑丈になるのは容易に想像ができた。


 それにしても、今日は朝から随分と静かだ。

 いつもは構って欲しいとニーアが甘えてくるのに、今日は姿が見えない。どこかに出かけているのだろうか。


 リューネは毎朝僕が起きる前に出かけて昼頃まで帰って来ない。何をしているのかミドウに尋ねたところ、村の周りに群生しているあの木の世話をしているとの事。

 僕が命を救われた治癒効果のある樹液を生み出すあの木だ。


 木の名前をカリザネと言い、カリザネの木と作物の芋で瘴気を浄化する事で『王墓』圏内では薄められた瘴気に怯えずに生活出来ているようだった。

 瘴気の被害に備えなくて良いと言うのは『王墓』だけでなく、この植物の力も大きいと言う。


 また、カリザネの木は樹液だけでなく、樹皮を薄く伸ばし乾燥させた物はフィルターに役立つと言う。


 初めは何を言っているのか分からなかったが、いくら瘴気に耐性のある黒の一族とは言え、なんの対策も無しに瘴気の中で活動できる時間は限られている。そのために、カリザネの樹皮で作られたフィルターを挟んだマスクが必要不可欠なのだ。

 以前ガロンが僕に斬りかかってきた時、首からマスクをぶら下げていたのを見るに、あれは瘴気の中の探索や狩りを終えた後だったのだろう。


 しかしマスクと言えどその数は限られており、マスクを作るのに必要な素材が今は採れないと言う。この村でも住民の半分にも満たない数しか残されていないようだった。


「それにしても、帰りが遅いな」


 リューネとミドウに教えてもらった筋力トレーニングに加え、寝室での素振り。一日のセット数まで終わらせてしまった。普段ならニーアに邪魔されるなりして、リューネが帰ってくる頃まで時間はかかっていたはずなんだけどな。


 余った時間は無理に運動はせず、休息に時間を使う。

 ベッドの上で胡座をかいて目を瞑る。


 精神を落ち着かせ、体の昂りが落ち着くのを待つ「瞑想」と言うらしい。この瞑想は、ミドウ曰く魔力を高めるためにも用いられる技法らしく、どのように高まるのかはミドウもイマイチ分かっていないようだった。


 あれから、体を動かした方が体調は良くなる上に、何よりも暇つぶしが出来たことが大きい。

 しかし当初の目的である失った記憶に関しては如何せん思い出す兆候もない。

 かと言って焦った所で出来ることは無いわけで。


 ――もう一度、あの時の感覚を思い出せれば。


 いくら考えても出ることの無い答えを探しながら体を落ち着けていると、扉の向こうが騒がしくなる。


 リューネが帰ってきたのか?

 それにしては足音が重いな。ミドウだろう。


「た、大変ですクロハ殿っ!」


 扉を開け放って飛び込んできたのは、焦った様子で脂汗を額にかいたミドウだった。


「そんなに慌ててどうしたんだ?とりあえず汗を拭いて」


「そんな場合ではっ、無くっ!リューネの姿が、どこにも、無いのです!今朝から見当たらなく!」


 ミドウのその言葉に僕は思わず立ち上がる。


「……カリザネの木の世話をしに行ったはずじゃないのか」


「用があってワタシもそう思い、村の周りのカリザネの木を見て回ったのですが、リューネは居らず、村人に聞いたところ、最後に見たのは瘴気の中に入って言ったと……!」


「っ!?」


 まさか、思い込んだ末に一人で『王墓』に向かったのか?

 いや、ここ最近のリューネの様子は思い詰めるどころか、むしろ楽しそうにニーアと戯れたり編み物に取り組んでいた。


「――そうだ、ニーアの所には?」


「いえ、村にネグロヴァニア様の姿はありませんでした……」


 まさか、ガロンの仕業なのか?

 それにしたって、実の妹に手を出すか?

 いや、僕を誘き出すために人質にされた、と見るべきか?


 一抹の不安を拭い切れず、僕はミドウに尋ねた。


「ミドウ、リューネが瘴気の中で活動できる時間はどれくらいになる?」


「異形化している我々でさえ、マスクありでも数時間が限界。半日なんてとてもと言うレベルです。しかしリューネは瘴気に対する耐性は僅かしか持っていないはず。最後に見たという時間から考えても、残された時間はそう多くないはずです。もし、まだ瘴気の中に居て、脱出することが叶わなかったとしたら、それはもう……」


 最悪の場合を考えるミドウ。

 それはつまり、リューネが魔物と化し亡くなる事だけでなく、村としても『王墓』の機能が復活しなくなると言う最悪の事態に陥ることになる。


「助けに行くしかない」


 ガロン達がどうこうなど言っている場合ではない。

 僕は使い慣れた骨剣を手に、部屋を出ようとするが、ミドウに腕を掴まれてしまう。


「クロハ殿は瘴気への耐性が無いはずっ!白の民ならば白の魔法で和らげる事が出来るでしょうが、クロハ殿はそれを使えない!捜索など不可能です!」


 白の王国では、白の魔法が発展している。

 その特性は、聖なる力を顕現させるもの。その力により、黒の瘴気の一部を無効化する事が出来る。


 しかしミドウの言う通り、僕は元からそれを使えないのか、それとも記憶を失った事で使えないのか不明だが、黒の瘴気への対処が出来ずにいた。


 ミドウ曰く、別の瘴気に対する力で守られていたのでは、という考察をされたものの、目覚めた時から所持品は何も持っていなかった。


 つまり、僕は黒の瘴気に対して完全に無防備な状態なのであった。

 そのはずなのだが、不思議なことに僕に黒の瘴気への恐れは何一つ無かった。


「大丈夫。絶対に、帰ってくるから。ミドウは村で待っていてほしい」


 何一つ根拠の無い発言に、ミドウの顔が歪む。

「いや、しかし……」と苦々しげにミドウは何度も口を開閉する。


「……分かり、ました。決して無理はなさらないよう」


 納得はいかない、と言った様子のミドウの手から力が抜け、腕がするりと落ちる。


 そして、最後に見たと言う目撃証言のあった方向から、ミドウは『王墓』に向かったと推測され、『王墓』への道筋を教わる。

 あの先でリューネが待っているはずだ。


「クロハ殿っ!!」


 走り出したすぐ後に、背後から呼びかける声がして振り返ると、ミドウがその大きな体を存分に使って、何かを振りかぶって、それを投げた。


「うわっ、と、とっ――」


 大きく右に逸れたそれを、落とすことなく胴体でキャッチすると、その正体はカリザネの樹液フィルターがセットされたマスクだった。


 それを見て思わずミドウへ顔を向けると、ミドウは大きく右腕を突き上げて叫んだ。



「特別性です!リューネを、頼みました!!」



 遠目で確認しにくいが、ミドウの頬に一筋の涙が見えた。

 それは何を意味する涙なのか。

 僕はそれに反応することなく、ただ同じように右腕を突き上げ、声を上げる。



「応ッ!!」



 手にしたマスクを後ろで結び、僕は壁のように立ちはだかる瘴気の中へ飛び込んで行くのだった。














「……リューネを、頼みます」



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