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80話 これからも傍に

 ――リリィが叫んだ。

 それは、まだ十五に満たない少女が放つ声とは思えないほど鋭いもので、一瞬のうちに周囲を萎縮させてしまう。



「貴方達は結界師を目指して――人を護ることを志してここに集ったのではないのですかっ! それが貴方達の正義なのですかっ!!」



 ――ふと、レイグが脳裏に浮かぶ。

 黄金の竜を目の当たりにして動揺する隊員達を一瞬で静めた凛とした掛け声。

 今のリリィは彼が乗り移っているかのような雰囲気を放っている。


「ゼダさんは被害者ですっ! 今回の事件の黒幕に利用されただけなんですっ! 何も知らないのは貴方達の方ですっ!! これ以上ゼダさんを痛めつけようというのなら――」


 リリィが天に手をかざした。

 その手に強大な風が集約していく。


「私が相手になりますっ! さぁ――かかってきなさいっ!!」


 鬼気迫った表情で力をかざし、訴えるリリィ。

 その尋常ならざる迫力は、人々を沈黙させるには十分だった。

 少しずつゼダを取り巻いていた人々が散っていく。

 数分も経つと、ゼダの近くには俺達以外誰もいなくなっていた。



「……なんでだよ」



 周囲の罵声が消えてからしばらくたった後。

 ゼダが歯をくいしばりながら立ち上がる。

 口から溢れた血は、彼が受けた暴行の激しさを如実に物語っていた。


「なんで俺をかばった……俺は、お前を攻撃したじゃないか……俺が被害者な訳ないだろ……!」

「…………」


 リリィに向かって露骨に嫌悪の感情を向けるゼダ。

 そんな彼を前に、リリィは無言のまま動かない。


「いつもそうだ……お前はいつも無邪気で……呑気で……何も分からないお子様だっ! そんなお前に、なんで――」

「……リリィは知っていますよ」


 ふと、リリィが頬を緩めた。

 ゼダに向けられている感情なんて見えていないかのように、優しく微笑みながら話しかける。


「貴方がどれだけ努力していたのか。リリィは見ていました。だからリリィ、焦りました。リリィも強くなりたい――優秀になりたい。お母さんみたいに、なりたかったから」

「…………」

「……でもなれませんでした。リリィは弱いです。無知なままです。ゼダさんみたいに頑張れてなかったと思います。ゼダさんに比べれば、リリィなんてちっぽけな存在です」


 ちょっぴり悔しそうに苦笑するリリィ。


「だからリリィ、ユウさんに分けてもらったこの力――人のために使います! ゼダさんみたいに苦しむ人がいなくなるように。そのために使います。それがリリィの信じる正義です」

「……ふざけるなっ! ふざけるなっ!!」


 ゼダの声が荒れる。

 だが、その勢いはどこか弱々しかった。

 リリィの言葉がただの建前でも謙遜でもないことが伝わってしまっているからだろう。

 どこまでも純粋に自分を思いやってくるリリィがたまらなく眩しいのだろう。


「お前に――お前に何が……何が分かるんだ……お前が……くっ……」

「――もういいだろ」


 ひざまずくゼダにヒールをかける。

 はっとした表情で俺を見上げるゼダ。


「あの監獄みたいなところで何があったのか……俺達は知らない。でも、少しは想像がつく。……大変だったな」

「なんだと――」


 何が分かる――と言いたげに睨みつけてくるゼダ。

 分からない。彼がどのような覚悟をもって、どのように苦労してきたのか。

 それでも報われず、あんな鬱屈とした空間であがいていた彼の気持ちが分かるなんて軽々しく言うことはできない。

 それと同時に、いくら惨めな思いをしていたとしても、リリィに対する態度は決して褒めることはできない。リリィを苦しめたという点でみれば、ゼダは俺にとって敵でしかない。



 そうだとしても――


「リリィは君を尊敬していた。だから君をかばったんだ。他に何の意図もない。それは伝わっているんだろう?」

「…………」


 ゼダが言葉を詰まらせる。

 一度、拳を地面に突き付けてリリィを睨むゼダ。


「だから……だからむかつくんだよ、お前はっ! どこまでも純粋で――だからっ!」

「…………」


 リリィは何も答えない。

 じっとゼダを見つめているだけだ。

 それが一番、ゼダにとっては辛いことなのだろう。


「俺だって――俺だってっ! ここで結果を出さなければ……俺をここに入れてくれるために……どれだけ……うぅうっ……くそっ――クソッ! クソォオオオオオオオオッ!」


 何度も拳を地面に突き付けるゼダ。

 そんな彼に、何か言葉をかけようとリリィがしているが――


「……行くぞ、リリィ」

「あ……」


 それは俺が止めた。

 これ以上の言葉は意味がない。かえって彼を苦しめるだけだ。

 リリィもそれは分かっていたのか、黙って俺についてきてくれた。


 リリィの手をひいてゼダから離れる。

 シエルとナギが心配そうに眉をひそめながら俺達を迎えてくれた。


「ゼダさん……辛そうだった……リリィ、リリィは……ゼダさんに何もできなかった……」


 少し泣きそうになりながら、ひざまずくゼダの方を振り返るリリィ。

 でも――リリィの持つ純粋さと優しさは、ゼダにとっては毒にしかならない。


「あの傷は俺達には治せない。分かるだろ。後は彼自身が乗り越えるしかないんだ」

「……はい。でも……もし、リリィだったら……多分……」


 言葉を詰まらせるリリィ。

 その先は言わずもがなだ。もしもエターナルフォースの影響が無かったら……リリィは、自分の選んだ道を進むことはできなかっただろうから。


「リリィ……弱いですね。大切なのは今ある力をどう使うか――でも、やっぱりうまく割り切れません。こんなんじゃだめですよね……ユウさんはこれからも魔王と戦おうとしているのに……」


 自嘲気味にため息をつくリリィ。

 そんな彼女の頭を軽く叩く。


「でも、俺はリリィみたいに悩む人の方が好きだな。機械みたいに割り切れる奴は一緒にいて落ち着かないから」

「…………」


 ――我ながら気障にすぎただろうか。

 顔を赤らめるリリィを見ていると、こっちも顔が熱くなってくる。

 シエルの手前、罪悪感もあって手をひこうとすると、逆にリリィから腕を掴まれた。


「――えへへ。そう言われてもリリィ、絶対強くなりますっ。だから……これからも傍にいさせてください。ユウさんっ!!」



 その無邪気な笑顔の中に、どこか色気を感じてしまうのは俺の心が邪だからなのだろうか。


 どうあれ、こんな笑顔を向けてくれる女の子を死なせるわけにはいかない。

 次の魔王――バロバスーラとの戦いに向けて気を引き締め直すとしよう。

次章

 「絶望染まる堕天の少女」 


5月は書き溜め+他作品の更新に努めようと思います。

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