75話 きいてもいい?
とはいえ、リリィの異常な様子も気になっているのだろう。
寝室の扉を閉めながら、シエルが心配そうに声をあげる。
「ふむ……疲れているのはたしかだろうが……明らかにいつものリリィ殿ではないな」
「やっぱそうだよなぁ……」
いつも天真爛漫なリリィが、あそこまで暗い表情をしているのがどうにも気になる。
地上階に出てリリィと合流した時には、特におかしな様子はなかったと思ったのだが――
「リリィの知り合いが魔法学校の生徒にいたみたいなんだ。もしかしたら……彼と何かあったのかも」
「なるほど……そういうことでしたか」
顎に手を当てて何か考えるそぶりを見せるシエル。
十秒弱の沈黙の後、シエルは不意にナギに視線を移した。
「……そういえばナギさん、明日ブランダルさんとは本当にお話できるのでしょうか?」
「む? なぜそんなことを?」
「ブランダルさんはアリエーナの影響を一番強く受けていたと思われます。それに、戦いの後、殆ど彼とお話しすることができていないので」
「なるほど。言われれてみれば、たしかに私も人づてにしか確認できていないな……」
「では、一応挨拶してきます。ナギさんもどうですか?」
「そうだな。では参ろうか。ユウ殿、しばし私達は席を外させてもらう」
そう言いだしてからの二人の行動は早かった。
きびきびと服装のしわをなおし、寝室の扉を開けようとする。
「あ、俺も――」
「ユウ様はここで休んでいてください。私達だけでいってきますから」
「え……でも……」
「バスルームの隣を通らないと出口にいけませんよ?」
そう言いながら苦笑いを浮かべるシエル。
その表情を見て、さすがに俺も察した。
この寝室には、シエルとアリエーナの戦闘で穴が空いた壁がある。
今はその前にタンス等を置いて模様替えし、それを目立たないようにしているだけでそれをどければ外に出ることはできるのだが――シエルが言いたいのはそういうことではないだろう。
「……分かったよ。じゃあ、よろしくね。二人とも」
「お互い様です」
「だな。頼むぞ、ユウ殿」
そう言いながら微笑むシエルとナギ。
――さて、俺がどう役に立てるか分からないけど……やれることはやってみるとしよう。
†
「あ……ユウさん」
しばらくすると、寝室の扉が開きリリィが入ってきた。
「っ――」
……思わず絶句した。
どこに置いてあったのか分からないが――その身は真っ白なバスローブに包まれている。
愛らしくデザインされているものとはいえ、いつもは軍服を身に付けているリリィの姿しか見たことがないだけに、そのリラックスした様子は衝撃的だった。
そして、いつもツインテールに元気に結われた黒髪は、大人びた感じで清楚におろされており、しっとりとした湿気を纏うその姿は恐ろしいほどに艶めかしい。
「……あれ、シエルさんとナギさんは?」
「ブランダルさんの様子を確認しにいったよ。
「そうなんですか? お任せしちゃって申し訳ないです……」
そう言いながら、リリィはしょんぼりと俯いてしまう。
そのまましばらくの間、リリィは入口付近から動こうとしなかった。
物凄く気まずい雰囲気で周囲が支配される。
待っていてもリリィから口を開くことはなさそうだ。
「……あのさ。ゼダ……だっけ。本当は大丈夫じゃなかったのか……?」
「…………」
「あの人……リリィの知り合いなんだよね?」
「はい」
いつものリリィらしからぬ淡泊な返事。
もしかして、ゼダは犠牲になってしまったのだろうか。
どう言葉をかけるべきか迷っていると、リリィは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべて近づいてきた。
「……大丈夫です。少なくともリリィが見た範囲では、犠牲者は奇跡的にゼロでした。だから、大丈夫です」
俺が腰かけていた毛布の前に座り、微笑んでみせるリリィ。
だが、その『大丈夫』を信用してしまうほど俺は鈍感じゃない。
「……ゼダとリリィのこと、きいてもいい?」
「はい……えっと……」
少しの間、天井を見上げて何かを考えこむリリィ。
彼女にも自分の中で整理する時間が必要だろう。しばらくの間、彼女のことを見守り続ける。
「えーっと……リリィがまだ十歳にもなってない……まだ、アルミード騎士団の見習いにすらなってなかった頃ですね……」
自分の中で言葉を選んでいるのだろうか。
少しどもりながら、リリィはゆっくりと言葉を続けていく。
「リリィ、学校に行きました。シャララドに比べるとすごく小さいですけど……アルミードの、しっかりとした学校です。そこでゼダさんのことをお見かけしました」
「見かけた……? ゼダとはそこまで親しくなかったの?」
思わずそう口を挟むと、リリィは恥ずかしそうに苦笑して頷く。
「ゼダさんは私と同じ学年の中で一番優秀な人でした。魔法も、剣術も……皆より凄くて、よく先生に褒められていました。でも……」
そこで言葉を区切り、自嘲気味に微笑むリリィ。
「リリィ、ゼダさんと違って全然ダメでした……だから、ゼダさんは雲の上の存在で……全然話したこともありませんでした」
「……でも、ゼダはリリィのこと知ってそうだったけど」
「あはは……リリィ、ダメすぎて少し有名だったんです。お父さんが立派な領主で……貴族の娘なのに。それなのに、ここまでダメなのは珍しいって……」
「…………」
相変わらず、リリィの微笑み方はどこか自嘲的で見ていて悲しくなってしまう。
だが、これ以上彼女の言葉に口を挟むことはできなかった。
「ゼダさん、いつも学校に残って訓練してました。凄いなって思って……リリィも真似てみました。でも、全然うまくできなくて……結局、先生に怒られてばかりで……」
「…………」
リリィは俺と出会った時も一生懸命だった。
だから――その時の彼女が辛い思いをしたことは容易に想像することができる。
でもリリィは、そのことを俺に受け入れてほしいわけではないのだろう。
「ゼダさんは……凄かったです。リリィとは全然違う。いっぱい頑張って、いっぱい褒められてました。でも、ゼダさんは平民の子だったから……今振り返ってみると、ゼダさんが結果を出すことを疎むような人が何人もいたように思えます……」
その表情はゼダへの憐れみで満ちていた。
――いや、それは憐れみというよりも、自分への怒りだったのかもしれない。
「……リリィ、全然ダメなまま学校を出ました。というか……出されたんです。見込みがないって……でも、お父さんの紹介で、なんとかアルミード騎士団の見習いで勉強を続けさせてもらって……それで、ユウさんと出会いました。でもゼダさんは……そういう後ろ盾なんて何もなかったんですよね……」




