73話 ……お疲れさまでした
血のような赤と、禍々しい黒の混ざったオーラ。
それを纏う剣をアリエーナが一振りする。
肌を切り裂くような強烈な風と共に、そのオーラは刃の形となって俺達に襲い掛かってきた。
だが――
「エメラルドバニッシュメント」
俺が手を払った瞬間、そのオーラが凄まじい勢いで霧散した。
エメラルドの光の粒子が噴水ショーのように大量の水しぶきとなって散っていくオーラの中を歩き、アリエーナに近づいていく。
「なにっ――ばかな……」
「お前……今、本気でシエルを殺そうとしたな」
「はっ……だったら――」
「――もう容赦しないぞ。お前」
――この言葉は、もしかしたら自分の甘えなのかもしれない。
今からアリエーナを倒すことを――殺すことを正当化させるための言い訳なのかもしれない。
でも、俺はシエルを護らなければならない。
この子は、俺のことを愛してくれた、大切な女の子なのだから――!!
「ふざけるなっ!! 私の剣には、千を超える人族のマナがこめられているのですよっ!! 個人の力で、これを超えられるはずがないっ!!」
「ならもう一度振ってみろよ。それで俺が倒せるのなら」
「なめたコトを!! 後悔なさいっ!!」
近くにいたブランダルを吹き飛ばし、アリエーナが大きく剣を振り上げる。
さっきの攻撃よりも強く、激しい風が剣を覆う。
粘液のような質感を持つ彼女の黒い翼が赤へと変色し、肥大化した。
「カースブラッドヘリューティア!!」
黒の混ざった血のような赤のオーラ。
それはまるで竜巻のように彼女の剣を――彼女の姿を覆いつくし、竜の頭のような形となって襲い掛かってくる。
だが――
「なんだこれ? エルドラーリアより弱いじゃないか」
「っ――ぎゃあああああああああっ!?」
スキルを使うまでもない。
手のひらを前にかざすだけで、彼女の放ったオーラは霧散し、その反動が彼女に向かう。
アリエーナの体は、部屋の奥にある大窓に叩きつけられ――そのまま建物の外へ吹き飛ばされた。
「なぜっ――! なぜっ!!? たしかに吸い上げたのに! この塔にいる者どもの感情を――マナをっ!!」
だが――その翼は伊達ではないらしい。
その表情は苦悶に満ちていたものの、なんとかアリエーナは空中で翼をはばたかせ、派手に割れた窓まで戻ってきた。
「……もういいだろ。まだやるのか」
「ふざけるなっ!! 私はまだ――」
「勝てないよ、お前は。さっきのが切札だったんだろ?」」
俺がそう告げると、アリエーナはがくりと膝から崩れ落ちる。
やはり、あれ以上の攻撃の手は彼女には残されていないようだ。
「なぜだ……なぜお前はたった一人で、このマナに打ち勝てるのだっ! なぜお前は、私に傷を負わせられるのだっ!! 人族なのにっ!! 人族のくせにっ!!」
「そういうのは女神様にきいてくれ――いくぞ」
さっきみたいに建物の外にふっとんでいかれたら厄介だ。
アリエーナの背後に回り込み、拳を一撃叩き込む。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
とても美女が出すとは思えないような、えげつない悲鳴を出しながらアリエーナが扉の方へ吹っ飛んで行った。
その体は扉をたたき割り、通路の先へと消えていく。
「……ユウ様」
シエルは警戒を解いていない。
それはそうだろう。俺が手加減をしたのを彼女は分かっているだろうから。
アリエーナはまだ生きている。
ブランダルの部屋の外――彼女が吹っ飛んで行った先まで歩いていくと、気色悪い嗚咽の声が聞こえてきた。
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――ウェエエエエエエエエエエ」
――やはり、彼女は人ではなかった。
その体はドロドロの黒い粘液に変化し、もはや人の原型をとどめていない。
「なんだ……この一撃ハ……ソの女とは……くらべもノに……」
「ユウ様は私より強いですから。比べるのもおこがましいほどに」
のたうちまわる粘液に向かい、シエルが淡々と話しかける。
「バカな……この力……人族デ、こんな……ありえるハズが……そも、我が王ノ『不破のヨロイ』を……なぜ……」
「どうでもいいけど、お前もエルドラーリアと同じだな」
「あ……? なンだと……?」
「人を舐めすぎだ。といっても――エルドラーリアの方が強かったけどな」
「エルドラーリア……? まさか、お前っ――あいつヲ!?」
「そんなことより」
ぐちょぐちょとグロテスクにはい回る黒い粘液の前に立ち、手をかざす。
「お前の狙いはなんだ。いい加減話せ。今なら殺さないでやるぞ」
「クク……なんだ、その目ハ……甘い男だナ……相手を殺さズしテ、決着はありエないっ!」
「っ――!?」
ふと、粘液が再び人の形へと変化しアリエーナの顔が作られていった。
その瞬間、強烈な光がその顔からあふれ出す。
「我が王に栄光アレッ!!!」
「ユウ様っ!」
背後からシエルの声が聞こえた瞬間、視界が白に包まれた。
強烈な閃光の後、アリエーナの体が爆発し――
「エメラルドバニッシュメント」
放たれた炎と爆風は、全て俺が放ったエメラルドの光に吸収された。
アリエーナの捨て身の攻撃は、周囲の壁を僅かに焦がすこともできず無へと化した。
そのかわりにエメラルドの光の粒子が通路全体に広がっていき、脈をうつ黒い壁があっけなく消えていく。
「自爆かよ……」
アリエーナの姿は跡形もなく消えている。
俺達に殆ど情報を与えることもなく自ら死を選んだのは、彼女なりの最後の矜持ということか。
それにしても――どうにも後味が悪い終わり方な気がする。
「……お疲れさまでした。ユウ様」
そんな俺の手を握りしめてくれるシエル。
――ともかく、シエルが無事でいてくれてよかった。
今はそれだけで満足しておくとしよう……




