71話 なんだこれっ!?
「っ――なんだこれっ!?」
リリィと別れ、魔法学校の最上階にたどり着いた俺は、その光景を見て息を呑んだ。
さっきここに来たときには、広く、落ち着いた雰囲気の広間があるだけの空間だったのだが――脈動する黒い壁で覆われた不気味な空間となっていた。
まるで邪悪な魔物の体内にでもいるのかと錯覚してしまうほどの禍々しく、居心地の悪い空間。
俺はこんなところにシエルを置いてけぼりにさせてしまったのか。
「シエルッ――! シエルッ!!」
そう呼んでも返事は全くない。
胸騒ぎを必死でおさえて休憩室のあった方向へ走る。
景色がまるで違うせいでどこにシエルがいるのか曖昧だが――こうなったらしらみつぶしに探していくしかない。
「くそ……なんだよこの変な壁……!」
通路となっている場所も、腫瘍のように膨れ上がった壁が塞いでいる。
とてつもなく気色悪いが、行く手を阻むなら消さなければならない。
多少荒っぽいが、ぶん殴って壁を破裂させ先に進んでいく。
少し進むと、休憩室と思われる場所に来た。
このド派手なガラス張りのバスルームを見間違えるはずがない。
だが――どういうことだろう。
部屋の中はおそろしく荒れており、ここで激しい戦闘が行われたことをはっきりと示している。
そして、その中で倒れる一人の少女――シエルを見つけるまで、そう時間はかからなかった。
「シエルッ!!」
これは――火傷だろうか。
シエルの首のあたりが黒く煤けており、ひどい傷を負っている。
急いでヒールをかけ、シエルの体を揺さぶった。
「シエルッ! シエルッ!! 頼む――起きてくれ!!」
「あ……あれ……」
だが、意外にもシエルはあっさりと目を覚ました。
ヒールの効力が高かったのか、それとも見た目ほどひどい傷ではなかったのか。
ぼーっとした様子のまま、シエルは俺のことを見つめている。
「あ……ユウ様。おはようございます。んっ……」
「……え? んむっ!」
――唐突に、唇を塞がれた。
首の後ろにシエルの腕がまわり、俺の体を吸い込むように引き寄せる。
そして、そのまま、ゆっくりと舌が――
「……って! ユウ様っ!? あれ――あれええええええっ!?」
入ってくると思った瞬間、シエルが頓狂な声をあげながら俺から離れた。
もしかして……寝ぼけていたのだろうか。
「お、おはよう……大丈夫……?」
まぁ……聞くまでもなさそうだけど、形式上質問をしてみる。
「う……うぁぁ……あ……」
みるみるうちに真っ赤になっていくシエル。
そして――
「ペインインデュアァアアアアアアアアアッ!!」
「ちょっ――!? シエルッ!!」
いきなり自分の頭を地面に叩きつけた。
もう一度頭を振り上げ、鬼気迫った表情でもう一度頭を打ち付けようとするシエル。
「ばかっ! やめろっ!! それは痛いだろ! マジで!!」
「大丈夫です。このスキルは苦痛耐性を付与します。だから私は……大丈夫!」
「シエルッ!!」
――なんでそうしたのか、自分でも分からない。
シエルにさっきされた以上の熱烈なキスを俺の方からやり返す。
驚くシエルの吐息を押し込み、無理矢理舌をねじ込ませた。
最初はびくりと体を震わせ拒絶するような素ぶりを見せていたが――しばらくすると、シエルは落ち着いた様子でゆっくりと俺から唇を離す。
「……ごめんなさい。その……寝ぼけてたみたいで……」
「あはは……でも、よかったよ」
「よかったって……あはは……そう言われると少し恥ずかしいですね……」
「あ――いや。シエルが無事でよかったっていう意味で……」
「ペイン――!」
「ちょちょちょ! 待て待て待て!!」
せっかく落ち着いたのにまた自傷行為で現実逃避されたらたまらない。
実際にはそう痛くないのかもしれないが、シエルが自分の体を痛めつける仕草をするのは見ていて辛いし、とにかく彼女を抱きしめて落ち着かせる。
「うぅう……ごめんなさい。私、こんな時なのに……」
「そんなことない。嬉しいって。あとでゆっくりしよう」
「…………」
「……えと。それで、なんでこんなところで倒れていたんだ?」
無言で恥ずかしそうにうなずくシエルを見るのは俺としても恥ずかしい。
それに、今は一刻を争う事態だ。
多少、無理矢理な話題の振り方であることは百も承知だが、シエルから情報を得なければ。
「それは――私がアリエーナと……いえ、『ヴェネドワ』と戦ったからです」
「……そうか」
予想していたとはいえ、やはりシエルの口からはっきりと言われると緊張がはしる。
「えと……でもその、私……」
俺が言葉を詰まらせた意味を勘違いしたのだろうか。
シエルが申し訳なさそうに俺の腕をぎゅっと掴んでくる。
――もしかして、ヴェネドワを取り逃がしたことを後ろめたく思っているのだろうか。
生真面目なシエルのことだ。当たらずとも遠からずというところだろう。
「ありがとな。大事な情報だ」
「ぅ……ペインインデュア」
一度、ぎゅっと抱きしめるとシエルがぼそりと声を出しながら抱き返してくる。
とにかく、シエルが生きてくれていてよかった。
後は敵を追い詰めるだけだ。
「――よし。じゃあヴェネドワ――じゃなくて、アリエーナか。そいつを追いに行こう。ブランダルさんなら何かわかるかもしれないし」
「そ、そうですね……お供させてください、ユウさ……うっ……?」
ふと、俺に続いて立ち上がろうとしたシエルが、ぐらりと体勢を崩した。
「おい……大丈夫か……?」
「……えぇ。ただ、ちょっと妙な感じがして……」
何度か立ち上がろうとするものの、シエルの足取りはおぼつかない。
泥酔とまではいかないものの、軽く酒に酔っているかのようだ。
「っ……力がうまく入らない……これじゃ、剣が握れない……」
少し泣きそうになりながら、震えた足をおさえて立ち上がるシエル。
「シエル……?」
「ユウ様……この空間、嫌な感じがしませんか……? 私、うっ……」
口元を抑えながらなんとかシエルが直立する。
だが、その様子からすると戦うことはできなさそうだ。
「ごめんなさい……私……お役に立てそうにない……」
涙目になりながらシエルが頭を下げてくる。
それだけ今の自分の状態が悔しいということなのだろうか。
そんなこと全然気にする必要もないのだが――真面目もここまでくると困ったものだ。
「一緒にいこう、シエル。歩けはするよな」
「えっ――」
「戦いは引き受けるから、シエルも一緒に来てくれ。俺一人だと大事な情報を見落としちゃうかもしれないから。近くにいてくれると心強い」
そう言って手を差し出すと、シエルは一気に顔を明るくして俺の手を握りしめてきた。
「……はいっ! 私、頑張りますっ!」
――なぜか恋人繋ぎなのは、まぁつっこまないでおこう……




