68話 落ち着け!
唐突に、誰かの悲鳴が耳を貫く。
そこから波及するように、悲鳴の数は増え、その大きさも増えていった。
「なんだ……?」
あまりに急な出来事に理解が追い付かない。
ふと、リリィが俺に抱き着いてきた。
「ユウさんっ! 上っ!」
「――!?」
俺の体を抱きかかえながらリリィがその場から無理矢理バックステップをする。
次の瞬間、さっきまで俺がいた場所に何かが落ちてきた。
「これはっ――!」
それは見ただけで吐き気を催しそうな、グロテスクなミミズの魔物だった。
粘液にまみれたブヨブヨの肌に、ぱっくりとあいた口の中に円形の牙。
ファンタジーの世界でよく見るワームというやつだろうか。
あまりに唐突に現れたそれに、俺は思わず絶句してしまう。
「うわああああああああああっ!?」
ふと、ゼダの悲鳴がきこえてきて我に返る。
天井から落ちてきた魔物がゼダを捕食しようしているのか、体をうねらせながら大きく口を空けている。
「ユウさんっ! ゼダさんがっ!!」
「分かってる! 任せろっ!!」
リリィは、俺を移動させた勢いで転んでしまっている。
ゼダを護れるのは俺しかいない。
このグロテスクな魔物に触れるのは抵抗があるが、ゼダの前に回り込んで開いた口の横から蹴りをいれる。
「ゴェエエエエエエエエエエッ」
魔物の断末魔の叫びが耳を貫く。
妙な体液を吐きながら動かなくなったものの、悪臭が周囲に漂い始めた。
だが、まだ魔物の奇襲は終わっていない。
ふと上を見上げると、何匹ものワームが天井に張り付いている光景があった。
――うそだろ……いつの間にこんな……
「う、うわああああああっ! まだ、何匹もっ――うわああああああああああっ!!」
それを見たゼダが絶叫しながら走り出す。
しかし、ゼダが走り出した先にもワームが待ち構えていた。
パニックになっているゼダにはそれが見えていないのだろう。
「待てっ! ――危ないっ!」
ゼダを捕食しようと天井から落ちてきたワームを殴り飛ばす。
「落ち着け! 俺達から離れるなっ!!」
「っ……う……」
今まさにワームにくわれそうになったことを経験したからだろう。
ゼダは体を震わせたまま動かない。
「気高く猛る炎よ。我が命により顕現し敵を焼き払え――クリムゾンバーストッ!!」
背後では、リリィが他のワームを一網打尽に焼き尽くしている。
――しかし、リリィの放つ魔法は強力すぎる。このままリリィに魔法を使わせていては、この広間が崩壊して生徒達が生き埋めになってしまうのではないか。
「ユウさんっ! 大変ですっ!! この階全体にワームの群れがっ!!」
「あぁっ! こいつらの相手は俺に任せろっ! リリィは近くの生徒達を避難させてくれっ!!」
俺達がいまいる場所は、地上階に繋がる入口に近い位置にある。
ここはリリィに任せて、吹き抜けの広間の下の階に移動した方がよさそうだ。
「わ、分かりましたっ! ゼダさん、立って!!」
「っ……!!」
ゼダはかなり怯えているようだが、リリィに腕を捕まれるとなんとか自力で走り出す。
「ユウさん! 大丈夫です!! 下の階の人達をっ!!」
後ろ髪をひかれる想いで立ち止まっていた俺を叱咤してくれたのか。
リリィの声にはいつもより力がこもっていた。
彼女に頷き返して、吹き抜けの広間の階段近くまで移動する。
生徒達の悲鳴は全方位からきこえてくる。魔物が這う音もだ。
どうやら一階ずつまわっていくのは難しそうだ。
「くそっ――こうなったらっ!」
判断する時間ももったいない。
そう考えて俺がとった行動は、吹き抜けの中央めがけてジャンプすることだった。
体をひねりながら跳び――落ちる。
「ファイアボルトッ!」
落ちていく中で、周囲に見えた魔物達めがけてファイアボルトを放つ。
俺の体の周りに、いくつもの赤い魔法陣が展開され、何百もの赤い光の矢が全方位めがけて放たれた。
この魔法の威力なら、魔物だけを狙って焼き尽くすことができる。
撃ち漏れはあるだろうが、俺が最下層の広間に着地するまでの間、かなりの数を減らすことができたはずだ。
「む! ユウ殿っ! ここにいたかっ!」
広間に着地すると、ナギの声がきこえてきた。
一階上のフロアから、ワームを切り払いながらナギが降りてくる。
「ナギッ、大丈夫かっ!」
「あぁ――見ての通りだ。ワールの調査どころではなくなってしまったな」
さすがはナギというべきか。
ナギが歩いてきた先には、何匹ものワームの死骸が重なっているのが見える。
「さて……ユウ殿、一応、私が得た情報を共有させてくれ。ワールという男はアリエーナと交際していたらしいぞ」
「それは……俺もきいたな……」
「そうか。それならば、アリエーナのあの態度はおかしくないか? 私達がワールの調査のためにここにきたことを学校長に話していたのに妙に口数が少なかった」
「そうだけど……ってことは……」
「アリエーナは最上階で会った女だ。そこには――シエル殿が」
「――くそっ!!」
やはりその結論になるか。
どうしようもない焦りの感情で、思わず声が荒立ってしまった。
「……ユウ殿、落ち着け」
ふと、ナギが穏やかに微笑みながら俺の肩に手を当ててくる。
「……冷静に。大丈夫だ。シエル殿は強い。それに――ユウ殿の加護があるからな」
「…………」
まるで幼い子供あやすかのように、ナギは優しく笑っている。
そんな彼女の表情を見ていると、今が異常事態であることを忘れてしまいそうだ。
「ここの魔物どもは私が引き受ける。生徒は殆ど避難しているようだし……後はこの群れを抑えれば良いのだろう?」
「ナギ……」
「どのみち、最上階に行くためにはユウ殿の魔力が必要だ。ユウ殿、ここは私に任せてくれるか?」
「……大丈夫なんだよな」
「私もセレンと双肩を成す神童とうたわれながら剣に生きた者。ユウ殿の加護を受けながら傷つくことなどありえない」
そう言いながら、どこか誇らしげに刀を構えるナギ。
――野暮なことをきいた。
ナギならば、ここにいるワーム達に後れを取るなんてことはありえない。
「……分かったよ。じゃあ、俺は言ってくるからっ」
「うむ。任せたぞっ――!」
ナギの力強い声をききながら。
俺は広間の床を蹴り、吹き抜けの広間の最上階まで跳び上がった。




