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65話 何か……?

 エレベーターに乗り、少し下の階に移動する。

 扉が開いた先の広間のつくりは、最上階のそれとよく似ていた。

 もっとも、アリエーナが一人でポツンと座っていた最上階とは異なり、ある程度年配の人々が忙しそうに周囲を歩いているせいで、一見しただけでは違う建物の中に入ってきたのかと錯覚してしまったが。


「……ふむ。職員室はこの先のようだな。行ってみようか」

「職員室……」


 ナギに続いて歩くリリィの顔は、どこか緊張しているように見える。

 どの世界でも先生がいる空間に足を向ける時に緊張するのは共通か。

 そうでなくても、周囲を歩く人々に比べるとリリィとナギはあまりに若く、俺達は目立ってしまっている。

 どこか怪訝な視線を感じるのは決して自意識過剰というわけではないだろう。


「君達、何をしている。ここは生徒が入っていい場所ではないぞ。アポイントはあるのか」


 それを裏付けるように、ナギが職員室と思われる扉に手をかけた瞬間、壮年の男性が声をかけてきた。

 すらりとした体形に、主張しすぎない高貴な装飾。そして大きな博士帽。

 このフロアにいる中でもそれなりの立場にある者だということがすぐに分かる服装だ。


「っ……えと、えっと。リリィは……!」


 その雰囲気に、リリィは完全に気圧されてしまっている。

 彼女には申し訳ないがその動揺っぷりが少し可愛らしい。

 そんな彼女を見ていると、俺の緊張もほぐれてくるというものだ。


「僕達は生徒ではありません。ローダンからの使者です。貴方達から話を伺いたく――」

「なんの話か知らないが研究で忙しいのだ。去りなさい」


 やや語気を強めて、俺の言葉を遮ってくる男。

 それに対し、ナギが堂々とした様子で言い返す。


「学校長の許可は得ている。このバッジを見れば意味は分かるのではないか」

「っ――! なっ、そのバッジは……!」


 ふと、男の表情が一変した。

 何度か口を開閉させた後、慌てて職員室に入り大声を出した。


「皆! 『レベル5』の賓客がいらっしゃいました! 整列をっ!!」

「っ――!!」


 職員室の中が大きくどよめいているのが伝わってくる。

 ガタガタと大きな音が何度かした後、改めて男が職員室から顔を出してきた。


「さぁ、どうぞどうぞ。こちらへ」


 さっきと同じ人なのだが雰囲気は全く別人だ。

 呆れるほどに低姿勢になりながら俺達を職員室に入らせてくる。

 中に入ると、大勢の講師と思われる人達がずらりと並んで頭を下げていた。


「先ほどは大変なご無礼をいたしまして、誠に申し訳ございません!」

「いや、あの――」

「して、私らに何か話をききたいとのこと! どうぞ、お話しください!!」

「っ……う、ぁ……」


 まくしたてるように話しかけてくる男を前に、リリィはかなり困惑してしまっているようだ。

 ここは俺とナギが話を進めていくしかないだろう。


「俺達がききたいのはワールという男のことです。ここで講師をしていたときいていたのですが――」

「ワールッ――!!」


 と、俺がその名前を出した瞬間、職員室の中にいる人達がどよめきはじめた。

 だが、すぐに俺達に視線を移し、深々と頭を下げてくる。


「いえ……あの、それで……ワールが、何か……?」

「――その反応。ワールがどういう人間か貴殿らは分かっていたということでよいか?」

「それは――」

「なぜワールはここの講師になった。昔、ここを退学になったのだろう?」

「…………」


 ナギが質問をしても、誰も口を開かない。

 誰もが気まずそうに俯いているだけだ。


「ブランダルさんからは、自由に調査してかまわないと許可をいただいています。その証がこのバッジなのですが――答えていただくわけにはいきませんか」

「そういうわけでは……ただ……分からないのです」

「分からない……?」

「ワールの素行は、とても講師に適したものとはいえない……それは私達も分かっておりました。しかし、学校長が……それに、私達も……」


 ――気のせいだろうか。

 周りの人達の目がどこか虚ろなものになっているような――


「……あれ? なぜ、私達も彼を止めなかったんでしたっけ……?」

「そういえば……」

「……??」


 違う。

 気のせいなんかじゃない。

 この人達は、明らかに普通じゃない。


「……ユウ殿」


 ナギが鋭い視線を向けてきた。

 刀に手をかけ、いつでも戦闘に移れるような体勢になっている。


「分かってる。でも、とりあえず話を続けてみよう」

「あぁ……任せる」


 ナギとしては、既に彼らを『敵』として認識しているのだろう。

 やろうと思えばいつでも彼らを切り捨てる――そんな意思を感じさせるほどの強い殺気を放っている。


「えっと……ワールのここでの行動について知りたいのですが、誰が一番ワールの言動を見られていましたか」

「それは……地下階の生徒達でしょうか……ワールが担当していたのはそこですし……」

「悪い噂は絶えず耳にしていましたが……私達に、ワールを解雇する権利はないですし……それに、おかしいこともなかった……あれ……? そんなわけないですよね……?」


 怪訝そうに眉をひそめながら職員室の人々は視線を交わしている。

 だが、いくら待っても明確な答えは返ってこなかった。


「えっと、じゃあ……地下階に行けばいいってことですよね? 生徒さん達からお話しをききたいのですが。だいじょーぶ……ですか……?」


 おそるおそるといった感じで声をあげるリリィ。


「えぇ……それは……」

「私達もワールの行動には……あれ……でも、なんで……」

「…………」


 俺達がワールのことをきけばきこうとするほど、彼らの目が虚ろになっていく。

 これも『ヴェネドワ』の仕業なのだろうか。

 ともかく、ここで情報を得るのは難しそうだ。


「あ……じゃあ、リリィ達は地下に行きましょっか……」

「ん、そうだね。皆さん、ありがとうございました」

「いえ! とんでもないです。ありがとうございました!」

「ありがとうございました!!」


 いつの間にか、皆の様子はもとに戻っている。

 やはり、ワールの情報に――というか、ヴェネドワの情報に近づこうとすると妙な雰囲気になるようだ。

 こうなってくると、誰に話をきいても同じような反応をされてしまうのではないだろうか。


「ユウさん……あの……すっごく不気味だったんですけど……えっと……」


 そんな俺の不安が顔に出ていたのだろうか。

 職員室を出た後、リリィは更に深刻な表情になって俺のことを見上げてくる。


「……ことは予想以上に大事になっていたようだな」


 そう言いながら小さくため息をつくナギ。

 敵がいること自体は明らかなのに、その正体が全然つかめない。


「あぁ――でも大丈夫さ。俺達ならな」


 そんな状況の中で俺が出来ることといえば。

 根拠もない自信を口に出し、皆を鼓舞することぐらいだった。


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