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62話 殺します

 聞き覚えのある、ねっとりとした女性の声。

 振り返ると、予想通り――アリエーナの姿があった。


「……やはり、貴方でしたか」

「やはり? どういう意味ですか」

「貴方が『ヴェネドワ』だと思っていました。確信までは持っていませんでしたが……疑っていました」

「何が言いたい?」


 不快そうに目を細めて私に話しかけてくるアリエーナ。


「貴方の不意打ちは私の想定内だったということです」


 そう――アリエーナがヴェネドワであることは予想していた。

 だからベッドに横わたっていても、私は完全に気を抜くことはしなかった。

 ここまで早く尻尾を出すとは思わなかったが、これは好都合と見るべきだろう。


「ふんっ。貴方と私は会ったばかりではないですか。一度攻撃をかわしたぐらいでどこまでハッタリを――」

「ハッタリではないです。初めて会った時から、私は貴方を疑っていました」

「何をバカなことを。私の心が読めたとでもいうつもりですか」

「いいえ。貴方の行動から合理的に考えただけです」

「…………」


 アリエーナは不快げな表情のまま動かない。

 直感的に、この人は相当プライドが高いのは伝わってきた。

 そんな相手にはミスをついて挑発していくのが効果的か――


「この階にまでのぼる装置を起動させたのはユウ様です。リリィさんではありません」

「……何を言っているのですか?」

「貴方、私達と会ってすぐに『よくこの階まであがってこれたわね』と仰いましたね。その時、貴方はリリィさんを見ていた。おそらく、貴方は、リリィさんがあの装置を起動させたと思ったのでしょう。でも実際にはユウ様が装置を起動し、私達は最上階まで上がってきました。……なんで貴方はそんな勘違いをしたのですか?」


 そこまで言えば自分のミスを察したのだろう。

 アリエーナが軽く舌打ちをする。


「ローダンで、ヴェネドワ――貴方の操るワールに対して魔法を使ったのはリリィさんです。貴方はリリィさんの使う魔法の威力をその身をもって知っていた。だから、貴方はリリィさんが装置を起動させたと思い込んでしまった。……違いますか?」

「……それで?」


 表情は殆ど動いていないがその言葉は僅かに震えているようにきこえた。

 私に詰め寄られていることの苛立ちを隠しているのかもしれない。


「だから貴方を誘うために一芝居うたせていただきました。私が一人になれば貴方が攻撃を仕掛けてくるかもしれないから」


 でも、このことを正直にユウ様に伝えたら、ユウ様は私の行動を許してくれなかっただろう。

 ユウ様は私のことを大切にしてくれている。だから私が囮になろうとすることなんて絶対に拒否するはずだ。

 それに――


「あと……ユウ様は優しいから……」

「は?」


 私の言葉に、怪訝に首を傾げるアリエーナ。

 彼女に隙を与えないように剣を握る力を込めて、言葉を続ける。


「――いいえ。貴方を殺す必要があるのなら私がやります。それだけです」


 私がそう言うと、アリエーナは私を洞察するように目を細めた。



 ……そう。私は決めたのだ。

 ユウ様が私にしてくれたように――私もユウ様を護ってみせると。


 ユウ様は優しい。

 命のやりとりが平気で行われるこの世界で、獣人族を人と扱わないのが普通のこの世界で生きるには甘すぎるぐらいに。


 一方、私は戦闘奴隷。

 生き残るためとはいえ、ユウ様と出会う前、私は多くの奴隷を――人を殺してきた。


 相手の体に刃を沈める生々しい感触。

 命乞いと断末魔の叫びを聞き流し、手を血に染めていく毎日。


 そんな私の過去に想いを馳せてくれたユウ様に、私と同じことはさせたくない。

 例え敵であったとしても、人を殺すのは嫌なことだ。

 だから必要とあれば、私が人を殺す。

 ユウ様に汚れ役なんて絶対にさせない。

 手を血に染める必要があるならば、それは私の役割だ。


 ユウ様は強い。

 でも、だからといって心が傷つかないわけじゃない。

 ユウ様のためなら――私はいくらでも非情に、冷酷になってみせる。



 それがユウ様のパートナーとして私ができることだと思うから。



「ふふふ……憐れですね」



 ふと、アリエーナが薄ら笑いを浮かべた。

 その見下すような表情にどこか胸を刺されたような感覚がはしる。


「気づいていませんか。貴方の手、震えているじゃないですか」

「っ――」


 ――本当だ。

 アリエーナに言われるまで気づかなかった。


「所詮貴方は下等生物。命を奪うことを躊躇っているのは他でもない――貴方だ。そうでしょう? だからそんな言葉で自分を鼓舞しているのです。本当に憐れです」

「…………」


 思わず、唇をかみしめる。


 私はユウ様が好きだ。本当に大好きだ。

 でも、アリエーナの言葉が否定できない。


 私は――いつの間にかユウ様に頼っていたのかもしれない。

 ユウ様への愛を建前に、自分の行動の正当性について思考することを放棄していたのかもしれない。



 私が『覚悟』だと思っていたことは、私の『甘え』だったのかもしれない。



 でも、そうだとしても――


「まったく、なんとも未熟で不運な子なのでしょう。魔族に生まれていたら、もう少し活躍できただろうに」

「……貴方の目的はなんですか」


 私はユウ様を護りたい。ユウ様のために戦いたい。

 この気持ちだけは嘘じゃないと断言できる。


 だから戦意は失わない。

 ユウ様に情報を届けるために、私はここで戦わないといけない。


「答えたところでどうします? 貴方はすぐに死んでしまうのに」

「余裕ですね。ローダンで、私達に何もできずに負けたのをお忘れですか」


 敢えて強気な言葉で挑発する。

 それが私の弱さを隠すための言葉だとアリエーナは見抜いていたのだろう。

 わざとらしく笑いながら余裕そうに言葉を返してくる。


「そちらこそ。あんな下等種族一人を退けただけで勘違いされているのでは。今回は私が直に相手をします。この違い――分かりますよね?」

「さぁ……どうあれ、私のやることは変わりません。貴方が何をするつもりか分かりませんが……人族に――いえ、ユウ様に害をなすというのなら――」



 剣を前にかざして、一つ深呼吸をする。

 私が人を殺す前にしていたルーチンだ。

 ユウ様と出会う前――戦闘奴隷の選抜試験の時の冷たい空気を思い出す。


 ここから先は気持ちを切り替えなければ。

 今から私は冷酷非情な『血濡れの剣士』。

 相手の命を奪うことのみを思考する殺戮奴隷。


「ここで私が貴方を『殺します』。絶対に」

「そうですか。ではせいぜい抵抗しなさい。下等種族がっ!!」


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