61話 おや……
ブランダルが言う休憩室は広間をはさんで対極の位置にあった。
しかしその中は――
「おぉー……すっごい部屋ですねー……全然休憩室って感じじゃないんですけど……」
リリィの言う通り、休憩室ときいて連想するようなものとはかけ離れていた。
大きなソファと低めのテーブルの奥にあるのは、キングサイズ以上と思われる円形のベッド。
ガラス張りになっているバスルームがあって、まるでこれは――
「ラブホ……?」
――いや、実際にはラブホなんて行ったことがないのだが。
レイグに紹介された宿もなかなか豪華だったが、その豪華さとはまた別の味があるというか、なんというか。
「まぁ……いいや。とりあえずこれからのことなんだけど」
「はいっ、大丈夫です! これから聞き込み調査するんですよね。リリィ、頑張りますっ!」
「では、この魔法学校についての情報を共有しておくか」
そう言いながら、ナギが手に持っていた資料をテーブルの前に広げていく。
この魔法学校のフロア図のようだ。いつの間にか、入口で回収していたらしい。
「へー、凄い量だな……」
「なに、大丈夫だ。私達が回る場所はそう多くはならないと思われる」
一度並べたフロア図の一部を取り除くナギ。
そのままナギは、手際よく俺達に説明を続けてくれた。
「この魔法学校は、大きく分けてフロアが五つに分かれている。一つは私達が今いる最上階――学校長と、学校長が許可する特別な者のみが入ることの許された場所だな。もう一つに講師用のフロア、残りの三つは学生フロアで成績で区分されている」
「なるほど……じゃあ、そこをあたっていけば手がかりが得られるかもな。ワールに近い人を探していくことになるか」
塔自体は数十階のフロアで構成されているものの、ナギが指定したフロアの階数は多くて10といったところだろう。
どれだけの人数がいるのかは行ってみなければわからないが、なんとかなるのではないだろうか。
「それにしても校長さん……ブランダルさん……ですよね。なんか、ぼーっとしてませんでしたか? 大丈夫なのでしょーか……」
と、リリィが不安げに眉をひそめる。
それを見て、ナギも表情を曇らせた。
「……さぁな。もしかしたら既にヴェネドワの手に落ちているのかもしれない。ワールを講師と認めた理由も答えられないというのは怪しいからな」
「そんな――」
ナギの言葉をきいてはっと息をのむリリィ。
――しかし、ブランダルは俺達がこの学校を調査することに対して肯定的な態度を示していた。
虚ろなあの表情は何か理由があるにしても、敵の手に落ちているという状態にまでなっていると考えるのはやや悲観的に過ぎるとも思える。
「……この魔法学校に何かあるとしても、彼を敵と判断するのは早計だと思います。まだ何も情報がないわけですし」
「そうだな……シエル殿の言うことに私も異論はない。まずは二つ目のフロア――講師達が居住する場所に向おうか」
「あ――私は、休んでいてもいいですか? その……私がいると……あはは……」
と、ナギの言葉に対してシエルが申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
やはり、シャララドに入ってからの周囲からの扱いを気にしているのだろうか。
俺としては、シエルに獣人族であることを恥じてなんてほしくないのだが……
「シエル。俺は――」
「えっと……疲れちゃったので。休みたいんです。……だめですか?」
シエルにしては珍しく、俺の言葉を遮ってきた。
少しわざとらしい、甘えるような笑み。
――ずるい。
そんな表情をされたら、本当に何も言えなくなってしまう。
「……分かった。シエル、ゆっくり休んでくれ」
「はい。ありがとうございます。無理なさらないでくださいね」
そう言って俺の手をぎゅっと握りしめてくるシエル。
ナギとリリィも彼女の心境は察しているようだ。
シエルの言葉に異論を唱えることもなく、アイコンタクトが交わされる。
「……よし。ならば私とリリィ殿、ユウ殿の三人で向かうとしよう。ワールの情報をききださなければ」
「はいっ! リリィ、シエルさんの分も頑張ってきますねっ!」
「はい。お願いいたします」
そう言いながら小さく手を振るシエル。
少し後ろ髪をひかれる思いはあるが――まぁ、シエルを休ませることができると考えればこれも悪くはないか。
シエルに報告するものを得られるよう、張り切って調査を開始するとしよう。
†
「……ふぅ」
ユウ様達が部屋を出て行き一人残された後――
私は、改めてこの部屋を見渡しその間取りを確認する。
「凄い……」
やはり目を引くのはこのガラス張りのバスルームだろう。
これでは、完全に外から中の様子が丸見えだ。
ベッドが置いてある奥の部屋に進めば死角になるので、一応隠れることにはなるのだろうけど……
――ユウ様のお風呂……見れちゃうのかな……
「っ――!? ペインインデュアッ!!」
不意に頭の中に浮かび上がってきた光景を消し去るために、壁にむかって頭を叩きつける。
……大丈夫。このスキルは苦痛耐性を付与するものだ。だから、こんなの全然痛くない。
「とりあえず……寝ておいた方がいいのかな……」
ずっとこの中でぼーっとしているのも退屈に過ぎるし無意味な時間だろう。
眠るには早い時間だが、昨日の夜はユウ様と見張りをしていたし体力を回復しておくことも重要かもしれない。
「ん……」
剣を携えたまま、ベッドに身を任せる。
レイグさんから頂いたこの軍服はかなり着心地が良く、このまま横になっても違和感がない。
このまま深く眠ろうと思ったらいくらでも眠れそうだ。
「…………」
――十分ほど、目を閉じたまま静かにベッドに身を任す。
とても心地よく、気を抜けばすぐにでも熟睡してしまいそうだがそういうわけにもいかない。
なぜなら――
「っ――!」
ある瞬間。
唐突に感じた殺気に応じるため、体を起こしてベッドから転げ落ちる。
刃物が風を切るような音と爆発音。
私がさっきまで横わたっていたベッドには穴が空いており、全体が黒く煤けてしまっている。
「おや……今のをかわしますか」




