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60話 任せたい……

 どこか虚ろな目をしたまま、その男が話しかけてくる。

 一歩前に出て、ナギが男に向かって言葉を返す。


「貴方がこの魔法学校の長か」

「……いかにも。私が学校長のブランダルだ……」

「我々は、ローダンからの使者である。魔法学校の調査をしたく、許可を得たい」

「調査……? なぜ?」


 怪訝な表情で首を傾げるブランダル。


 ――本当にこの男がここの長なのだろうか。


 この虚ろな表情を見ていると、どこか弱々しく感じるというか、なんというか。


「先日、シャララドからローダンにワールという男が来た。その者の素行について調査したい」

「ワールを向かわせたのはローダンから結界師になり得る者を派遣してほしい旨要請があったからだろう……。調査されるような理由があるのか?」

「ある。ワールは、ローダンギルドでいきなり暴れ始めたのだ。その時、人ならざる者と話しているような様子でな。『ヴェネドワ』という名前を口にしていた。心当たりはないのか」

「ヴェネドワ……? なんだそれは……」

「分からないから調査をしたいのだ」

「ふむ……」


 堂々としたナギの態度に気圧されているのか、それとも彼にも心当たりがあるのか。

 なんともいえない複雑な表情をして考えこんだ後、ブランダルはおもむろに口を開く。


「ところで……アリエーナ。君は何の用だ?」

「あら、私はお邪魔ですか」

「…………」


 無言でアリエーナを睨むブランダル。

 虚ろな表情にわずかに色が戻ってきたようだ。


「そんな目をなさらなくても。私のご用件ぐらいお分かりでしょう」

「…………だめだ」

「あらやだ、即答ですか」


 くすくすと微笑むアリエーナ。

 まるでいたずらっ子をあやすかのような余裕に満ちた表情だ。


「……今、私は彼らと話している。席を外してもらおうか」

「あらら、人にきかせられない話をするおつもりなのですか?」

「私はない。だが彼らの事情も考慮しなければならないだろう。それとも、私の傍から離れられない理由が君にあるのか」


 ブランダルの声がワントーン低くなった。

 ――なんだろう。さっきまで虚ろなだった目つきが一気に鋭くなったような気がする。


「……ありませんわね。それでは、ここは失礼いたしましょうか」


 対して、アリエーナの表情は変わらない。

 余裕に満ちた笑顔のまま、綺麗にお辞儀をして踵を返す。


「そうそう、それと……貴方」


 ――と思ったら、シエルの横に来た際にアリエーナが足を止めた。


「獣人族ならあまり目立たないように行動してほしいわ。学生達を困惑させてほしくないの」

「あ、はい……」


 アリエーナの言葉に対して、シエルが申し訳なさそうに頭を下げる。

 言い返してやりたいところだがシエルが首を振って俺のことを見つめている。

 ここはこらえるしかないか。


「……彼女のことは気にするな。それよりも調査のことだが」


 アリエーナが去ると、ブランダルがおもむろに話しかけてきた。

 その表情は、またどこか虚ろなものへと戻っている。


「調べるといっても……何をだ? 彼の基本的な経歴は、セレンも知っているはずだろうい……」

「えと……ここの講師で、過去にこの学校を退学処分した……とかですか?」


 おそるおそるといった感じで、リリィがブランダルに話しかける。

 フォローするように続くナギ。


「ワールという男は、ここの学生時代から荒っぽいことをしていたようだな。なぜ、そんな者を講師にした?」

「……分からぬ」

「え――?」


 と、ブランダルが頭を抱え込む。


「分からぬのだ。私には……なぜ、そう判断したのか……」

「…………」


 ブランダルの言葉の意味が分からない。

 それは俺達だけではなくブランダル自身もそうなのだろう。

 困惑したように眉をひそめ、呆けたような表情のまま話し続ける。


「このところ……頭が霞むような……意識がおぼろげになるような……妙な感覚が……」

「……何か……何かがここで起きている……それは間違いない……だが、私にはそれを確かめられない……全てが曖昧で……何かに流されているのは分かるのだが……それに抗う力がない……」

「…………」


 その表情を見て確信した。

 やはり、この魔法学校には何かがある。


「魔法学校の調査だったな……あぁ、もちろん許そう。君達に任せたい……いや、頼りたい……」


 ふと、ブランダルが立ち上がり、こちらの方へ歩いてきた。

 差し出された手にはバッジがついている。


「このバッジをつけなさい。これはこのシャララドにおいて、最高クラスの魔力を有している者に贈られる物……この魔法学校に来る者達は権威に弱い。これをつけていれば、君達は自由に動けるはずだ……」

「ブランダルさん……」


 やはり表情はどこか虚ろだが――わずかに、ブランダルは微笑んでいるようにも見えた。

 俺達がそのバッジを服につけていると、ブランダルはシエルの前に立ち、ゆっくりと話し続ける。


「あぁ……それと獣人族の君……アリエーナの言う通り、君は休んでいた方がいい。君がそのバッジをつけていたら……妬みを買ってやりにくいだろうから……」

「はい……」


 それは彼なりのシエルに対する思いやりの言葉なのだろう。

 シエルもそれを察してか、丁寧に頭を下げるだけだ。


「……好きなだけ調査しなさい。この最上階には休憩室がある……疲れたらそこで休むといい……何日でも……」


 そう言うと、ブランダルはふらふらと体を揺らしながら自分の席へ戻っていく。


「頼んだぞ……」

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