58話 大丈夫ですか……?
――翌日。
また随分と長い間、馬車に揺らされ続け、おそいかかってくる魔物を撃退――これを何度も繰り返し、日が落ち始めたころ。
不意にリリィが立ち上がって地平線を指さした。
「ひぃあーっ! すっごい塔が見えますよー!! あれがシャララドですかーっ!」
「お……」
なるほど。たしかにリリィの言う通り、遠くの方に巨大な塔が見える。
どうやら、ようやく目的地が見えてきたようだ。
「ふふ、リリィ殿は無邪気だな」
「だってだって! あんなにおっきな建物、リリィ見たことないですっ! この遠さでもあんなに目立つなんて!!」
「たしかに。私も初めて見たときは驚いたよ。シャララドの塔は前から変わっていないな」
「ってことは……百年前からあったってことですか? すっごい歴史ですね! 行ってみたいです!」
ぎゅっと手を握りしめながら、リリィが元気よく声を放つ。
たしかに、あのファンタジー世界を象徴するような巨大な塔には、ゲーマーでなくても興味をそそられるだろう。
「それならば丁度いい。今回の調査対象はあの塔だからな」
「え……じゃああれが魔法学校なの?」
「あぁ。もちろん、全てがそうというわけではないが」
……それは意外だった。
いくらファンタジーな世界といっても、あの塔は学校という単語からイメージできる建物とはかけはなれている。
「――そろそろ着くぞ」
さらに十分ほど、馬車に揺られ続けていると、シャララドの門と思わしき場所に来た。
塔のせいで遠方からは目立っていなかったが、近づいてみるとシャララドの防壁の高さは相当なものだ。
魔物が入り込まないようにつくりこまれているのだろう。それだけ、シャララドは重要な拠点だということか。
「ここはシャララド正門だ。貴方達は?」
数メートル程の幅のある鉄格子の扉が何重にもなっており、奥行きも十メートル以上はあるような門。
その向こう側から、一人の兵士が俺達に向けて話しかけてきた。
「ローダンの領主――セレンの使いだ。以前、こちらからローダンに来たワールという男のことについて調査をしたい。委任状はこちらに」
そう言いながらナギが示した紙を見ると、兵士は軽く頭を下げて言葉を続ける。
「――失礼。では、全員そちらの水晶に手をかざしていただきたい」
手際よく答えるナギを信用してくれたのだろうか。
毅然とした態度ではあるが兵士の声は穏やかだ。
門の横には、手のひらサイズの水晶が埋め込まれている。
デクシアやローダンに入る時にみたものと同じだ。
たしか、これは人に擬態した魔物が中に侵入することを防ぐための装置だとシエルが言っていったっけ。
――あれ。それならヴェネドワは魔物ってわけじゃないのか……?
「む――待ちなさい、貴方は?」
「え?」
と、そんなことを考えていると、鋭い兵士の声がきこえてきた。
「ここはシャララドだぞ。獣人族が来るところではない」
「あ――」
兵士の声をきくと、シエルは自分の耳に手をあてて申し訳なさそうに俺を見る。
「ちょっ――ちょっと待ってください。シエルは俺達の仲間なんです!」
「仲間――? 冗談でしょう。こんな者を使いに出すなんて、ローダンはシャララドをバカにしているのかっ!」
「なっ――」
そんなはずがないのだが、兵士には本気でそう思われているらしい。
最初とは全く異なる荒々しい口調。
完全にシエルは怯えてしまっているようだ。
さすがにそんなシエルを見たら、俺だって黙ってはいられない。
「……貴方がどう思おうが勝手だけどこの委任状は本物ですよ。門前払いにする権利は一介の警備兵にはありませんよね。このことで、ローダンとシャララドの関係が悪化したら責任をとってくれるのですか?」
「…………」
――完全にハッタリというか、その場で思いついた言葉だったのだが。
どうやら、想像以上に俺の言葉は兵士にささったらしい。
不満げな表情を浮かべてはいるものの、それ以上は何も言ってこなかった。
「ユウ様……」
「いいから手をかざして。シエル以外は全員やったから。皆で中に入ろう」
「は、はい……」
悲しそうにペタリと耳を垂れされながら、シエルが水晶に手をかざす。
「少なくとも魔物ではないことは確認した。だが、せめて獣人族であることは自覚しておけ。トラブルを起こしてくれるなよ」
――いちいち嫌味な言い方をするなぁ。
ナギやリリィもむっとした表情で兵士を睨みつけている。
だが、シエルは無言で何度も首を横に振って俺の裾をつかんできた。
これ以上自分のことで喧嘩してほしくない――言外に必死で訴えるそんなシエルを見たら、言い返すわけにもいかない。
「開門時間は1分だ。早くしなさい」
最悪な気分ではあるものの、大人しく馬車に乗り開いた門をくぐっていく。
兵士と視線を合わせることもなくそのままシャララドの中へ。
塔の方向に馬車を走らせていく。
「……えっと。シエルさん、大丈夫ですか……?」
しばらく馬車を進ませていくこと数分後。
リリィが、気まずそうにシエルの顔をのぞきこんでそう言った。
「あはは、これが普通の対応だと思いますけれど」
「…………」
――そんなはずがない。こんなものが普通であってたまるか。
だが、ここで俺が怒り散らしてもシエルはかえって悲しむだろう。
自分のことで俺に嫌な思いをさせてしまうことでさらに自分を責めてしまう――シエルはそんな優しい子だから。
「獣人族に対する差別は百年前にもあったが――ここまで露骨な対応をする者を見たのは初めてだな。景色はそこまで変わっていないのに、人の心はこうまで変わるのか……」
「あはは、そんな暗い顔しないでください。私は平気ですよ。皆さんと仲間になれて、本当に嬉しいです」
そう言いながら、シエルは穏やかに微笑んでいる。
その言葉自体が嘘ではないことは分かるのだが……
「……そこまで言われるのは光栄だな。では、その想いに相応しい働きをさせてもらうとしよう。あの塔まではもうすぐだ」
ナギが手綱を握り直し、表情を鋭くさせる。
「……そうだな。頑張ろうか」




