57話 お互い様ですよ
驚き――というよりかは、俺を心配するようなシエルの声。
そんなシエルを安心させたくて、俺はシエルの頭を軽く撫でる。
「俺の強さは与えられたものなんだ。シエルみたいに、自分で磨いて手に入れたものじゃない。そういうことをしなきゃいけない世界で、俺は何者にもなれなかったんだ」
「そんな……」
「勘違いしないで。別に俺は悲しくなんてなかったよ。孤独だけど平凡で――平和な毎日だった」
――まぁ、日本での最期は平和とは程遠いものだったが。
それでも、そこに至るまでの生活は平和なものだといえるのではないだろうか。
平凡に学校に行き、平凡に就職し、平凡に上司に怒られ――
語れるところがないぐらい、何もない人生だった。
「……俺はね、違う世界から来たんだよ」
「っ――!? ど、どういうことですか……?」
はっと息をのみながら俺を見つめてくるシエル。
「あはは……そのままの意味だよ。俺のもといた世界には魔物なんていなかった。戦いなんて無縁の世界だったよ」
「…………」
眉をひそめたまま、シエルは微動だにせず俺のことを見つめている。
俺が嘘をついているわけではないことは伝わっているはずだ。
でも、それに頭がついてきていないといったところだろうか。
そんなシエルに正直に物事を伝えるのは気がひけるが――
「シエル――俺は、その世界で死んだんだよ」
「えっ……え?」
「殺されたんだ。変な通り魔にね」
「…………」
絶句したまま、魚のように口をぱくぱくと開閉させるシエル。
本人にその気はないのだろうが、コミカルな表情に少し吹き出してしまった。
「そうしたら……女神に会ってさ。気づいたらこの世界にいたんだ。その直後に、シエルと出会ったんだよ」
「…………」
シエルは何も言葉を発しない。
何も言わず、ただただ俺のことを見つめ続けている。
そのまま数十秒が経った頃――シエルはおもむろに口を開いた。
「……複雑です」
「え?」
申し訳なさそうに顔を伏せ、少し震えた声でシエルが話し続ける。
「ユウ様は前の世界で殺されたからこの世界にやってきた……ということは、ユウ様を殺した人がいなかったら、私はユウ様に会えなかったということで……ユウ様を殺した人がいるなんて許せないけど……でもその人がいなかったら私は……今……」
そこで言葉を詰まらせるシエル。
そう――あの時、俺を殺した通り魔がいなければ俺がこの世界にくることはなかった。
それはつまり、シエルがあの時ガラ・ドーラに殺されていたということで……
「だから……その……ユウ様がこの世界にきてくれてよかったと思ってしまうのが……えっと……」
――思わず苦笑してしまう。
そんな些細なことを気にして申し訳なく思っているというのか。本気で?
「ははっ、シエルは本当に優しいな。そんなこと気にする必要ないのに」
「でも……私、許せないです。ユウ様が殺されるなんて……」
震えた声で、強張った顔で、とても真剣な表情で俺のことを見つめてくるシエル。
それを見ればすぐにわかる。
シエルがどれだけの怒りと、申し訳なさと、俺に対する愛情をこめてその言葉を発しているのかが。
「ユウ様……貴方は、英雄になるべき人です」
「え――?」
「皆から愛されるべきです。敬われるべきです……つまり、その……」
「っ――!?」
ふと、シエルに唇を塞がれた。
あまりに唐突なシエルの行動に呆気に取られて何もできない。
心地よさで頭がぼーっとしてくる。
だが、俺から唇を離したシエルの表情は、とても凛としていた。
「私は――貴方を孤独にはさせない! 絶対ですっ! 死なせるなんてとんでもないっ! 平和で平凡なのはいいことですけど……でもっ……!」
――と思っていたら、急にどもりはじめるシエル。
「でも……私は……えっと、つまり……あぅー……」
「シエル……」
きゅっと目をつむって何かを考えこんでいるシエル。
だが、うまい言葉が浮かんでこなかったのか。
シエルは一度咳払いすると、少し気まずそうにしながら俺のことを見つめてきた。
「と、とにかく――! 私は貴方を愛しています。それだけは、ちゃんと……分かっていてほしくて……」
最後は、どこか俺にすがるような声になっていた。
――分かっている。シエルが何を言いたいのか、何を想って俺に寄り添ってくれたのか。
うまく言葉にできなくても、痛いぐらいに伝わってきている。
「……ありがとう。シエル。俺は大丈夫だよ」
「それならばいいのですが……」
そう言うと、シエルは再び俺の腕に抱き着いて頭を肩に寄せてきた。
心地良い静かな時間が続く。
「……ユウ様」
しばしの沈黙の後、シエルが諭すような声で俺に話しかけてきた。
「力が与えられたのか――それとも自分で手に入れたのか。それって、些細な問題だと私は思います」
「え……」
優しくて――それでいて力強いシエルの目。
それを見ていると、心が洗われていくようで――
「大切なのはその力をどう使うのか。貴方が私にしてくれたことは貴方の意思によるものです。だから私は、貴方の『力』じゃなくて『心』を大切にします」
シエルの意思表示のようにみえるがその実は全く違う。
どこか潜在的に俺が思っていたこと……自信がなかったことをシエルは見透かしているんだ。
だからこそ、シエルは俺のことを励ましてくれている。
俺のことを支えようとしてくれているんだ。
「……まったく、かなわないな。シエルには」
「あはは。お互い様ですよ」
くすりと笑うシエル。
そんなシエルがたまらなく愛しくて。
今度は俺からシエルの唇を塞いだ。




