54話 起こしちゃいましたか?
まどろみの中、柔らかな感触が俺の頭を包み込む。
――とてもいい匂いがする。
「あっ、起こしちゃいましたか?」
少し気まずそうなシエルの囁き声。
目を開けると、シエルの照れくさそうな顔が目の前にあった。
「ごめんなさい……つい、寝顔がかわいくて……」
「な、なんだよそれ……」
「あはは……」
シエルにしては珍しい、いたずらがばれた時のような子供のような笑顔だ。
そんな無邪気な笑顔を見ていると――昨日の夜、あんなに妖艶に微笑んでいた彼女と同一人物とは思えない。
そう思った時、シエルは優しく目を細めて俺のことを抱きしめてきた。
「……ユウ様、昨日はありがとうございました。……嬉しかったです」
「え……? あ、あぁ……」
そうまっすぐと見つめられるとさすがに恥ずかしいというか。
今が朝だということも忘れて理性が壊れそうというか。
この後、シャララドに向かうため、レイグに会う約束をしているのでそれはまずいというか。
「……服、着ようか」
「はい……」
俺がそう言うと、シエルは困り顔のまま頷いてそっとベッドから離れていく。
――シエルの体は見えないように反対方向に体を倒した。
昨日、あんなことをした手前今更だが――やはり、明るいところで女の子の体を直視するなんてこともできないし、シエルだって恥ずかしいだろうし。
「あ、あの……もう大丈夫ですけど……」
「そうか。じゃあ俺も着替えるかな」
「はい、お召し物はそちらです」
シエルの言う通り、ベッドの横には綺麗に畳まれた服が用意されていた。
すでにシエルは凛とした軍服ドレスを着こなしている。
――こんな綺麗な女の子と俺は昨日……
いまいち実感が沸かない。
もっと劇的に何かが変わるかと思っていたが……それは童貞の幻想だったのか。
というか、あれが現実のことのように思えないというか、なんというか……
――まぁ、シエルがサド傾向だというのはよく分かったけれども。
「えっと……今日からシャララドに向かうのですよね?」
「あぁ。レイグさんに会いに行こう。馬車を用意してくれているみたいだし」
「はい。では行きましょうか」
着替え終えると、シエルはにこりと笑って俺の横に立ってくる。
そのまま部屋へ出て歩き出す。
シエルは、無言のままずっと俺の半歩後ろをついてきていた。
その様子は、傍から見れば俺の従者としか思えないだろうが……シエルはそれが嬉しそうにみえるのでスルーしておく。
というか、俺にくっついて動いてくるシエルが妙に愛おしい。
猫は人に懐きにくいときいたことはあるが――まぁ、シエルが猫なのは耳と尾だけだし。
「おや、ユウ君。いいところに来たな。丁度馬車の準備ができたところだよ」
と、宿の外に出ると、大きな馬車が視界に入ってきた。
四匹の馬に、人が数人寝そべることができそうな広さの荷台。
「あれ、わざわざこっちまで来てくれたんですか」
「あぁ。その方が早いだろう。それに、リリィがな――」
「一緒に行きたいです! いいですよねっ、ユウさんっ!!」
無邪気な声と共に、馬車の荷台からリリィが飛び出してきた。
レイグが苦笑しながら俺に話しかけてくる。
「リリィの今の状況については、私も知っている。君についていくことがリリィのためになることもな……」
「そうですか……」
リリィの命は俺が握っている。
だが、レイグはそういうつもりで言っているわけではないのだろう。
どこか嬉しそうで、寂しそうな表情。
――なんだろう。結婚する相手の親を前にするってこういう気分なのだろうか。
「私もいるぞ、ユウ殿」
ふと、御者台からナギがひょこりと頭を出してきた。
「私は御者の心得がある。シャララドまで、ユウ殿を送らせていただく」
「そっか。それならこれからも一緒だな」
「あぁ、よろしく頼む。それで、出来ればシャララドについてからも旅をともにしたいのだが……」
「セレンのことはいいのか?」
「む、まぁ……」
ナギが言葉を詰まらせると、シエルが俺のことを軽くつついてきた。
苦笑いしながらじっと俺のことを見つめている。
――意地悪するなってことだろうか。
「でも、一緒にいれるなら嬉しいよ。皆で旅を楽しもうか」
「あ……あぁっ! 任せてくれ」
表情はクールなままだが、明らかに声色が高くなっている。
まぁ、そこをつつくのは野暮というものだろう。
「君は……これから英雄となるだろうな」
どこか遠くを見ながら、レイグがぼそりと呟く。
それは俺にきかせるつもりのないものだったのかもしれないが――
「どうでしょう。とりあえず、皆と穏やかに過ごせれば僕は満足ですが」
「そうか……こんな世界でも、君にならそれが出来るだろう。だが、君はこれからも人の悪意や欲望に巻き込まれるはずだ。ゴンベルドンの時のように」
ゴンベルドンの名前が出た時、シエルの表情が少し曇る。
――俺にとっても嫌な記憶だ。
奴隷紋に逆らった時のシエルの断末魔のような叫び声は――もう二度とききたくない。
と、そんな記憶を振り払おうとしてくれたかのように、レイグが力強く俺の手を握りしめてきた。
「もしも、これから君が生きづらくなったと感じたときには知らせてくれ。私の力がどこまで君の役に立つかは分からぬが……それでも、領主としての立場で、権力を持つ者として、君達の助けになれるかもしれない」
「……ありがとうございます。とても心強いです」
そう俺が答えると、レイグはにっと笑みを浮かべた。
「私はこれからアルミードへ戻る。ゴンベルドンとのトラブルについては、君に火の粉がかからないように処理しておく。安心してくれ」
「ユウさーん! この馬車、凄いですよ! 早くのりましょー!」
と、荷台からリリィの大きな声が聞こえてきた。
少し呆れたように微笑むレイグ。
「まったく、あの子は……何をはしゃいでいるのか……まぁ、ふつつかな娘だがよろしく頼む」
「あはは……頑張ります……」
ともかく、今度はヴェネドワの手がかりを見つけなければ。
それにエルナのことも。またいつか会えるのであれば、その時は――
次章「怒れる正義の少女」
来年1月から更新予定です。




