33話 ここまでとは……!
登山道の横にある急斜面を転がり落ちた先は、薄い霧のかかった谷だった。
近くには川が流れている。
この場所も、ところどころが黄金に染まっており不気味な雰囲気をかもしだしている。
「うっ……つつ……ペインインデュア……」
受け身はとったものの、あの剣士にやられた傷が少し痛む。
ここに落ちる前、ユウ様が私の名前を強く叫んでいたのがきこえてきた。
もしかしてなくても、心配をかけてさせてしまっているだろう。
あの人は優しい方だから――変に自分を責めてしまうかもしれない。
早く戻って、安心させてあげないと……
「殺ス……」
――そう思っていたのだけれど。やはり簡単にはいかないようだ。
わざわざ私を追ってきたということか。
異様な殺気に満ちた剣士の少女が、ゆらりと私の前に立ちふさがる。
「血濡れの剣士……」
「殺ス――!」
一気に距離を詰めてきた剣士。
横薙ぎに払われるその刀を飛んでかわし、蛇腹剣をしならせて反撃を仕掛ける。
だが、あっさりと私の剣は受け流されてしまった。
相手は私の方に視線を移していない。私の程度の攻撃は完全に読まれている。
素早く私の着地点近くへと走り、追撃をしかけてくる。
「ぐっ……」
荒々しい雰囲気とは対照的に、その攻撃はとてつもなく緻密で理性的だ。
魔物を相手にするのとはまた違う。今まで私が殺してきた戦闘奴隷達とも違う――
「覚悟はしていましたが、ここまでとは……!」
「…………」
人とも魔物ともいえないような不気味な殺気を纏いながら、私の首元に刀を薙いでくる剣士の少女。
既に見せている彼女の剣筋を見れば、相手が格上であることはすぐに分かる。
でも――
「ですがっ――! ここで殺されるわけにはいきませんっ!!」
「っ――」
そもそも、刀と蛇腹剣では得意とする間合いが違う。
単純なレベルは向こうが上だとしても、対人戦の場合はそれだけで勝負が決まるわけではない。
相手の命を奪うための戦略と読み合いの手法――ユウ様と出会うまでの十六年間、私はそんなことをずっと考えていた。
何も誇れることではないけれど――今だけは、その経験が私の自信になっている。
――それに、ユウ様もこんな私を好きだって言ってくれたっ……!!
「ブレイズラッシュッ!」
私の気力を剣に込めて、そのまま地面に剣を叩きつける。
衝撃波は炎となって剣士の体を覆いつくした。
でも――
「氷晶時雨」
「っ――」
読み通り。すぐに剣士の反撃がきた。
この炎の壁を突破するなら水属性を付与したスキルを使うのが基本の動き。
氷をまとった凄まじい速さの突きが連続で放たれるも、全て先読みで回避できる。
「この距離ならっ――! ラウンドスレイ!」
「っ――!?」
使われるスキルが分かっていれば、タイミングを合わせることはたやすい。
今度はこちらが刃を相手の体に刻む番だ。
私の蛇腹剣が円のように周囲を薙ぎ、剣士の体を弾き飛ばす。
体を回転させて、何度も、何度も蛇腹剣を回転させる。
この間合いは刀の外にある。この状況ならさらに一方的な追撃が可能だ。
「フォースピアーシングッ!」
一度、蛇腹剣の刃を合わせた後、相手の剣士に向かって突き付ける。
私の気がのせられた刃は、相手の首元めがけて一直線に伸びていく。
そして、その刃が彼女に触れた瞬間――
「残影跳飛」
「えっ――!?」
彼女の体が陽炎のようにゆらりと揺れた。
そのまま、まるで周囲の霧にとけこむようにゆらゆらと霧散していく。
「紫電抜刀」
「なっ――づああああああああああっ!?」
たしかに彼女の首元を貫いたと思ったのだが――それは、彼女のスキルが生み出した残像だったのだろう。
いつの間にか背後に回り込まれていた彼女に、居合切りを決められてしまう。
今まで感じたことのない痛みが体中にはしる。
「くっ……ペインインデュアッ……」
電のような光が私の体にとどまり、針で刺されているかのような痛みを与えてくる。
このままでは動くこともままならない。
なんとか苦痛耐性を身に付けるスキルで立ち上がり、追撃にそなえる。
「地烈卸斬」
「っ――!」
予想通り――大振りな攻撃がきた。
痺れた私はうまく動けない。ここで一気に仕留めるつもりなのだろう。
だが――大振りの攻撃がくることは読めていた。
「ここですっ、スタンパリングッ!!」
「っ――!?」
両手で振り下ろされる刀に抗い、私の蛇腹剣の刃を合わせる。
大量の黄金の火花が発生し――剣士の体を押し返した。
スタンパリングは、大量のマナを消費するものの、うまくタイミングを合わせれば一瞬とはいえ相手の動きを封じることができるスキルだ。
どっとあふれ出てくる疲労感に抗い、渾身の力を込めて追撃をしかける。
「ヒートストライクッ!!」
私の蛇腹剣に赤い光が宿る。
このスキルは初級の剣士でも覚えられるスキルだが威力は高い。
「グッ――ウゥッ!?」
たしかな手ごたえを感じた。
私の蛇腹剣は、彼女を切り裂き、その体を遠くへ弾き飛ばす。
でも――
「……殺ス」
ゆらりと彼女が立ち上がる。
その立ち振る舞いはまるでアンデッドのようだ。
金箔をかけられたかのように、彼女の肌の一部が黄金へと変色している。
「ぜー……はーっ……う、嘘……」
彼女は魔物なのだろうか。
少なくとも、人間だったらこんな肌の色にはならないだろう。
というか――彼女はダメージを受けていないのだろうか。
ヒートストライクは初級の剣士でも習得できるスキルだが、威力はそれなりに高いのに……
「閃光貫突」
と、不意に彼女が私に詰め寄ってきた。
いけない――驚いている場合じゃない。
今はなんとか生き残らないと。
「パワーブレイカーッ!!」
火花のような赤い光が、剣士の刀へ放たれる。
相手の一撃の威力を大幅に低下させるスキルなのだけれど――
「ッ……シッ!!」
それは甘い行動だった。
刀の一撃を退けたと思いきや、即座に蹴りで反撃してくる。
「うっ――!! ぐっ――!?」
拳闘士のそれと間違えるほど、その一撃は重く私の体を抉った。
至近距離では勝ち目がない――なんとか蛇腹剣を払い、もう一度距離をとる。
「かはっ――ごぷっ……」
――血だ。
でも、そんなことに気をとられてなんかいられない。
彼女の殺気は、むしろ強まっているのだから。
「死んデ、なイ……殺せてナイ……」
――と思っていたのだが。
ふと、彼女の様子がおかしいことに気づく。
「ギギ……殺ス……殺シ……タク……殺セ……」




